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第42話 魔獣オークの進行
しおりを挟む「あの鳥! 何てことするんだ!」
深い霧の中、俺はオーロラブリッジの下にあるオルフノットバレーに落下している最中だった。
アギラの爪に掴まれた肩が少しばかり痛む上、落下する速度も変わらず、このまま行けば地面に大激突だ。
「一か八か」
空気抵抗に従い速技+3を解放し、壁の方に体を向ける。
その勢いのまま、腰元から鉄剣を抜いて岩の壁に突き刺す。
「止まれえええ!」
だが、落下するスピードと意外にも斬れ味が良かった鉄剣は、止まることなく岩の壁を斬り進む。
だが、遂に限界に達してしまい、持ち手あたりから折れた。これは弁償だな。
直ぐにもう一つある短剣を取り出すが、村の少女の覚悟の剣だと岩の壁に突き刺すのを躊躇った。
下は……まったく見えない。
人の死というのはこうもあっけなく終わるものなのか。
ただ、まだ絶望はしていなかった。
川の音が聞こえる。
オルフノットバレーは年中霧が立ち込めている場所で、底の様子はまだまだ未知の領域。
体をくねらせ下を見ると、早い流れの川があった。
息を深く吸い込みーーそして、川に落ちた。
◇
一体、何百メートル流されたのか。
俺は自力で川の流れから脱出していた。
「はぁはぁ……また、えらく高いところから落ちたもんだ」
見上げても濃い霧があるだけでどれくらいの深さの谷なのか、時間的に考えると相当深い場所には違いはなかった。
光もまともに届かず、ぼやっと確認出来る程度。
水を吸った服を絞って、とりあえず歩き始める。
川が深かったおかげで致命的なダメージは免れたが、アギラに肩を掴まれた箇所はまだ痛みが残る。
これはアギラが獲物を弱らせる為の毒。
それを持ち合わせていた解毒薬で中和させる。
鉄の剣は折れた上、アスティオンもない。あるのは、村の少女からもらった短剣だけ。しかも、サギ二の森でスカルエンペラーと交戦した際、若干欠けているのが目立つ。
早くこの谷から這い上がりたいところだが……この岩の壁を登って行くわけにもいかない。
断崖絶壁、人が立ち入る場所ではない。
そうして暫くの間川の流れの反対方向に向かって進んで行くと、崖に出来ている複数の穴に気付く。
なんであんなところに?
地面からおよそ十数メートルの場所。
距離的に考えると直径は1メートルから2メートル弱。
よく見ると、それが何個もある。
不自然に出来たその穴を見ながら歩いていると、今度は向かいから何かが来ていた。
「ブギィブギィブギィブギィーー」
だが、それは直ぐに魔物だと分かった。
緑色の体に豚のような鳴き声。それでいて人間のように二足歩行をし、持つ手には武器が見える。
魔獣、オークだ。
ぞろぞろとまるで一つの軍隊のように大地を踏みしめる。
10や20ではない。目算だが50体以上はいるだろう。
もしかしてオルフノットバレーの底はオークたちの住処なのか?
国の連中は何をやってるんだ。
こういう人が来ないような場所こそ、魔物にとって絶好の住処になるというのに。
結局は俺たち勇者の手で始末をつけないといけない。
岩陰に隠れてオークたちの様子を見ていた。
「これは無理があるな」
観察眼を発動して見ると、30台そこそこのレベルのオークもいれば、40台50台、中には60台後半のオークもいる。
多勢に無勢。
いくら俺が勇者ランクに見合わない技能を持っていたとしても、この数では勝ち目はないだろう。
ここはやり過ごしたいところだが……
岩陰に身を潜め、オークが行くのを待っていた。
暫く待って、もう一度覗いて見る。
「まだいるのか」
ブギィブギィと煩いオークの群れは、川に向かって槍や棍棒を放つ。
バシャバシャと川の水が弾き飛んだかと思うと魚が浮かんで来る。
オークたちは川の流れに流される前に浮かんできた魚を捕る。
どうやらオークたちの食事の時間のようだ。
オークはそのまま魚にかぶりついて食べる。美味そうには見えない。ただただ食う、そんな感じだ。
「早く行ってくれよ」
岩陰で溜息をつき、オークたちが行き去るのを願った。
だが岩を背にしていくら待っていても、川の水が弾き飛ぶ音は止まなかった。
◇
「行ったか」
オークの群れがようやく去って、岩陰から顔を出した。
まだ最後尾あたりは見えているが、もう大丈夫だろう。
5、6体ならまだしも、さすがにあんな大軍は手に負えない。
ただでさえオーク一体一体の攻撃力は高いというのに。
レベル30台で既に攻撃力は50オーバー。同じ30台の雷鹿の1.5倍以上だ。
まあ、攻撃力が馬鹿高い代わりに防御力は致命的なのだが。
ただオーク自身が分かっているのかいないのか、攻撃することこそ最大の防御と言わんばかりの性格。
加えて繁殖の為に人間の女を襲うという鬼畜。
国が掃討したい理由も理解出来る。
さて、俺はオークをどうにかするか考えるより、早くこの谷から這い上がらないといけない。
どうするべきか……
登って行くなんて不可能だし、俺をこの谷に突き落とした張本人に拾い上げてもらうなんてない。
川の流れに沿って行くしかないか。
俺はオークの群れが行った方向とは反対に歩みを進めた。
◇
そうして進んで行った先にあったのは崖に出来た岩道。
30度ほどの傾斜の岩道で、登って行った先に穴があった。その穴を奥へ奥へと進んで行き、脱出経路を探していた。
この穴はオークたちが作ったものではない。
と言うのは、オークが入れるかと言われれば微妙なところだからだ。
人1人かやっと2人。
そのくらいが限界の穴。それが続いている。
さらに進んで行くと、開けた場所があった。
「なんだ? ……鍋」
明らかにそれは鍋だった。暗くてよく見えなかったが、形、硬さからして鍋。
穴の中にあるには不自然なほどの物。
こうして見ていると、パルセンロックにいたレベルのことを思い出す。
となると、この穴にもレベルと同じように人がいる?
開けた場所をざっと見渡すと、分かれた穴が3つある。
引き返すべきだろうか。
この先を進んで迷ってしまえば、崖の中に取り残される。
ただ、谷底の川に沿って進んで行ったとしても、またオークの群れに遭遇してしまう可能性もある。
もちろん、だからと言ってこの崖の中の穴が安全とは言い切れない。
八方塞がりか。
どうするか、少しばかり考えていた。
「……誰か来る」
するとどの穴なのか人の話し声と穴を進む音が聞こえてくる。
持つ短剣に手をかけ警戒する。
「ラミってば勝手にいなくなるなっての! ……えっと、どちらさん?」
一つ上の穴からひょっこりと顔を出した少年と目が合った。額にベルトライトを巻きつけており、じっと動かない。
「俺はシン。助かったよ、この崖から出る方法を教えてくれないか?」
「え、えええええ!? その前にあんた誰!? なんでここにいるっす!?」
「少しわけがあってな、話をしよう」
それもそうだな。互いに聞きたいこともあるし、見た感じでは悪いやつには見えない。
勇者とも見えるが、そこは話を聞いてからにしよう。
彼にとって俺は不審者には違いないが、俺にとってもこんな崖の中にいた彼が不審者に見えてならなかった。
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