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第86話 小さな依頼者と小さな魔物
しおりを挟む村の名はカリダ村。
小さな集落でアイスベルク山脈が雄大と見えるところにある。
ヘリオスの村の4分の1くらいの大きさだろうか。それほど、大きくない村だ。
村人の数もそれほど多くなさそうだ。
「改めて、私はルナ。こっちはマルスとメルクよ」
「さ、さっきは助けてくれてありがとな!」
「同じく。ようこそカリダ村へ」
マルスは活発そうな少年。
メルクは大人しそうな少年。
ルナはしっかりした感じの少女。
そんなシンプルな表現がしっくりくる3人。
「それで、俺たちに話したい村の願いってのは?」
「うん。ーー少しついて来てくれる?」
そう言う少女ルナの後をついて行くとひときわ大きな岩がある場所。
村を見渡すと所々に岩はあるのだが、この岩が一番大きいように見える。
「特別な岩なのか?」
「特別……うん。この村にとっては今はもうなくてはならないものかな。この岩のおかげでいつも冬を越せる」
「だな! 岩様様だぜまったく!」
「この岩がなかったら、カリダ村はなかったって言われているくらいなんだ」
そうまでして言う少年少女ら。
見た目はただの巨大な岩。まあ、不自然なくらい村の中にあるのは気にはなるが。
それも薄々理由も分かる。
「熱いな。この村にある他の岩もそうなのか?」
「うん。セルモクラ鉱石って言って、熱を放出する岩なの。私たちの先祖がカリダ村をこの場所に作った理由だって」
この世界にはまだまだ未知の鉱石はあるが、このセルモクラ鉱石もその一つなのだろうか。
まあ、俺が単に知らなかっただけかもしれない。
触れると熱いと感じる程度の温度で、高熱というほどではない。
だが、そんな熱を放出する鉱石が村のいたるところにある。
そのおかげだろう、カリダ村に入ってからずっと暖かい。
「冬は良いんだけどな! 夏がな……もう、村になんていてられねえ!」
「そうだよね、夏くらいアイスベルク山脈に行きたいよ」
「メルクそれは危ないって! 私たちのような村人が行くところじゃない! いくらメルクでもアイスベルク山脈は1人で行けるような場所じゃない!」
「そ、そうだよね……くっ! 魔物なんて! 魔物なんて! いつか絶対に!」
少年メルクが悔しそうに両手を握り締める。
そんな様子を見てマルスとルナがメルクを落ち着かせる。
「ーーさっきね、あなたがキマイラを倒すのを見てさらに強く思ったわ。村のお願いって言うのはね、この村にやって来るとある魔物たちの討伐をお願いしたいの」
「とある魔物?」
ルナが巨大岩付近にあった石を拾う。
「この小さな石、これもセルモクラ鉱石なの。その魔物はこの小さい方のセルモクラ鉱石を狙って村にやって来る」
「アイツら小さいくせに、群れるととんでもなく面倒だから。しかも、でかいのもいるからな。2、3体だったらまだしも、いつもこの時期になると村に押し寄せるんだよ。そのせいで、この村は毎年寒くなってる」
「それで、その魔物ってのは何なの?」
「うん。その魔物はねスライム。冬の前になるといつもカリダ村へやって来るの。どうにかしたいけれど、今の季節だけはスライムたちも必死。しかもその中には大きいのもいる」
スライムの討伐依頼。
ゴブリンより弱いとされる魔物。
武器の心得がなくても、倒せるほどに弱い。
「……なるほどな、そうだったか」
スライムは体内にあるコアを通して体温調節をしていると言われており、外側、つまり表面膜に触れる外気の温度差に弱い。
中には表面だけ凍ってしまって発見されたスライムもいる。
そしてスライムのコアは、自らが生成したものだとされていたが自然界にある何らかの鉱石を取り込んだものだと認められた。
だが、捕獲されて研究されたスライムのコアはただの石とされ、今日に至るまで明確な回答は出ていない。
それが今、繋がった。
これは大発見ではないか。
ヘリオスの村で見た魔物の大群もそうだが、何の目的も無しに同じ場所にそう何度も魔物はやって来ない。
カリダ村のセルモクラ鉱石とスライムの関係。その二つが繋がった瞬間だった。
兵団が滞在しているとなると、まだ世間に公表していないだけでそれも既に解明されている事実なのだろう。
「お願い! やって来るスライムを討伐してください!」
「俺からも頼むよ!」
「村を代表して僕らの願いを聞き受けて来れませんか!?」
スライム。
平均レベル10以下の弱小魔物。ステータスの影響は全くと言っていいほどなく、ただ黒の紙に魔物討伐数が増えるだけ。
本来ならスルーするレベルの魔物。
「分かった。引き受けよう、その願い」
やった、と少年少女ら3人が喜ぶ。
「いやに聞き分けがいいわね?」
「なに、ただ魔王の城だけ目指して旅をしてもつまらないだろう? それに、人助けは良いことだ」
「スライムの討伐! 久々に戦える!」
セシルは戦えれば何だっていいのだろう。
獣人は争いを好まないなんて言われているが、セシルはまた特殊だな。
「……それにこの村に来るのはスライムだけじゃないんだ」
メルクがやっと聞こえるような声でそう言った。
「スライムだけじゃない?」
「そうさ! スライムよりずっと悪い魔物! あの人たちがいなかったらって思うと……」
マルスが表情を硬らせる。
「マルス、きっとまた大丈夫だよ。ーーそれじゃあ私たち、村のみんなにも伝えて来る! 少し、此処で待っていて!」
「あんたらのおかげで今年の冬はゆっくり過ごせそうだよ! 行くぞメルク!」
少年少女ら3人は村の中を走って行ってしまった。
スライムごとき自分で倒せ、と言いたいところだったが彼ら村人にとってはスライムでも人害の魔物。
俺やメア、セシルにとっては屁でも何でもない魔物だが、スライムの凶暴性を知っていれば村人なら恐怖するだろう。
それにスライム以外の魔物の存在。
スライムだけでも手に負えないだろう村人たち。
マルスが言ったあの人たちーー村人たちを護る存在、おおかた予想は出来る。
ルナたちは民家の戸を叩き、出てきた村人と話している様子がうかがえる。
民家から出てきた村人が俺たちの方へ視線を向けぺこりと頭を下げる。
俺とメアが軽く頭を下げる中、セシルは手を振り返す。
ルナたちはまた村の中を走って行く。
そうして、暫くの間俺たちは待っていた。
◇
「ーー君たちかい? スライムを倒してくれるという方々は? 僕はルナの兄、ウラン。宜しく頼むよ」
高身長、丸型メガネをかけた青年はルナたちとやって来た。
「ああ。スライムの討伐くらいわけないさ」
「この人凄いんだぜ! あのキマイラをやっつけたくらいだからな! もしかするとルナの兄貴より強いかも……ん~! いい勝負だな!」
俺がこの丸型メガネと良い勝負?
どう見てもただの村人。あまり、強そうには見えないが。
「そうだな、マルス。だけど兄さんは、もうこの村に戻って来ないよ。勇者テールはこの村を去ったのさ」
「勇者? テールって……私、会ったことあるかも」
「本当か!? いつ!? 何処で!?」
マルスが身を乗り出すようにしてメアに聞く。
「いつ、そうね……あれは確か、1年くらい前だったかしら。カンパーナで誰かと言い争いをしてたからよーく覚えているわ。真っ白な髪に長弓を持った人」
「テールの兄貴だ! カンパーナなんて、そんな遠いところ」
マルスがテ-ルの話が出るなり騒ぐ。
テールと言えば弓使いとして有名な勇者。流石にトップクラスの腕を持つ弓の達人フォルコメンほどではないが、それでも凄腕の名手がいると話伝いに耳にした。
「テール兄さんは生きて……うっ」
ルナは両手で顔を覆い泣く。
なるほど、勇者テールはルナのもう1人の兄だったか。
「ルナ、良かったな! 本当に、本当に良かったよ! あなたは……」
「メアよ」
ルナの兄、ウランがルナの頭を撫でる。
そしてメアの名を聞いて頭を下げる。
現在、魔物を討伐するべくして勇者になった者の多くは、俺を含めルナの兄テールにしても村出身の者たちの方が多い統計がある。
ましてや俺の住んでいた村もそうだったが、魔防壁なんて張られていなかった。
そのせいで魔物に対する恐怖心は幼い頃に痛いほどに身に染みている。まあ、そのおかげと言ってはなんだが、こうしてランク7の勇者までなることが出来た。
ただ、反面村を出た勇者の中には魔物に返り討ちにされてしまい帰らぬ人になってしまうことは珍しくない。
その為、勇者テールの所在が分かったことはルナやルナのもう1人の兄にとっても喜ばしいことだろう。
しかし、魔防壁がない村から勇者として旅立って行く者がいるということは、村の防衛が手薄になることを意味している。
アイスベルク山脈に近いこのカリダ村は当然魔物生息域に入っており、魔物から村人を守る術は必要不可欠。
だからだろう、俺の視界にはちらほらと知った格好をしている人間が村の中を歩いている。
村人とは違う格好ーーそう、あれはシーラ王国の兵団の人間。俺を何処ぞの村で捕らえた第三部隊なら詫びの一つでも言わせてやろう。
俺はセシルとメアをその場に置いて、シーラ王国の兵団の人間と思われる者のところに向かった。
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