60 / 251
第60話 蒼き竜
しおりを挟む巨大な翼をゆったりと羽ばたかせ、優雅に空を飛ぶ。人はそれを見、驚嘆するが間も無く畏怖することになる。
あれは魔物ーーそれも、危険度を除けば悪魔族を上回るほど。
黒龍でこそないが、魔物の中ではトップクラスで関わってはならないと言われている。
魔竜、ボルティスドラゴン。
黒龍を含めないのならば、空の支配者の一体は間違いなくボルティスドラゴンだろう。
ボルティスドラゴン
LV.122
ATK.226
DEF.170
レベルは100番代越え。ステ-タスも今までの魔物とはまるで比べ物にならない。俺が苦戦したレベル86のスカルエンペラーが可愛く見える。
「どうする!?」
「シッ!」
声を出すメアに言う。
魔竜、ボルティスドラゴンの聴覚は鋭くほんの小さな声ですら聞き逃さない。
黒龍のように古伝書に載るほどの魔物で把握されている情報は既に開示されている。
聞くところによると、ボルティスドラゴンの縄張りに入った同じ魔物が瞬く間に消された逸話もある。
セシルは本能的にそれを知っているのか声の一つもあげず微動だにしない。
暫くしてボルティスドラゴンが北西の空に去って行ったのを確認するが、まだ目視出来る範囲にいる為その後も待った。
「あり得ない! あり得ないわ! 何で災厄の魔竜がこの地に!?」
もう大丈夫だろうとメアが口を開く。
「災厄の魔竜?」
セシルがメアに不思議そうに聞いた。
「魔王の城に居る竜のことだ」
「ほえー」
俺とメアは知っていたが、セシルは知らなかったようだ。
災厄の魔竜。そう聞けば大概の勇者なら分かる。
魔王の次に厄介な魔物で、順番的には悪魔族より上に位置している。魔竜族という種族だ。
ただ、悪魔族と比べると危険度は低く、敵と認識されなければ襲って来ないと言われている。
と言ってもそこらの魔物とは比べ物にならないほど危険なことには変わりないのだが。
魔竜の移動範囲は魔王の城圏内と聞いていたのだから、メアが驚くのも無理はない。
「さあ、続きと行こうセシル」
「はいはーい!」
ボルティスドラゴンは既に北西の空に去った。流石にこの距離では大丈夫だろう。
「あっきれた! あんたたちには緊張感ってものが無いわけ!?」
「そんなこと言っても、いずれまた会うことになる。何せ、俺たちは魔王の城目指して進んでいるんだからな。セシル、来い」
「やあああ!」
セシルがパンチを繰り出す。
それを受けてみたり避けたりしながら、セシルの実力を知っていく。
メアは……俺とセシルの様子をただただ黙って見ていた。
◇
セシルの大体の力が分かったところで切り上げて、バタリアのレストランで夕食を食べている。
魚介類の旨味が濃厚なスープに、トマトソースで煮込まれたチキン、小麦粉にジャガイモを混ぜて作られた蒸しパン、ローストポークとキャベツが盛られた料理などがテーブルの上に並ぶ。
バタリアのレストランの料理人が腕を振るって作られた料理が食欲をかきたてる。
セシルは本当に美味そうに食べる。
魔物がいる世界にいると、こうしたほんのささやかな楽しみが心の活力になる。
食があって身体が作られ、精神的な安定をもたらし勇者としての活動を支える基盤。
適当な食事はせずにバランスよく食べる。
そうして数十分ほど食事を楽しんだ後、宿屋に戻った。
「取り敢えずこれからの予定なんだが、大会までの時間を効率よく使いたいと思う」
「そうね」
「まず一つ目は勇者である俺とメアはいつも通り魔物の討伐に励む。セシルも付いて来てくれ」
「りょ-かい!」
今、俺の勇者ランクは6でメアは5。まるで足りないランクの埋め合わせは魔物の討伐でしか埋まらない。
「そして二つ目だが、魔竜族と悪魔族に会った場合の対処法を聞いて欲しい」
ボルティスドラゴンを見なければまだ言わない考えだったが、この際話しておこう。
「そんなの戦わなければいいだけじゃない!」
メアの言う通り極論は無闇に戦わないことに尽きるのだが、今後はそういうわけにもいかなくなる機会が増えるだろう。
それに、戦闘意欲を持った魔竜族や悪魔族との戦いを避けるのがどんなに難しいことか。
大会まで後5日。
その時間を使って魔物の討伐と、魔竜族、悪魔族の対処法。
俺が知り得た魔竜族と悪魔族に関する情報を2人に話す。
「メア、これから話すことはもしもの時の為。その時になってどうしようだなんてことにならない為にな」
「聞く聞くー!」
メアもセシルのように積極的に聞いてくれれば良いのだが、やけに嫌そうな顔をする。
「……私、シンの旅に着いて行くって言ったけれど、まだ、死にたくはないわ。だから聞くわ……」
転がっている樹に座るセシルの隣に、メアも座る。
「まず、2人にこれだけは言っておく。魔竜族にしても悪魔族にしても、戦闘することになっても勝とうなんて考えるな。可能であればすかさずその場から離脱、それが出来なくても諦めることを選択肢に入れるな」
「無茶言うわね。さっき此処を通って行ったボルティスドラゴンに見つからなかったのはたまたま運が良かっただけで、次会ったら容赦されないわ」
確かに無茶なことを言っているのは自分でも分かる。実際に会ってしまって逃げることがどんなに大変か。俺は身に染みて分かっている。
セシルは真剣な表情をして俺の話を聞いてくれている。
「たとえそうなったとしても、耐えて隙を見てその場から離脱。これが最優先だ」
俺やメアがランク10クラスの勇者ならば抵抗くらい出来るだろう。
「ただし、あくまで今俺が言ったのは現時点での話。これから先、技もステータスも上昇して行くなら、討伐も視野に入れておく。魔王の城に着くまでにどれくらいのレベルアップが出来るか」
そのレベルアップの為の時間は言うまでもなく魔王の城に着くまでの旅路。
それまでにランク10というのは難題ではあるが、不可能ではない。
勇者としてのランクを上げることは、生き残る……そして、魔王の城に眠る秘宝を盗み出す鍵の一つになる。
「遭ったら離脱の隙を伺いつつ、討伐出来そうならする……様子を見ながら戦えってことね」
「そうだ」
メアがうまくまとめてくれた。
セシルはちゃんと理解してくれたのだろうか。真剣な表情のままだ。
「セシルは、魔竜族も悪魔族も倒したい……けど、そんな力がないことも知ってる。だから! うんと強くなってシンとメア、そして仲間たちも守りたい!」
「頼もしいな、セシルは」
「ほんと、私なんかよりずっとしっかりしているわ」
獣人は魔力を使った技や武器を使うことは少ないが、飛び抜けた身体能力の高さがある。
それに加え、勇者と同じように持つ技能ーー撃技、速技、守技によって身体能力はさらに強化される。
心強い味方だ。
セシルはぶんぶんと空を突き、やる気十分といった感じだ。
その後、俺はメアとセシルと別れて宿泊中の部屋に戻って備え付けのシャワーバスルームを利用し旅の疲れを癒した。
ブルッフラの宿屋にあったシャワールームよりかは作りが良かった。
勇者という職業柄、体を洗い流すのは旅の途中で訪れた村や街しかない。
ましてや、フィールドで何日も体を洗わない時なんてざらにある。
こうして清潔感を保つのは健康面にはもちろんのこと、精神的な面にも影響する。
これからはこんなに落ち着いて宿屋に泊まることは少なくなってくるだろう。
魔竜族や悪魔族を警戒することはもちろんだが、魔物はそれだけではない。
それに、魔王。
魔物の頂点に立つ者の称号で、別次元の強さにいる存在。
バタリアのテクニック・ザ・トーナメントに出るのは予想外のことだったが、ちょうどいい滞在期間になる。
あと5日後。
魔物の討伐、技の発動訓練、そして、カサルの地にいる宝剣を持つ勇者への手がかり。
さらには、俺の旅の目的である魔王の城に眠る秘宝に関する情報収集。
誰彼構わずには話せないが、このバタリアでは1人や2人くらい話しても良さそうな者はいるだろう。
クランはーー魔物撲滅本部の人間。
話しても、魔王の城に眠る秘宝を狙う理由を聞かれるのはもちろんのこと、それがシーラ王国のアリス王女から頼まれていることだと話せば納得はしてくれるだろうが賛成はしないだろう。
無理だ、そう言うのが目に見える。
そして暫くの間旅を共にするラフマの剣。俺の元にアスティオンが戻るまでの代替えの魔剣。
物好きなやつにさっさとくれてやりたいところ。俺の魔力を吸い取るなんて、魔剣の名に相応し過ぎる。
そんな魔剣は今テ-ブルの上に置いてあるが、吸収した俺の魔力を放つように異様な空気を漂わせる。
悪い感じはしないが、得体の知れないものはやはり不気味だ。
そんな魔剣を背に、間も無く眠りに就いた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
異世界召喚で適正村人の俺はゴミとしてドラゴンの餌に~だが職業はゴミだが固有スキルは最強だった。スキル永久コンボでずっと俺のターンだ~
榊与一
ファンタジー
滝谷竜也(たきたにりゅうや)16歳。
ボッチ高校生である彼はいつも通り一人で昼休みを過ごしていた。
その時突然地震に襲われ意識をい失うってしまう。
そして気付けばそこは異世界で、しかも彼以外のクラスの人間も転移していた。
「あなた方にはこの世界を救うために来て頂きました。」
女王アイリーンは言う。
だが――
「滝谷様は村人ですのでお帰り下さい」
それを聞いて失笑するクラスメート達。
滝谷竜也は渋々承諾して転移ゲートに向かう。
だがそれは元の世界へのゲートではなく、恐るべき竜の巣へと続くものだった。
「あんたは竜の餌にでもなりなさい!」
女王は竜也を役立たずと罵り、国が契約を交わすドラゴンの巣へと続くゲートへと放り込んだ。
だが女王は知らない。
職業が弱かった反動で、彼がとてつもなく強力なスキルを手に入れている事を。
そのスキル【永久コンボ】は、ドラゴンすらも容易く屠る最強のスキルであり、その力でドラゴンを倒した竜谷竜也は生き延び復讐を誓う。
序でに、精神支配されているであろうクラスメート達の救出も。
この物語はゴミの様な村人と言う職業の男が、最強スキル永久コンボを持って異世界で無双する物語となります。
配信者ルミ、バズる~超難関ダンジョンだと知らず、初級ダンジョンだと思ってクリアしてしまいました~
てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
女主人公です(主人公は恋愛しません)。18歳。ダンジョンのある現代社会で、探索者としてデビューしたルミは、ダンジョン配信を始めることにした。近くの町に初級ダンジョンがあると聞いてやってきたが、ルミが発見したのは超難関ダンジョンだった。しかしそうとは知らずに、ルミはダンジョン攻略を開始し、ハイランクの魔物たちを相手に無双する。その様子は全て生配信でネットに流され、SNSでバズりまくり、同接とチャンネル登録数は青天井に伸び続けるのだった。
運極さんが通る
スウ
ファンタジー
『VRMMO』の技術が詰まったゲームの1次作、『Potential of the story』が発売されて約1年と2ヶ月がたった。
そして、今日、新作『Live Online』が発売された。
主人公は『Live Online』の世界で掲示板を騒がせながら、運に極振りをして、仲間と共に未知なる領域を探索していく。……そして彼女は後に、「災運」と呼ばれる。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
獣人のよろずやさん
京衛武百十
ファンタジー
外宇宙惑星探査チーム<コーネリアス>の隊員六十名は、探査のために訪れたN8455星団において、空間や電磁波や重力までもが異常な宙域に突入してしまい探査船が故障、ある惑星に不時着してしまう。
その惑星は非常に地球に似た、即移住可能な素晴らしい惑星だったが、探査船は航行不能。通信もできないという状態で、サバイバル生活を余儀なくされてしまった。
幸い、探査船の生命維持機能は無事だったために隊員達はそれほど苦労なく生き延びることができていた。
<あれ>が現れるまでは。
それに成す術なく隊員達は呑み込まれていく。
しかし―――――
外宇宙惑星探査チーム<コーネリアス>の隊員だった相堂幸正、久利生遥偉、ビアンカ・ラッセの三人は、なぜか意識を取り戻すこととなった。
しかも、透明な体を持って。
さらに三人がいたのは、<獣人>とも呼ぶべき、人間に近いシルエットを持ちながら獣の姿と能力を持つ種族が跋扈する世界なのであった。
筆者注。
こちらに搭乗する<ビアンカ・ラッセ>は、「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)」に登場する<ビアンカ>よりもずっと<軍人としての姿>が表に出ている、オリジナルの彼女に近いタイプです。一方、あちらは、輪をかけて特殊な状況のため、<軍人としてのビアンカ・ラッセ>の部分が剥がれ落ちてしまった、<素のビアンカ・ラッセ>が表に出ています。
どちらも<ビアンカ・ラッセ>でありつつ、大きくルート分岐したことで、ほとんど別人のように変化してしまっているのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる