百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第74話 魔法陣の中でお休みなさい

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樹々の深緑が続く中、俺たちは一本の樹の前にいた。

「此処にしよう。樹の上なら多少魔物の目から逃れられる」

決め手は幹の形大きさが良さそうだったから。

「樹の上か……でも、夜中ずっと歩き回るよりマシね」

まだ完全に日は暮れていないが、それでもカディアフォレストは明るいとは言えない。
樹々の大きさもさることながら、密集して生える樹々によって日の光が射し込む割合が少ない。

「お腹すいたー」

セシルが腹を押さえながらそう言った。

「そうだな。後で飯にしよう」

樹の幹に飛び移り、さらに上がって行く。
細い幹の上では就寝もままならない。
さらに上へ行くとまあまあ良い感じの大きさの幹があった。
下にいる2人に合図を送り上がって来るのを待つ。

「こんな高いところ、寝てて落ちたら大怪我ね」

「大怪我で済んだらいいけどな」

目算すると10メートル以上はあるだろうか。
飛び降りても問題はない高さではあるが、就寝中の落下は場合によっては危ない。

「セシルは平気~」

セシルは幹の上でごろりと寝転がる。

「セシルったら……私も!」

そう言って、メアも幹の上で寝転がる。

「邪魔だ」

「シンってばひど~い! ね~セシル」

「こんな硬い場所で寝たいのか?」

俺は幹を足で踏む。

「いいえ!」

「なら、ちょっと退いてろ」

2人が移動する。

俺はリュックの中から万能簡易性テントを取り出した。正方形のコンパクトな作り。
それを幹の上に置いて留め金を外すと、幹の上に固定するように大きく開いた。

「テントだー!」

セシルが我先にとテントの中に入る。

「こんな便利な物があったのね」

「旅には欠かせない必需品だ」

テントの中はちょうど3人くらいが寝られる大きさで、幹の上でも至って安定性が高い。
万能簡易性テントは隣接部を認識すると自動で固定されるように出来ている優れ物。
金貨24枚と値段はそこそこする代物だが、俺のように旅をする勇者にとっては必要不可欠。
街や村で休息を取れない時などに使用したりする。
最もあくまで簡易性のテントである為、雨や風、極端でない気温の変化を凌ぐこと程度しか出来ない。それでも、値段がそこそこするのは、こうした不安定な場所でも問題なく使用出来る利便性の高さからだ。

そんな簡易性テントを改めて見ていると、誰かの腹の音が鳴った。
照れ臭そうにゆっくりと手を上げたのはセシルではなくメアだった。

「歩き回ってたんだからしょうがないじゃない!」

「ウンウン、わかるー」

コクコクと頷きながらセシルは簡易性テントから出る。
簡易性テントの中で座っていたメアも恥ずかしそうに出て行く。

「寝るのには申し分なさそうだな」

簡易性テントを使うのはかなり久しぶりだ。
魔物を倒した夜道、同じように樹の幹の上で使うこともあった。
洞窟の中で使った時は凍えるような寒さから身を守る助けになったこともある。
雨、風、気温の変化にも対応している簡易性テントは耐久性もある。
幹の上に出来た簡易性テントの下部分は厚みもあり弾力が幹の硬さを和らげる。
そして簡易性テントの中からでも確認出来る小さな丸い覗き穴も4方にそれぞれ備え付けてあり、魔物の接近も確認出来る。

簡易性テントから出るとメアとセシルが何を食べるかの話をしていた。

「やっぱり栄養がある食べ物が良いわね」

「セシルはお魚が食べたい!」

「魚なんてこのあたりにいないぞ?」

そう言うとがっかりしたような様子を見せるセシル。

「まあ、肉の缶詰めはあるからそれで我慢してくれ」

「セシルお肉も好きー!」

保存食としてバタリアで様々な食材が入った缶詰めやビーフジャーキーなどを買い込んである。
旅の最中で食べられる物をあてにして旅をするなんて、それはもはやサバイバルというやつだ。俺たちはサバイバルではなく、目的がある旅をしている。食べ物がなく餓死するなんてヘマはしていられない。

「さてと、食べ物でも探しに行こうか」

それでも、食べ物を探しに行くのは持っている保存食を可能な限り置いておく為。
それを2人も分かってくれているのだろう。あえて聞いてこないと言うことはそういうことだと俺は受け取っておく。

その後、地上へ降りて食べ物がありそうな場所を目指して探しに行く。





「ーーねえ、これ食べられそうじゃない?」

メアが一つ採って見せて来たのは3つの葉がついた果実。

「それはホイップの実だ。皮ごと食べられるよ」

がぶりとメアが被りついた。

「あっま~い! 何これ!? 美味しい!」

「セシルも! ーーほんとだ! 甘~い!」

ホイップの実はケーキに使われるホイップクリームに似た味をした果実。それほど店で取り扱いの多い食べ物ではないが、デザートとして出る店では隠れ家的おすすめグルメスポットとして取り上げられたこともある。

「よし、それを何個か採っておこう」

メアとセシルが適量のホイップの実を包み袋の中へと入れていく。
ホイップの実は甘味もさることながら、栄養価も高い。普通に丸ごと一つ買うとなると、結構な値段はする。
そんな高価な果実を採れるなんて、俺たちがこうして旅をしていなかったらまず無理だ。
ホイップの実がなっていたのを見つけたのも単なる偶然に過ぎないが。

ホイップの実はその実がなっているのが魔物がいる場所の為、ごく一部限られた店にしか取り扱いがない。
それでも、その限られた店にホイップの実が出てくるのは魔物がいる地域まで行って取りに行ってくれる誰かがいるのだろう。
魔物が現れる地域に入れる者はそういった稼ぐ道もあるということだ。

メアとセシルが満足そうな顔をして詰まったホイップの実が入った包み袋をそれぞれ持つ。

その後も野草を摘んだり食べられる果実を採って、簡易性テントが張ってある樹に戻った。


簡易性テントがある幹の上で用意した食材を並べていた。
採って来たホイップの実、赤い果実、そして食べられる野草に保存食の鶏肉とコンビーフの缶詰め。
組み立て式の沸騰機に持っている水を入れて、沸騰させた後に塩と粉末ダシで味付けを手早くする。そこに採って来た野草を入れて少し待てばお手軽スープの出来上がりだ。
夕食にも丁度いい時間で辺りは既に暗くなっている。

俺たちの辺りを照らしているのは組み立て式の沸騰機に備え付けられている着火したままにしている火の明るさだけ。上のカップは外してある。

「夜だとまた薄気味悪い森ね」

「夜の森は何処だってこんな感じだ」

樹の葉同士が重なり合って風に靡く音は、暗闇ではより一層に不気味さを増させる。
セシルはそんな様子を気にしていないのか食事をしている。
そうしてものの数分で終わった食事の後、俺はやる事があるとメアとセシルに言って地上へ降りた。



「こんな夜の森でテント張って寝るなんて俺たちくらいしかいないだろうな」

勇者でも魔物がいる森の中でテントを張るなんて滅多にいないだろう。
簡易性テントーー何処でも張れるテントとは言われていても、使う場所は自然環境に対応する為に使う時がほとんど。
魔物から身を守る為に作られた設計ではない。


俺は樹の周りに印をつけて簡易性テントのある幹の上まで戻った。

「何してたの?」

「一応、念の為に魔法陣をな」

「魔法陣?」

セシルが首を傾げて聞いてくる。

「魔物が入って来たら知らせてくれるものだ。まあ、二人は安心して寝てればいい。俺は仮眠すれば十分だから」

俺が樹の周りに作った魔法陣とは初歩的なもの。
ヘクサグラムーー六芒星を6つ、樹の周りに書いてそれぞれその中心に魔石を置く。
勇者ランクに関係なく基本だれでも作れるもの。
特別、魔力が多くない一般人でも作れることから認知度はある……はず。
それでもセシルが知っていなかったのは獣人には必要のないものだからなのだろう。

「じゃあそうさせてもらうわね、おやすみ」

「お休みなさ~い」

メアとセシルは目を横になって目を閉じた。
俺は二人が寝た後もしばらく起きて警戒心を解かなかった。

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