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第21話 森の廃墟
しおりを挟むサギニの森の奥深くで見つけた廃墟。
よく見れば壊れた家や商店などが見られる。どうやら、此処は過去にあった小さな街なのだろう。
魔物に襲われた、そう考えるのが妥当。
植物が無造作に生えており、もはや人が住める環境ではない。あちらこちらに苔が好き放題に生えており、蟻が地面に巣を作る。
ただ、こういった場所ほど逆に人が隠れやすいとも言える。
魔物の手が直ぐに届いてしまう村の住人たちが、セイクリッドやブルッフラのように安全な街へと避難する過程で、隠れ逃れる為に使う場所になったりする。
勿論、俺は勇者であって人助けが目的ではない。まあ、魔物を倒すことで間接的に人助けをしていることにはなるが。
廃墟へ足を踏み入れて行き、生存者の有無を確認して行く。
だが人の声はひとつも聞こえず、廃墟に住んでいるのだろうか、鳥の声がピィピィピィと聞こえて来る。
歩く足場は石が敷き詰められているが、大自然の力の前に歪んだのか、ところどころに亀裂が入っている。
「……」
ふと足を止めたのは、崩れた民家の一室。棚や置物はバラバラで、見る影もない。そして、その一室に落ちていた一枚の写真には1人の女性と小さな子供が写っている。
「……」
魔物は残虐だ。人々の平和、幸せを奪い、今も何処かで人を食らう。
俺は持つアスティオンを強く握り締める。
気配を感じ振り返ると、壁伝いに巨大な人食い蜘蛛アンカブートがいた。人間の匂いがしたと、のこのこと俺の前に現れたのだろう。
「お前らは……この世界にいるべきじゃない」
俺は牙をガチガチと鳴らすアンカブートの頭に、アスティオンの切っ尖を素早く突き立てた。
「ギュアアアアアアアアアアアアア!!」
緑の血を頭から放出し、ばたばたと暴れた後アンカブートは息絶えた。
そしてその音を聞いたのか、ぞろぞろとアンカブートが現れる。こうも巨大な蜘蛛の群れが目の前にいると、気持ち悪いというより悪寒が先に走る。
「お前らみたいな雑魚が何体現れようと、俺は殺せない」
飛ばしてくる糸は馬をも絡め殺す。人食い蜘蛛の名前の由来はその糸で人間を絡め殺す様からきている。
俺は無数に飛んで来る矢のような糸を躱し、そして斬り裂きながら多くの生物の急所とされる頭を突いていく。
そのたびに悍ましい悲鳴をあげて絶命していくアンカブートは、あたりに緑の血を撒き散らす。
ジュッという音が聞こえる。恐らくだが、その緑の血には毒があるのだろう。触れた植物の葉がどろりと崩れる。
間も無くアンカブートを掃討し、俺は観察眼を発動した。
「いないな」
辺りをぐるりと確認したが、アンカブートは表示されない。少し、休憩といこう。
俺は廃墟にあった、今にも崩れそうな階段を登って行く。
最上階にも植物の根は到達しており、足の踏み場もないほどだ。一体、幾つもの年月をかければこうなるのか。
そう言えばメアは大丈夫だろうか。もしもの事があっても、勇者という職業は守ってくれるものがない。メアも1人の勇者だ。無事、そのことを祈っておこう。
すると、ガサガサと森の茂みから音が聞こえてくる。
「人? なわけないか」
姿を現したそれは、確かに人のような形ではあった。だが、口に咥えるのは明らかに人間の片腕だ。そいつは人ではない。俺は観察眼を発動する。
ニヒル
LV.58
ATK.64
DEF.52
ニヒルは人間の姿に似た魔物だ。油断して近づいて来た人間を食らい、この魔物の犠牲になった人々は多い。
しかし、所詮は魔物。姿がいくら人間に似せて来ようとも、こんな日の明るい状態で見るその姿はおかしい。
魔物だから羞恥心はないのか、服などはいっさい身につけておらず、本来あるはずの目がない。それがニヒル本来の姿だからだ。そのかわり嗅覚が非常に優れており、見つけた獲物めがけて突撃してくる習性を持つ。
ニヒルは不気味な咀嚼音を出しながら、ゆっくりと前進している。
「出来れば、あいつは闘いたくないな」
俺がそう言ったのは、いくら魔物だとしても姿が人間に近い。しかも、ニヒルは手の握力が非常に強い魔物。
話ではその手の握力だけで人を掴み殺したというほどだそうだ。
ニヒルは咥えていた人の片腕を吐き捨て、頭を細かく動かしている。それはニヒルが匂いを嗅いでいる時に見られる行動。
先程まで廃墟の一階で魔物共と戦闘をしていたのだ。アンカブートの匂いと混ざって俺の匂いが残ってしまった。
ゆっくりとニヒルはその歩みを俺のいる廃墟へ向ける。
はぁっと溜息を吐いて、俺は廃墟の屋上から下を眺める。何ら問題はない、飛び降りれる高さではあるが、着地した音で間違いなくニヒルに気付かれるだろう。
仕方がないと諦め、気配を静かに殺す。
面倒だが、俺は今魔物討伐ゲームの真っ最中だ。1体でも多く魔物を討伐して、マラルが自信有り気に言う情報を聞き出す。
ザアアアっと風に揺られる森の音が響き渡る中聞こえてくるのは、何かを踏みつけるような音。
バキバキバキとその音は少しずつ少しずつ、俺の元に近づいて来ている。
そして、とうとう俺のいる最上階までやって来やがったニヒルは、醜く、真っ黒な長い舌をだらりと垂らす。
口元は大きく裂けており、先ほどまで食らっていたであろう人の血らしきものが顔中に付いている。
「バケモノめ」
ニヒルは人とは似つかわない声をあげて向かって来る。
握るアスティオンの刃をニヒルに向かって斬り放ち、その一閃はニヒルの右片腕を斬り落とし、腹部まで到達する。だが、一瞬怯んだニヒルだったが、まだあるもう片方の手でアスティオンを振り払う。
いくら魔物でも痛みはあるはずなのだが。
しかし、いくら握力が異常な魔物だろうと直接アスティオンの刃を振り払ったダメージは大きかったようだ。
体制が若干だが崩れ、俺はすかさずもう片方の腕と、そしてニヒルの頭蓋に刃の切っ先を突き立てた。
「しぶといな」
だが、倒れ込んだニヒルはまだ立ち上がろうとする。しかし、俺を殺そうとするなら放ってはおかない。アスティオンを真っ直ぐに降ろしてトドメを刺す。
それでも尚、まだ動こうとするニヒルだったが、間も無く力尽きた。
そうして、また廃墟に人がいないことを確認していると、まだ形を保っていた机があった。
「鍵付きか……なら」
その机には厳重にも鍵がかかっていた。だが、俺にとってそれは何の意味も為さない。魔力5を使い解錠の能力を発動、机の鍵を開く。
「ノート?」
鍵がかかっていた机の上段を引くと、一冊の古びれたノートがあった。
ただ、廃墟の天井はところどころ崩れており、そこから侵入したであろう雨水で文字がふやけてしまっているが何とか読めはする。
『これは幻想か現実か』
タイトルと思われる言葉はそう書いてある。
『私がこの街に住み始めて、それは4ヶ月目のことだった。突如として現れたのは、人間と同じように言葉を話す魔物。
人のような形をしていたが、その力は今までの魔物の比ではない。私も勇者として交戦はした。しかし、奴等は象が蟻を踏み潰すかのように、私のいるこの街を一夜にして破壊した。
AXX年秋のことだ。私はこの日を一生忘れることはない。ジョン=シーカー』
どうやら、この廃墟は以前まで街として存在していたようだ。そして、この文章の筆者であるジョン=シーカーという人物は、街を襲った魔物と闘った勇者ということ。
本当に心苦しい思いで筆を走らせたのだろう。
それに俺が気になったのは文章の一文。人間と同じように言葉を話す魔物、これは魔人のことを言っているのだろう。
AXX年だと魔人の存在が既に世界に浸透している年だったとは思うが、こうして文章として読む限り、魔人の存在が全ての人々に伝わっているという思い込みが悲惨な結果を招いてしまったのだろう。
そして、その後も俺は廃墟を歩いて何か情報はないかと探していた。
◇
何十分、いや、もしかしたら1時間以上いたかもしれない。
俺は廃墟を抜けて、サギニの森までも抜けていた。
「この街のような場所が、他にも……」
サギニの森を抜けると、砂利道の先は人が歩く道が続いている。
ふと、物思いにふけっていると遠くの方から大きい音がする。
俺は思い出したように、本来の目的であるゲームに戻った。
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