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第9話 暗雲
しおりを挟むシ-ラ王国隣接街、セイクリッドを出発して魔王の城を目指す。
その道中で訪れるカサルの地で、魔王の城まで共について行ってくれる勇者がいると非常に助かるのだが、彼等は今どうしているだろうか。
そして今の俺は、魔王の城に関する情報は噂程度しか持っていない。
そんな魔王の城に行って眠る秘宝を盗むのは、いくら盗める可能性のあるスキルを持っていたとしても無謀の一言に尽きる。
「行ってみるか、ブルッフラへ」
ブルッフラ。
それは、様々な情報が集まって来る巨大街。屈強な戦士や兵団がいるシーラ王国からそう遠くはなく、今日中には辿り着けるだろう。
そして俺が目的とする魔王の城の情報は、それが真実かどうかはわからないが、ブルッフラが第一有力候補に挙がる。
ただし、2つの問題がある。それは、先程言った魔王の城に関する情報が真実かどうかの見極めが難しいということ。
もう1つは、得る情報もタダではないということ。
そもそも、タダで得られる情報なんて大したものではない。
基本的にブルッフラでは、情報はその名前の通り情報屋から得ることが出来る。
勿論、金銭と引き換えにだ。
情報の信憑性が確かなものかどうかはその情報を売っている情報屋の人間性に問われる。難しいところだが、目に見えないものを売るというのは売る側の信頼が何より不可欠。
その為、誰々から得た情報は本当だったと広まれば、たちまちその情報屋の信頼度は上がる。
言ってしまえば美味しい商売。仕入れた情報が確かなものであれば、ブルッフラで情報屋を始められる。
しかし、現実はそんなに甘くはない。ブルッフラは、情報を売る人間を厳密に管理しており、ぽっと出の素人が出来るものではない。
情報屋はブルッフラが認可した者のみが営業することが出来る。
つまり、ブルッフラで現在情報屋として商売をしている人々の多くは、認められた確かな情報ルートを持っているということになる。
ブルッフラには、シーラ王国を含めた数カ国の監視人がいると言われている。
監視人とは街で不当な商売や取引が行われていないかを常時監視する者達のことである。
その為、ブルッフラで得られる情報は王国によって認められた情報ということになる。
情報を持っている者は強いとはよく言ったものだ。
ただ、何でもかんでも情報を持っているというのは良くはない。質、それが大事だ。
ブルッフラで売られる情報はその質が上がっていくにつれて価格も比例していく。
俺がその時までに支払えるお金があればいいのだが、それまでに何とかしておかなければならない。
シーラ王国から貰った金貨銀貨では足りないだろう。
せっかく、魔王の城まで行ってやるというのに、必要な情報を得る為のお金くらい出して欲しいものだ。
道なりを進んで行くと大きな川がある。その上には橋が架けられており人々が歩く。
まだシーラ王国から近いと言っても、既に魔物が出てもおかしくはないところ。
人々がそれ程魔物を警戒することなく歩いているのは、魔防壁の存在からだろう。
魔防壁はシーラ王国とセイクリッドを含めた場所に張り巡らされており、透明で見えない壁だが、邪のエネルギーを持つ魔物は一切の干渉をすることが出来ない。
触れれば、大抵の魔物は消滅してしまう。
しかし、此処には魔防壁がない。橋を歩く彼等には危機管理能力がないのだろうか。
いくらまだ魔防壁から近い場所と言えど魔物は現れる。
橋を渡りきると、また道なりが続いている。
その先には巨大樹が立ち並ぶ森がある。其処を抜け進んで行き、さらに広大とある平原の先にブルッフラはある。
そして、俺の横を2人の男が何やら話をしながら通り過ぎて行く。
「聞いたか? あの話」
「ああ。なんでも黒龍の巣が誰かに壊されたらしいな」
気になる話が聞こえてきた。
話すのは二人の中年の男。一人は革製のお洒落な帽子を被っており、もう一人は背丈の高い男。
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「……いいけど」
二人の男は互いに顔を見合わせた後、帽子を被った男が拳を突き出して掌を上に向ける。
「ああ、分かったよ」
「ははっ! 話のわかる兄ちゃんだ! 金貨2枚で話してやろう」
俺は小袋から金貨2枚を取り出して帽子を被った男に手渡す。
「確かに」
帽子を被った男は嬉しそうに受け取る。内心、話の信憑性に期待はしていなかったが、そういうわけにもいかなかった。
黒龍、その言葉を聞いたことで、俺には少しでも情報が必要になった。
そして、俺と二人の男は橋から少しばかり離れた森の中に移動した。
◇
「此処ならゆっくり話せる」
「頼むよ」
帽子を被った男は葉巻を取り出して徐に火をつける。
もう一人の長身の男は腕を組んで俺の様子を伺っている。
帽子を被った男は葉巻を吸い込み、そして吐き出す。
「兄ちゃん、見たところ勇者だな。なら、放って置けない話だな」
「御託はいい、話せ」
「お-お-、随分と怖い勇者さんだ」
長身の男がそう言った。無精髭を生やし、腰元に剣を掛けている。なるほど、ただ一般人ではないようだ。体格も大きく、それなりに強そうではある。
「兄ちゃん、マックスは勇者でこそないがな、倒した魔物の数は20を超える」
魔物討伐数20と言えば、つまり勇者ランク1にも満たない数。長身の男はさも誇らしげに鼻を鳴らす。
「あ、ああ! 分かったよ! 話だな!」
俺が少しばかり鋭い目付きをすると、帽子を被った男は漸く話始めてくれるようだ。
「黒龍の巣、兄ちゃんも勇者なら聞いたことがあるだろう? それで、なんでもその黒龍の巣が今から2週間くらい前に誰かに壊されたって話だ。うう~、怖い怖い」
帽子を被った男は神妙な面持ちでそう言った。
黒龍の巣、勇者で無くても知っている者は多い。
地上には魔物が蠢いているが、その遥かに高い場所にある絶界には黒龍の巣があると言われている。
ただ、実際に黒龍が地上へ降りて来ることは非常に少ないとされ、希少度で言うと高ランクの勇者より高いということになる。
勇者と黒龍を比べるのもどうかとは思うが、少なくとも俺はまだお目にかかったことはない。
「本当にそんなものがあったんだな」
「まあ、兄ちゃんの言いたいことも分かるよ。黒龍なんてものは古い伝書の中の生物だからな」
言い伝えでは黒龍は魔物でもなく、魔王に仕えているというわけでもないらしい。
黒龍は秩序を守る為に存在している、いわば神として残る古伝書には記されている。
しかし、実際に見たという話を伝え手に聞いてはいる。嘘だと思っていたが、まさか、本当に実在しているのか。
黒龍の巣は絶界と呼ばれる、地上の谷よりそびえ立つ崖の更にその先にあると言われている。
しかし、いつも崖の頂上付近と思われる場所には雲がかかっており、どのようなところなのかは未だに分かってはいないらしい。
それが逆に黒龍の存在の信憑性を増すのは言うまでもないが、火の無いところに煙は立たない。
今回、帽子を被った男の話が本当かどうかわからなくても黒龍の存在が現実味を帯び出している。
「しかもだ、黒龍の巣が壊された後、並の勇者じゃ太刀打ち出来ない魔物が出て来た話もある」
「……」
これは嫌な話を聞いてしまった。
俺が目的とする魔王の城。高ランク勇者ではなければ、到底かなわない魔物が出現する。
そしてそう言った魔物は魔王の城を含めた周辺にも出現し、現時点の俺が討伐出来る魔物では無い。
この帽子を被った男が言う並の勇者がどの程度を指しているのかは分からないが、もっと早くにレベルの高い魔物に出くわす可能性がある。
「どうした? 兄ちゃん。顔色がよくないぞ?」
「ヴェイク、勇者さんの身になって考えても見ろ! 勇者さんは、俺たちのようなボンクラ剣士と違って毎日毎日魔物狩ってんだ!」
「そ、そうだな。俺たちは勇者じゃないから無理して魔物なんて倒さなくてもいい。適当に暮らして美味いもん食って寝てりゃそれでいい」
どうやら、この2人の男は何か勘違いをしている。
勿論、俺も勝てない魔物だと判断すれば逃げるし、身が危なくなれば早々に戦闘を止める。
勇者として生活していれば、対する魔物が勝てる勝てないの判断は経験と共に積み重なっていく。
それに、そうした判断を即座に下すことも時に必要となる。
そして、2人の男が勘違いをしている発言をするのは、勇者は魔物を倒すべき職業だと認知されているからに過ぎない。
事実はそうなのだが、何も勇者だからといって不死身ではない。
確かに、勇者となるものは一般人とは比べ物にならないほどの力、速度、を持っている。
だが、それは長きに渡る訓練により授かったものというだけの話。中には、天賦の才能に恵まれた者もいるのは確かだが、勇者という職業はつまり、いきなりなれるというわけではない。
もしくは、何らかの目覚めた能力を持っている場合もある。
そういった場合、身体能力を軽く補えるものならいいのだが、そんな甘い話ではない。
「お、行くのか?」
「ああ。いい話が聞けたよ」
俺は2人の男を後にしてブルッフラへと歩みを進めた。
そうして行く先にある巨大樹の立ち並ぶ森は、まるで、これから俺に降りかかってくる困難を現しているかのようだった。
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