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第75話 関所を越えて
しおりを挟む真夜中、俺は一人起きていた。
カディアフォレストは不気味な程に静まり返っていたが、何故か目を覚ました。
それは俺の身体に起きた異変を感じたのもあったかもしれない。
「う……ん」
そう寝言を言いつつ俺に抱きついているのは青色髪の女勇者だ。
「セシルはお腹いっぱいだよ」
そして反対側でムニャムニャと口を動かして気持ち良さそうに眠っているのは獣耳をぴょこっと生やした白い犬の獣人。
ぴたりと寄り添うように眠っている。
身動きを取ろうにも取れない状況に困惑しつつ冷静になる。
そもそもだ、俺は端にいたはずなのだが……
俺は二人を起こさないように沸騰機の下部を持って簡易性テントから出た。
「関所を越えて、その後はアイスベルク山脈……」
俺たちが今目指している関所の先は、雄大と連なる山々ーーアイスベルク山脈がある。
そのアイスベルク山脈を越えた先に宝剣を持つ勇者がいるとされるカサルの地が存在している。
俺に勇者の何たるかを教え、勇者としての技能、知識を教えてくれた者たちがいる地。
無論、その者たちがいる保証は何処にもないが、宝剣を持ち、しかも魔王の城に行ったことがある者がいると情報屋のアンナは言っていた。
何の情報も持たずに魔王の城に行くのはかなりの勇気がいる。
初めはそれも視野には入れていたのだが、可能な限り避けたいことだった。それが、ブルッフラで出会った情報屋アンナの言葉によって少しは魔王の城の闇が見えるかも知れない。
「なあ、お前はいつ神剣になってくれるんだ?」
そう、答えもしないアスティオンに問うてみる。
無論、武器であるアスティオンが言葉を話すはずもない。
ここで今、メアやセシルが居たら変人を見るような目で見られていただろう。
幸いなことに二人はテントの中でぐっすりお休みのようだ。
「……」
俺ももうひと眠りしようかと思いその場で立つと、明らかに何かが近づいて来ている気配を感じた。
魔力1を消費して観察眼を発動する。
「魔法陣より先に気づくなんて、つくづく俺は勇者だな」
闇で姿こそまだ確認出来ないものの観察眼には複数体の魔物のステータスが表示されていた。
簡易性テントの中でスヤスヤ眠っている二人を起こす。
「何? もう朝?」
「おはよう~シン」
セシルは瞼をこすりながら言う。
音に敏感なはずの獣人のセシルがこれだ。獣人も起床直後は緊張感がまるでない。
「行くぞ、魔物が来た」
「魔物!?」
メアが簡易性テントの中にある小窓から覗く。
「見えないけど、何かが移動してる音がいっぱい聞こえる」
簡易性テントの小窓の外に両耳を向けてセシルはそう言った。
「返り討ちにしてもいいが、戦闘は夜明けの方がいい。ここではぐれたら危険だ」
「そ、そうね」
先に簡易性テントから出たセシルに引き続きメアも出る。
崩れた青髪を整え、真っ暗闇の森を見て自身の肩を抱き寄せる。
簡易性テントを素早く収納して俺たちは樹から飛び降りる。
「近いよ!」
セシルがそう言ったのを合図に近づいて来ていた音がはっきりとしてくる。
唸るような声が幾つも聞こえる。
「行こ行こ!」
メアが先に行き、俺とセシルも後を行く。
しばらく経った後、さっきまで俺たちがいた樹のあたりから魔法陣特有の警報音が鳴り響いた。
ぼうっと縦に光るのは紛れもなく魔方陣から放出される光だ。
森のざわめき、魔方陣から発せられた警報音の後にも途切れない唸る複数の声。
背後から迫る魔物に注視するも見えない相手は間違いなくいる。
地面を駆ける音は聞こえず、羽根を羽ばたかせるような音が唸る声に混ざり聞こえるのみ。
俺たちは速度を落とすことなく関所を目指す。
そして次第に夜が明けて来たのが分かったのは僅かにカディアフォレストの樹々の間に射す光。
それでも尚、カディアフォレストは先が見えない程に暗い。
魔力時計で東の方角を確認しつつ、俺たちは進む速度を上げていく。
振り向いて確認すると背後にいた魔物は俺の観察眼に映っていなかった。
撒いた。
そう、思った。
「ここまで来れば--!」
しかし奴らは諦めたのではなく、姿を隠して移動していた。
突如上から現れた6体の魔物。
「上から!?」
「ムムム……あれ? 怒ってるの?」
セシルが身構えながらそう言った。
「自分たちが食う餌が逃げた。怒っている理由なんてそんなとこだろう」
俺たちの行く先を阻んだ6体の魔物ーーラプスゥスは1メ-トルはあるであろう鋭い3本の爪を擦り鳴らす。
いや、爪というよりもはや鎌。
レベル68が2体、67、65、59、55がそれぞれ1体ずつ。
ボ-ルのような大きさの目の無い頭には引き裂く程に吊り上がった口。
魔物にとって人間とは単なる餌であり、それが逃げれば腹を満たせぬと怒るのだろう。
6体が揃いも揃ってお怒りのようだ。
「ギ……ギギギギ」
ゆっくりとした翼の動きにも関わらず、地面につかないくらいスレスレを浮く。
俺は2人に目で合図を送る。
それぞれが速技を解放して行く手を塞ぐラプスゥスたちの間を通って行く。
「また!?」
現れた6体のラプスゥスたちの間はすり抜けられた。
だが、まるでそれを見越したかのように別の5体のラプスゥスが頭上から現れる。
「ねえ、なんかアイツだけレベル高くない?」
「恐らく、コイツらのボスだろうな」
ラプスゥス【第二形態】
LV.71
ATK.99
DEF.68
現れた5体のうちの1体は他のラプスゥスに無い角が人間でいうデコ付近に1本生えている。
腕も手もあり、鎌のような爪が3つ腕の外側に向かってついている。
そのボスであろうラプスゥスを除いた他のラプスゥスが地面に降りる。
長い3本の爪を地面にザクザク突き刺しながら後ろと前から挟み撃ち状態。
「ギィイ!」
浮く腕のあるラプスゥスが声を荒げた。
「メア! セシル! 俺に掴まれ!」
メアとセシルが腰元あたりに捕まる。
迫り来るラプスゥスの群れ。
12体全てを一度に相手をするには少々骨が折れそうだ。
ラプスゥスは人間に対して嗜虐性を持ち、痛ぶって弱ったが最後首を切り落とす。
俺たち3人が負けはしないが、カディアフォレストで騒ぎを起こせば他の魔物の耳にも入る。
それで魔物をおびき出してしまい連戦。
現に今現れたラプスゥスの群れは、ギガントマンティコアとの闘いの音を何処かで聞いていたのかもしれない。
「きゃあああ!!」
「んんん!!」
速技+7を解放して俺たちはその場から離脱した。
◇
俺たちはまだカディアフォレストにいた。
2人も連れたまま速技+7を十数秒くらい使用した。
リュックからミドルポ-ションを2本取り出して飲み干す。
「シン、助かったわ」
「シン凄く早い!」
「おかげで体力を随分持っていかれたけどな」
勇者ランクに見合わない速技の解放は体力を著しく消耗させてしまう。
ポ-ションを2本飲んだことである程度回復はしたが、それでも使うべき場は考えたほうがいいな。
今回はやむを得ない状況だったから仕方なかったものの、本来技とは自分に見合った値を解放する。
ただ、普通は魔物を討伐してステ-タスの上昇が起きるにつれて徐々に上がっていくもの。
俺のように勇者ランクから外れた技能を持つ者はごく一部だろう。
そうして東の方角を確認しつつ進んでいると、日の光がカディアフォレストに降り注ぎ始める。
暗闇で不気味だったカディアフォレストも朝の日の光を浴びれば神秘的な光景が広がっている。
間も無くしてカディアフォレストを抜けると数十キロは続くだろう関所が見えてくる。
関所の北に目を移せば高々とそびえ立つ雄大な山々ーーアイスベルク山脈が見える。
着いた関所の入り口にいた人間に通行許可を得て、俺たち3人は先を進んで行く。
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