百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第8話 出発

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女勇者は俺がランク5の勇者とは思っていなかったのか、見る目が出会った時より若干違うように見える。

「メアよ、よろしく」

そう言って女勇者は手を差し出す。

この女勇者がセイクリッドにいることは不思議でも何でも無い。それは、この女勇者に限らず、勇者を生業とする者の生活の仕方にある。

1つは、俺のように特に目的地も定めずに放浪的な生活を送っている者。自身が討伐出来るであろう魔物を日々相手にし生活をする。
そしてもう1つは、勇者自身が活動拠点を決めて、その拠点を中心に魔物討伐の日々を送るというもの。
どちらが良いという訳では無いが、それは勇者自身のライフスタイルによって決められることが大半。

そしてこの女勇者メア。女性の勇者が珍しい訳では無いが、俺の知る限りでは誰かとチームを組んで活動していることがほとんど。ただ、もしかすると今は勇者メア1人でもセイクリッドの何処かに仲間がいる可能性もある。

セイクリッドは広い。
ふと周りを見渡せば、まだまだ勇者に成り立てだと思われる者もちらほらと目立つ。それは、弱小の魔物ゴブリンを討伐したとこれ見よがしに騒いでいるからだ。下手をすれば、勇者でなくても倒せる魔物。少しばかり力に自身のある一般人でも倒すことは出来る。ただ、条件として付け加えれば大人ではないゴブリンということではあるが。

勇者に憧れてやっと討伐した魔物にはしゃぐのは新米にはよくありがちなこと。
しかし、彼等が今目の前にいる女勇者の仲間には到底見えない。勇者メアも彼等が通り過ぎるまで特に気にすることはなかった。
まさか、本当に1人で行動しているのだろうか。

メアは差し出した手のまま、俺がじっと何も言わない様子を少し首を傾げて見ている。

俺はさっと振り返り武器屋の店主に渡した剣の手入れを待つまで、次に道具店を探す為歩き始める。

「カッチーン! まった無視したわね!?」

半分ほど顔を振り向いて女勇者の方を見る。女勇者は俯き何かぶつぶつと言った後、腕を突き出し右片手の平を俺に向ける。

「!!」

すると、女勇者の右片手の平に冷気が立ち込め、次第に大きくなっていく結晶は切っ先の尖った矢の形を成して勢いよく飛んで来る。
俺はぎりぎりでかわすことが出来たが、氷の矢は勢いよく地面に突き刺さった。

「私を何度も無視した罰よ! もう一発!」

女勇者は再び右片手の平を俺に向ける。

「分かった、謝る! だから、その物騒な手を引っ込めてくれ」

こういう、いきなり氷の矢を放って来る人間を逆撫でするようなことは言ってはいけない。無視して来たことを素直に謝る。

「謝っても! 私の乙女心は深~く気づ付いたんだから!」

今にも泣きそうな表情を見せる女勇者。子供だ。

「分かった、分かった。本当に無視して悪かったよ」

俺は女勇者を宥めるように両の手の平を差し出す。

「そ、それならいいのよ。……でも、次はないからね」

俺は1つ学んだ。今後、こういうことがあるならあえて一度相手に触れておくのもいい。それもあくまで自然に。
自身の防衛の為にも、回り抜けスキルの使い時を熟知しておかねば。

今回は仕方がない。まさか、この女勇者が俺と同じ勇者ランク5で、尚且つ、氷魔法の持ち主だったとは。

氷魔法。その利便性は極めて高く、個体でも多数の魔物が相手であっても使える能力。勿論それは相手の魔物にもよるが、勇者ランクが上がっていけば、余程相性が悪い魔物が相手でなければ重宝する能力。

「お前、相手が俺だったから良かったものの、此処は一般人も多くいる街の中だぞ? 下手すれば牢獄行きだ」

魔法の発動禁止。多くの街では、魔物と戦えるだけの能力や力を持った人間より、遥かに一般人の方が多い。その為、下手をすれば街を歩く人々を傷つける恐れのある魔法の発動を禁止している。
勿論、この場所、セイクリッドも例外ではない。

「そ、そうだったわ!」

女勇者は気付いたように言った。

街行く人々がたまたま遠くにいたから良かったものの、この女勇者の氷魔法を含め、例え人を傷つけない能力であっても発動は本来認められていない。

振り向いて、俺は道具店を記憶を頼りに歩き始める。

……しかし何故だろう、女勇者が後をついて来る。

一定の等間隔を保ち、まさか次の道具店までついて来る気だろうか。
また、先程のような氷の矢が放たれるものならたまったものではない。

「用はなんだ?」

立ち止まり聞く。女勇者はキョトンとした顔をしている。

「ん~、用って程でもないけど、同じ勇者だし? 何か情報の共有でも出来ればなって」

意外と真っ当な理由だった。確かにこの女勇者の言う通り、情報の共有は大切なことだ。

「なるほど、それは互いに利があるな。歩きながら話せ」

此処で立ち止まって聞くほど、俺がこの女勇者に付き合ってやる必要はない。
また、街中何処かにある道具店に向かい歩き出す。

「そう急がないでよ。少し話すくらいだからさ」

タタッと隣に駆け寄って来る。薄い青色の髪が揺れ、それを手で耳にかける。
華奢な身体をしており、とてもじゃないがランク5の勇者には見えない。
だが、そう思うのも俺の悪い癖だ。人は見かけで判断してはならない。当たり前と言えば当たり前だが、どうもまだ、俺はその辺りの判断はがまだまだお子様だ。

「俺はシン。勇者やって随分経つ」

「シン、ね。改めてメアよ。同じ勇者として出会えたことに感謝するわ」

メアは微笑する。

勇者メア。俺も長く旅をして来たが聞いたことがない名前だ。

普通、俺のように勇者として旅をしていると、ギルドや魔物が現れる区域にある街や村に行った時はそこそこの確率で勇者に出会う。
それは、やはり同じ勇者ともなれば一定の行動パターンが似ている為に起こるのだろう。
勿論、全てがそうではないが大抵の勇者がいるのは魔物出現区域かギルド、もしくは休息の為などに行く街や村。

俺も出会った全ての勇者を覚えているわけではない。
もしかしたら俺が単に覚えていないだけで、メアとは何処かで出会っていたのかもしれない。
そう感じたのは、初対面で出会った感覚というより何処か懐かしいものを感じたからだ。

「お前は、1人で旅をしているのか?」

「ええそうよ! でも、そう言うあなたも1人なんでしょ?」

「そっちの方が性に合っているからな」

「おんなじ!」

メアは笑い、両手を後ろで組みながら歩く。何故か嬉しそうだ。どうやら、本当に1人で行動しているようだ。

「そうそう、あなた、これから何処に向かうの?」

「……俺は……」

魔王の城、素直にそう答えていいものか。そう言えば、行く理由は間違いなく聞かれるだろうし、たかだかランク5の勇者が行くところではないと言われるのがおちだ。

「魔王の城に行く」

「ま、魔王の城!? あなた、正気!?」

それでも俺が魔王の城に行くと言った理由。それは、そこそこ行けそうな目的地であればこの女勇者メアがついて来そうだからだ。
だから、あえて殆どの勇者が目的地としない魔王の城とストレートに伝えた。

メアは俺を変人を見るような目つきだ。やはり、それ程、他の勇者にとっても嫌悪するような目的地。
しかし、メアのその嫌悪する表情は間も無く戻る。

「でも、ま、行くなとは言わないわ。こんな時代だものね。やけになるのも分かる気もする」

「……いや、俺は」

どうやら、何か勘違いされている。別に俺はヤケになんてなってはいないし、至ってまともな思考回路だ。

「だけど、私は賛成はしないわ。そりゃ、大昔だったら勇者になるような人間は魔王を倒すことが使命、なんて言われていたけど、今は誰も強制なんてしていない」

そう、メアの言う通り、勇者になったからと言って魔王を倒す必然性はない。
今の魔王はもとより、その前の魔王の時代もそうだったと聞く。
それでも、現存する魔王以前の魔王が討伐されて来たのは、世の理に逆らう存在を放っておいてはならない意思が存在していたから他ならない。
無論、今の時代においてもその意思は存在してはいるが、勇者が魔王を倒す必然性、常識は既に崩れ去っている。

「自分の生き方は自分で決める。だから、勇者になったからって魔王を倒すなんて義務はないのよ」

「……そうだな」

今の時代において、勇者は魔王を倒す職業にはなり得ない。
それは過去、勇者となり魔王を倒し、富や栄光を掴み、世界に名を轟かせるという夢を抱いた彼等の時代の古き産物。
しかし、時を追うごとに勇者であるはずの彼等が、魔王の元に辿り着くことは愚か、その配下にいる魔物に殺されていくという光景をその時代を生きる人々は目の当たりにして来た。

邪の全ての因子をこの世から根絶撲滅する為に勇者という職業が誕生したが、その重荷は長い時間をかけて目に見える重圧として人々に降りかかっていった。

そうして俺が生きる時代。勇者を職業として選んだ人間達の生き方は、敵わない魔王を相手にするのではなく、その配下である魔物を討伐して邪の拡大を防いでいくと言うものだった。

魔物討伐の対価として報酬を受け取り、それぞれが各々の生活を成す。それが、今の時代の勇者の生き方。

ただ中には、せっかく勇者になったのだから魔王を倒して世界から注目を浴びたいと夢を見る人間もいることは確か。
それは、俺が旅をして来た中で知り合った勇者の1人で、絶対魔王を討伐してやるとやたらと豪語していたことを覚えている。
その後の彼がどうなったのかは知らないが、恐らく、自分の力量を知って絶望したか、魔王の元に辿り着く事なく死んでしまったか逃げたか。いずれにしても、今も魔王が存在している時点で彼の目的は果たせていない。

「それでも、あなたは魔王の城に行くの?」

「ああ」

メアは目を見開いて驚いている。

「まあ別に止めはしないわ。それも、あなたの生き方だもんね。他人の私がどうこう言う理由はないわ」

きっと、メアは俺のことを馬鹿な人間だと思っているだろう。
わざわざ、魔王を倒さなくてもいい時代に生まれたのに、自ら魔王の城に行くと言うのだ。その俺を見る目は軽蔑や嫌悪感は感じないものの、悲しみのようなものが伝わって来る。

同じ勇者として放ってはおけないのだろう。俺と同じランク5の勇者だ。身を持って魔王の城に行くなど無謀だと分かっているはず。レベルが違い過ぎる。

「それじゃあ私は行くわね! 色々話せて良かったよ。また、何処かで会った時はよろしくね」

そう言い残して、勇者メアは先ほどまで歩いて来た方向へ走って行ってしまった。

その後、見つけた道具店で魔力、体力の回復が出来る小、中、大のポ-ション。
HP、MP共に回復出来るエリクサ-、毒消し草などを買い込んだ。

今回、次の街までに必要な分だけ買ったつもりだが、魔王の城に辿り着くまでに持っているお金は底を尽きるだろう。
その為、魔王の城を目指しながら魔物も討伐してギルドで旅の資金として変えていく必要がある。

問題はたった一人で魔王の城まで辿り着くことができるのかということ。ついさっき去って行った女勇者に頼めば良かったが、俺と同じ勇者ランク5では心許ない。
せめて俺自身が勇者ランク8以上になるか、それ以上の勇者を連れて行きたい。

「強い勇者……」

考え込み、心当たりの人物を記憶に辿る。いくら、俺に仲間がいないと言っても行く先々で知り合った連中ならいる。

そしてその中で、俺よりランクの高い勇者が思い浮かんだ。

「確か、カサルの地」

カサルの地は、シーラ王国を西に進んだ先にある一つ山を越えた先にある。此処からだと、距離にすると二百キロは軽く超える。

勇者としての生活が慣れて来た頃に訪れたカサルの地。
今から3年も前の話だ。当時、まだ勇者ランクも付いていない頃、俺はカサルの地で彼等と出会った。
その時の彼等の勇者ランクは5以上だったことから、生きていれば今だとまた上がっていることだろう。
俺が頼りに出来そうな人物は正直彼等くらいか他数名しか思い浮かばない。

カサルの地。魔王の城に行く前に彼等の元に寄ろう。それで、運が良ければ魔王の城に共について行ってくれる者もいるかもしれない。

その後、俺は武器屋に預けていた手入れされた剣を引き取りに行き、シ-ラ王国と隣接する街、セイクリッドを後にして出発した。
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