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第11話 魔法情報証
しおりを挟むラグナ平原を渡り歩き、漸くブルッフラへ辿り着いた。
街門には人々が行き交っており、際立って目立つ特徴的な建造物が見える。黒柱だ。
「いつ見ても高いな」
黒柱が異様な存在感を放つ。何故、こんなものがブルッフラに必要かというと、情報を集める為にある。
仕組みとしては黒柱中心を起点とし、各方位に魔力電磁波を拡散させて主に魔物の位置情報を収集する。
シ-ラ王国が独自に開発した探索魔法を、黒柱は半永久的に作動させる。
この魔物が蔓延る時代、人間の手だけでは確かな生息区域の収集に追いつかない為だ。
そしてこの黒柱は地上に3本しか存在していない。
理由は、やはり黒柱開発にかかる費用と、魔力が有限ではないからだ。
人々の生活は、彼等自身の仕事の上に成り立っているが、使わない魔力を国に提供することで、僅かなお金を得ることが出来る。
それが集まりに集まって黒柱の動力源となる。つまり、国は黒柱を立て、情報の収集は人々の魔力により補う。
そうすることで、人々は魔物に関する情報を即座に入手することができる。
人々は絶えず魔物から怯える生活を余儀なくされているが、黒柱開発後、全く情報が得られない状態より少しでも得たいと思う人々が多いそうだ。
国は魔物を討伐することに力を入れて、それが出来ない一般の人々は持っていても使うことがない微量な魔力を国に提供する。
互いに利がある関係の上で成り立つことだ。
先程、黒柱の作動が半永久的と言ったのは、動力源とする魔力が一般の人々からの供給だからだ。
極端な話、人々が一斉に魔力を提供しなくなれば、黒柱は作動しなくなる。
勿論、人々が国に魔力を提供することは強制ではない。
それでも、彼等大衆が魔力を国へ提供するのは一刻も早く地上から魔物を殲滅することを切に願っている為の行動だからこそ。
ちなみだが、俺は国に魔力を一滴足りとも提供していない。何故なら、俺は勇者として国の兵士たちと同じように魔物を討伐しているからだ。
黒柱は魔物生息区域の探索を主としているが、その他、国と国、国と街などへ情報の伝達も行う。
この魔物時代は、国、人々、そして勇者達が間接的に協力し合った上で俺達人類は存続している。
「少しいいか?」
俺が話しかけたのは、人の良さそうな靴屋の店主。見た目は若い感じがするが、疲れている様子。
「ブルッフラには本当に勇者がよく来る。で、何かな?」
店主は俺を一発で勇者と見抜いた。いや、こんな魔物が地上に溢れる時代だ。腰元に剣をぶら下げて、対魔物戦闘服を兼ね備える服を着ているのだ。
店主の言うようにブルッフラは勇者がよく訪れるから分かるのだろう。
「この街で、質の高い情報を売る情報屋を探している」
「……質ねえ。質って聞くとどうも胡散臭さを感じる」
店主は頭をぽりぽりと掻く。
「それは何故だ?」
「考えてもみろ。たかだか魔物がどうのこうのって情報だろう? そんな情報に高いも安いもあるか?」
「ああ、言いたいことは分かるよ」
店主の言わんとしていることは分かる。たかが、魔物に関する情報だ。そんなものにそもそもお金が絡んでくることの方がおかしい。
「だろ? そんな情報、タダで教えてくれればいいのに。でも、仕方ないよな。情報を売るっていう商売が成り立っちまってるから」
店主はため息混じりにそう言った。
確かに人々の安全確保を優先して考えれば、無料で情報くらい提供して欲しいものだ。
しかし情報を持つに至るまでを考えれば、無形のものにも値段が付く理由も分かる。
それは、その情報を得るまでにかかった時間、そして魔物と遭遇するリスク。
此処、情報の街ブルッフラでもいくら黒柱による情報収集が出来るといってもやはり限りがある。
黒柱は、その探索範囲こそ広いが詳細な情報は掴めない。どのあたりにどの魔物がいる。その程度しか把握出来ない。
その為、俺のように細かい情報が欲しいとなると情報屋の手を借りるしかないということになる。
欲しい情報を得る過程を自分で補えば済む話だが、当てずっぽうな情報収集は非効率この上ない。
したがって、勇者という専門の職業が存在するように、情報収集を専門とする彼等情報屋の手を借りた方が手間もリスクも少ない。
デメリットは少々高い金銭のやり取りくらいだ。
「おっと、余計な話だったな。質の高い情報を売ってるやつなら、北の酒場の近くにいるよ」
「恩にきる」
俺は金貨一枚を店主に渡す。
「いいのか? 俺はただ場所を教えただけだぜ?」
「俺は質の高い情報屋を探していた。店主はそれを教えてくれただろう? これも、情報売買の一つさ」
「そうか。だったら有り難く受け取ろう」
店主は渡す金貨一枚を受け取り、グッと握りしめる。
そして、俺は店主の言った酒場を目指して歩き出す。
このブルッフラは、シーラ王国隣接街セイクリッドと似たような雰囲気がある。
それは、ブルッフラを管理している国の一つがシーラ王国だという理由もあるからだろう。
そして、一般の人々と混ざって明らかに勇者と分かる者が街の中を行き交う。
ただ、皆、見慣れない顔ぶれだ。ブルッフラに来るのは1年ぶりくらいだが、勇者という職業はとりわけなりたいと希望する者が多いらしい。
しかし、その中で残っていくのは半数以下だという統計データが出ている。
いくら希望する者が多いとしても、命が惜しくなったと勇者を辞めてしまう者が多くいる為だ。
それは、他の職業に比べて得られる報酬も高いが、反面、命のリスクを常に背負っているからに他ならない。
だから、単なる金目的で勇者になった者は、総じて辞退の道を歩んで行く。
街道には情報屋と思われる者が人々と何やら話している。それは、その話の最中に金貨なのか銀貨を手渡している様子から分かる。
このシーラ王国が管理している街でそんな行為が出来るのは情報屋くらいしかない。
もしくは闇の取引ということも考えられるが、それは不可能に近いだろう。
ブルッフラはシーラ王国、及び複数の国が管理していることが前提にあるからだ。
仮にそんな取引をすれば、俺が捕まった時のような牢獄では済まされないだろう。
街中には同じ人間なのかと思うほどの巨大な体を持つ者、肩には負けじ劣らずの巨大な斧を持っている。
恐らく勇者だろう。別に勇者だからといって剣を持つ必要性はない。
魔物を討伐する能力があれば、素手だって構わない。
街中は以前と比べて特別変わった様子は見られないが、強いて言うなら黒柱から感じる魔力が少しばかり強い気はする。
それ程、一般の人々は魔物討伐に協力的なのだろう。
街道、人々の間を進んで行くと店主が言っていた酒場に着く。
酒場の直ぐ隣には、1人の女性が誰かと話をしている。やけに親しげに話している様子。
そして話終わったのを確認して女性の元に向かう。
女性はちらりと俺を見て手に持つ情報誌に目を向ける。
くわえ煙草をしており些か行儀はよくない。
「少し話を聞きたい」
俺がそう尋ねると、女性は面倒臭そうに情報誌を台に置く。黒の長髪を後ろで束ねて、情報屋のトレードマークであるiの頭文字がある帽子を被る。
「情報は武器。いくら優れた能力を持っていようと、正しい使い時を知らないと意味は持たない。違うかな?勇者の坊や」
店主と思われる女性は椅子に座りながらそう語る。そして、当たり前のように俺を勇者と断定する。
一情報屋にとって、人の職業判断など朝飯前なのだろう。
といっても、王国の正装ではない格好で剣を腰にぶら下げていれば職業当ては難しくはない。
勇者ではなく、盗賊などの悪人の線もあるが、王国の管理下にあるブルッフラに堂々と来る悪人はそうはいない。
「違いない。あんたの言う通りだよ」
「ふふっ。ーーそれで、聞きたいことは?」
「率直に聞く。魔王の城に眠る秘宝について何か知っているなら教えてくれ」
彼女はその問いに特に驚いた素ぶりはなく、黙って考えているように見える。
加えた煙草を吸い殻に捨てて椅子から立ち上がると、俺と同じくらいの背がある。
華奢な身体は女性的で情報屋なのかと疑うほど。その理由は情報を求めてやって来るのは、何も俺のような人間ばかりではない。
中には、大した情報ではなかったと情報を売っている店主に対して手をあげる乱暴者もいる。
女性が情報屋をやっているのは客集めにはいいかもしれないが、いくら王国の管理下にあるとしても身を守る術は必要だ。
「金貨15枚。それ以下はお断りよ」
「15枚か、良し聞こう」
思っていたより高い。だが、背に腹はかえられない。金貨15枚で何かしらの秘宝の情報を得られるのなら安いものだ。
俺はリュックの中から金貨15枚を取り出して彼女に手渡す。
「確かに」
彼女は渡した金貨を数えて黒いバッグの中に入れる。
いかにも高価そうなバッグ。黒い動物だと思われる皮製表面の上は、光沢のあるコーティングが全面にされている。
そしてちらっと見えたのは、何枚も重なり合った白い紙。彼女はその中から一枚を選んで取り出し俺の前に差し出す。
「これは?」
突如、目の前の木製のテーブルに置かれたのは何も書かれていない真っ白な紙。
「これは、情報屋から情報を買った者に渡す魔法情報証。買い主の魔力を魔法情報証に込めることで、その者だけが見ることができるわ」
実は初めて情報屋を利用した為、魔法情報証とやらの存在を知らなかった。
なるほど、買い主の魔力を入れて見るというのは画期的なアイデアだ。
そうすれば、たとえ誰かに盗まれても、盗んだそいつにとってはただの紙切れになる。
「ただ、一つ注意点があるの」
「注意点?」
「この魔法情報証を渡したら、その本人が初めに魔力を入れること。そうしないと、第2の人間が初めに魔力を入れてしまうとその人間しか見れなくなる」
買い主の情報を守れる反面、他の者が先に魔力を入れると買い損ということか。
俺は魔法情報証に手を置いて魔力を込めると、紙全体が光り始める。間も無く光りが収まると、文字が書かれている。
「驚いた?」
「ああ、まさか、こんな技術があるとはな」
俺は浮かび上がった文字を読み始める。一体誰が書いた文字なのか、やけに綺麗な書体をしている。やはり、この魔法情報証を売った店主自身なのだろうか。
「……これは」
魔法情報証に浮かんだ文字を読み終えた俺は、意外過ぎる情報に驚きを隠せなかった。
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