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第53話 ヘリオスの村の偉業
しおりを挟む「シン、それって過去に起きた魔物戦争後の話よね。有名だわ、悪魔族の雷動に終止符を打ったヘリオスの村の話」
「ああ。よくあんな凶悪な奴らを消してくれたよ。生き残った悪魔族がいるにしても、ヘリオスの村が成した偉業だ」
過去、魔王軍率いる魔物と人間との戦争後のこと。
シーラ王国を除く、世界の国々と一部の街に張られていた魔防壁は大きく弱まっていた。それは、魔防壁の源が人間の魔力であった為、大戦の勝敗によってはこの世界は終わると危惧されていたからだ。
魔力は人間の精神面に直接影響を受けるエネルギーであり、戦争が起きることによって人々への不安は顕著に現れていた。
その後、魔物戦争は人間側が勝利を収めることになったが、魔防壁の回復には時間がかかってしまった。
悪魔族はその時を狙っていたかのように押し寄せ、魔物戦争が終わったと安堵していた人々にさらなる恐怖を植え付けた。
国と隣接している街や近くの街や村は、勇者や国の騎士兵団等によって被害は食い止めることが出来たが、ハンドレッドという街は押し寄せる悪魔族の格好の的になってしまった。
国のように強い騎士兵団も勇者もおらず、ましてや魔防壁すら張っていなかった。
悪魔族の侵入を安易に許し、惨劇が起こってしまった。
だが、悪魔族は知らなかったのだろう。ハンドレッドの街の近くにはヘリオスの村が在ったということを。
50人以上の犠牲を払うことになってしまったが、ハンドレッドの街に来たヘリオスの村の人間たちによって、悪魔族は文字通り消滅したと聞く。
新聞にもそれは大きく掲載されて、これを機にヘリオスの村の名が広がって、世界の国々がこぞって魔物を殲滅する活動に協力を願い始めたと言われている。
以前からとんでもない村があると俺も旅の最中に耳にしたことがあった。
勇者でもない、国の騎士兵団でもない。ましてや、武器の使用を禁止している村。
そんな村には一切の魔物が踏み入ることが出来ない鉄壁の魔防壁がある。当時はそう聞いていた。
その後の話では魔防壁は劣ってしまうようだったが、それでも強力な魔防壁には変わりはなかった。
「ふ~ん、すごいすごい!」
獣人の子、セシルは足をバタバタさせてベッドを揺らす。
獣人は人間のように知能があり、会話の意図、話の内容や過去や今に起きたことを思い出すことが出来て、未来について思考する力もある。人間と変わりない。
セシルが仲間の元を離れていたということはあまり世間で起きていたことを知らないのかもしれない。人里や魔物から逃れて生きて来た光景が目に浮かぶ。
「ふん! お前に何が分かるって言うんだ! ヘリオスの村はな! 俺たちの誇りだったんだぞ! それを……あの、勇者共と魔物は!」
拳を握りしめてテーブルをダンッっと叩く。
ルリカがルイの肩に手を乗せる。
「前もそんなことを言っていたな」
「昔の話よ。まだ、夜も明けない早朝のことだったわ。悪いけどこの話は今、私もルイも話す気分じゃない」
その後、ルイとルリカは盗み業をやめることを誓って、部屋から出て行った。
このバタリアに来てからは住むところがなかったようだが、今ではその盗み業の稼ぎを元に住まいを借りたそうだ。
俺からアスティオンを盗んだことについてはもう許してやった。その盗む技術を他のことに活かせばどうかとアドバイスすると、考えておく、だそうだ。
翌日、大会が始まる前にもう一度ルイとルリカと会って会場へ行って事情を説明するつもりだが、主催者っぽい人間がマイクまで使って参加者の前で言った手前、難しいところではある。
アスティオンのことはその時に考えるとしよう。
そうして、夜も更けてきたこともあり、腹を空かせた俺たちは宿屋の1階で食事をとることにした。
◇
1階の食事会場は思ったほど人は多くなかった。朝はビュッフェとして、夜はレストランのようになっている。
今、俺とメアが泊まっている宿屋は勇者も一般人も宿泊している。宿屋の中では武器を持って動き回ることが出来ない為、勇者なのか一般人なのか見分けがつかない人もちらほらいる。
ただ、如何にも勇者だと分かる人もいる。それは、片腕に痛々しい傷があったり、片目に斜めに入る傷跡。そんな傷跡、そうそう無茶な生き方をしない限り一般人につく筈もない。
話の内容も昨日の魔物はどうだとか、技がどうのこうの言っている。
「お食事! お食事!」
初めて無法地帯で会った時とは打って変わった様子のセシル。
テーブル席に着くなり、メニュー表をとって見る。
セシルを見ている人たちもいるが、獣人が居てはならないという法律はない。
ただ、やはり獣人が人間社会にいることはまだまだ珍しい光景。
「セシル、楽しそうね」
「よっぽど、楽しみだったんだろうな」
メニュー表をパラパラとめくりながら、「どれにしようかなぁ」などと言って選んでいる。こうして見ていると、獣人の子も人間の子と変わらない。
そして、「決めた!」と言って見せてきたのは赤唐辛子の辛味が特徴的なペペロンチーノ。
俺はムール貝のトマトスパゲッティ、メアはセシルと同じものを頼んだ。
その後、運ばれて来た料理を食べるのだが、セシルは意外にも器用にフォークを扱う。
獣人は基本、人間のように手の込んだ料理をすることはないと聞く。
川魚や木の実を主食とし、一週間程度は口に食べ物を入れなくても生活出来るという。
あっという間に食べ終わって、物欲しそうに俺とメアのものを見る。
そして、仕方がないと俺とメアは3分の1くらいあげるのだが、それもあっという間に平らげる。
無法地帯の人身売買所にいた時、まともに飯が食えていなかったのだろうか。
そう考えると、捕まっている他の獣人も助けてやりたいところ。
暫くの間、食事を楽しんだ後、部屋へ戻った。
◇
「じゃあシン、また明日ね」
「明日~」
セシルはメアと一緒に部屋へ入って行った。
食事の最中に明日のことも話し合った。
俺はルイとルリカと共に、もう一度大会受付会場に行って優勝景品になってしまったアスティオンの事情の説明へ。
メアとセシルは、暫くバタリアの街を散策するそうだ。
「そう言えば、武器屋にも寄らないとな」
昨日、アスティオンが盗まれてからバタリアの武器屋で鉄剣を借りたが、オルフノットバレーの落下中に崖に突き刺して根元から折れてしまった。
今、持っている短剣もアギラとの戦闘で持ち手を除いて刀身は既に無い。
育った村を出てからというもの、ほぼと言っていいほど身に付けていた剣ーーアスティオン。それがないというのはどうもしっくりこない。
明日、アスティオンが戻らなければ、6日後に開催されるテクニック・ザ・トーナメントに出ることになる。
そうなれば、優勝以外で俺の元にアスティオンが戻る保証はない。
他に優勝した奴に事情を説明するか、最悪、強硬手段で奪い取るしかない。
そんなことを考えながらこの日は就寝した。
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