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第7話 女勇者登場
しおりを挟む王宮と街を分け隔てる壁を通り越して街の中を歩く。
前に来た時よりも随分と人が多い。街並みを眺める暇も無く、押し流されるように歩く。
ここで、パッパッパッと能力である回り抜けを使えばさっさと行けるのだが、そうもいかない。
回り抜けは一度触れた相手であれば発動可能な能力。
その為、どこの誰とも分からない相手には発動は出来ない。
そもそも、対象が俺の視覚範囲に居ることと発動可能範囲に居ることが条件となる。
こんな街中で使う意味はない上、魔力の無駄遣いに終わるだけ。
魔力は全ての人間に等しく与えられてはいるが、多くの人間はただの飾りのように微量しか持ち合わせていない。
勇者、兵団の隊長副隊長ともなればそれなりに持ってはいるだろう。勿論、俺も魔力を持っており、能力を発動する度に使用する。しかし、減った魔力の回復はある程度時間を必要とし何も何度も使えるわけではない。
人混みの中を抜けて漸く開けた場所に出る。
中央に巨木が立っており、多くの緑葉が広い影を作る。
「ひとまず、今後のことを考えるか」
巨木の下に向かい、リュックから地図を取り出す。
使い古された地図はボロボロな状態。ただ当てずっぽうに旅をすることが多い俺でも、長年使えばこうなる。
大体の場所しか把握出来ない地図だが、無いよりかはマシだ。
現在いるシーラ王国を確認して、魔王の城までの道のりを確かめる。
「遠いな」
魔王の城は山を1つ超えたさらにその先にある。こう表現すれば案外近いように思えるが、その間の距離が果てし無く長い。
それまでに主に使えそうな移動手段は馬車も考えられるが、馬は魔物に直ぐに食われる。
徒歩、現時点ではそれしかない。海は……おいおい考えよう。
大体の道筋を頭に入れて地図をたたみリュックにしまう。
魔王の城に眠る秘宝を盗み出す。それが、俺がアリス王女から頼まれた任務。
幸いなのは、俺に与えられた任務が魔王の討伐ではないことだ。
魔王討伐より一見マシな任務に思えるが、その秘宝の価値がはっきりしていれば魔王討伐より厄介な任務なのかもしれない。
今のところはまだまだ情報が少ないこと、漠然と魔王の城に眠る秘宝を盗み出すことしか考えられない為、魔王の討伐よりかは随分とマシな気はする。
そもそもだ、勇者ランク5の俺が魔王なんて怪物相手に出来るはずがない。子猫が獅子に挑むようなものだ。
魔王退治ならもっと強い別の勇者に頼むのが筋というものだろう。
それでも今回、魔王の城に眠る秘宝を盗んで来てくれとアリス王女が俺に頼んだのは、俺が盗める可能性がある能力を持っているからに過ぎない。
アリス王女は期待はしていないかも知れない。俺の前にも何人も何人も同じような話をして、魔王の城に向かわせた。
そして、いつしか魔王の城に眠る秘宝を盗んで来てくれる勇者を待っているのかも知れない。
何故、最後にアリス王女は身体を震わせていたのか。そのことを確かめる為にも、魔王の城に行ってみることもいい。
情が移ったわけではない。
単なる一つの好奇心だ。
普段は好奇心に疎い俺でも、シ-ラ王国の気高き王女が震えていたのだ。久しぶりに湧いた好奇心。
何が俺をそうさせたのか。アリス王女はその心の奥に何を思っているのか。アリス王女がただの一般人なら、俺は魔王の城には行かなかったのか。
自分でもよく分からない感情だ。
ましてや、任務が成功した暁には金貨10000枚をくれる上、歴代勇者と同じ待遇をしてくれるというのだ。
安穏というわけではないにしても、魔物と命と命のぶつかり合いの日々。時には、人間とのぶつかり合いもある日々。
そして、訪れた街や村で過ごす一時の時間。
この毎日はただ目的もなく日々を生きていく為に行って来たこと。別に嫌いな生活ではない。寧ろ、魔王の城に行くより余程安全な生き方だ。
今回の任務は、本当に命を賭けたものになる。
任務成功後の生活は想像だに出来ないが、やってみる価値は大いにある。
俺には、仲間と呼べる人間も家族ももういない。失うものは……もう何も無い。
日々、魔物を討伐して暮らして行く選択肢もある。
ただ、アリス王女の言葉を借りると、これも俺の運命なのかもしれない。
俺は自身を奮い立たせて、魔王の城に行く決心を定めた。
そうなれば、もう迷いはない。
魔王の城へ向かい、死ぬか、秘宝を盗み帰ってくる事だけだ。
頭の中がスッキリとした。俺は俺の任務を果たせばいい。
目的を見定め、再び街の中を歩き出す。
街の中では愉快気ままに買い物をしているご婦人。豪腕で体格の良い男達が真っ昼間から酒を飲み交わし騒ぐ店。そんな光景から目を逸らせば、付き合い始めたばかりのカップルなのか、イチャイチャとしている。
ああ、俺がこれからどんな目に遭うのかも知らないで。随分とお気楽気ままな幸せな連中だ。まあ、そうなる気も分からなくもない。
シーラ王国と隣接する街、セイクリッド。
神聖なその名は魔物からまず襲われない代表的な街で、各地からセイクリッド目指して人々はやって来る。その道の過程で命を落とした者達の話もよく聞くが、それでも、危険区域に住む人々にとっては、藁をもすがる思いでやって来るのだろう。
彼等が勇者やそれなりに魔物を相手に戦える力があればいい。だが、多くの人間はレベル5以下の魔物でさえ勝つことは困難と言われている。
多数の人間が集まれば勝てるかもしれない。しかし、力なき彼等はそもそも魔物に対する恐怖の感情が深く根付いてしまっている。
それは歴戦より伝えられて来た、魔物は人間を殺す為に存在しているということが世の常識となっているからだ。
そうなってしまうと魔物の思うがままだ。魔物は人間の恐れを察知する能力に長け、ひとたび恐怖を露わにした人間に待つのは死。
そんな力なき人間達を安全な場所であるセイクリッドに限らず、各地に点在する危険区域ではない場所に移動する活動も各国により行われている。
だが、一度に多くの人間を移動するのは極めて困難であり、少数、もしもの時に兵団が守れる人数だと決められている。
その為、いっときも早く危険区域から逃れたいと勝手な行動をとってしまう人間達が現れる。
勿論、危険区域に住む人々の命を守る為に王国の兵団が各地に在中しているが、それでも、俺が見てきた中では王国の兵団すら圧倒してしまう魔物の出現により、壊滅した村を見たことが何度かある。
そんな噂が広まりに広まり、世界で最も安全な場所とされるセイクリッドに人々が集まって来る。
世界の均衡を保っているシーラ王国だ。当然と言えば当然の話。
この世界の均衡を保つというのは、魔物の進行を抑え、尚且つ、世界の混乱を防いでいるという意味。
それほどシーラ王国の力、影響力は強大で、それは魔物軍の親玉である魔王が一気に世界を攻め落とそうとしない理由なのかも知れない。ただ、これはあくまで仮説。魔王が単にそうしないだけの可能性もある。
「まあ、急いでも何も良いことはないか」
実際、アリス王女は魔王の城に眠る秘宝を盗んで来るまでの期限を設けなかった。
これは都合がいい。
勿論、任務は任務。魔王の城までは俺の実力が許す限り行ってはみるが、それまでにある程度勇者ランクも上げる必要がある。
そして俺が魔王の城に眠る秘宝を盗んできた後、アリス王女は一体どんな顔を見せ何を語るのか。久しく、俺の中に好奇心が沸き起こって来る。
出発前に持つ剣の手入れをする為に武器屋に寄ると、ごく普通に一般人が並ぶ剣を眺めている。
ここはコレクションを眺める店だったか?
「あなた、勇者でしょ?」
俺が不機嫌そうな面をして並ぶ剣を見ていると、見かけない女が話して来る。
薄い青色の髪をしており、腰元にはベルトで固定された剣の鞘だけがある。一般人がそんなものを堂々とぶら下げているはずもない。
なるほど。この感じ、分かる。この女は勇者だ。
そう分かったのは、戦い慣れていない一般人と魔物相手に戦って来た人間では明らかに感じるものが違う。それは、空気感だったり言葉の覇気や微小な仕草から読み取れる。
魔物を相手に戦う人間は勇者か王国の兵団。もしくは、戦闘好きな物好きな一般人か。しかし、女はどう見ても国の兵団でもその辺にいる一般人には見えない。
黒のラフな引き締まったズボンの上に革製の黄土色のスカートを履いている。その上にはレザー生地の羽織物を着ており身軽な格好をしている。
おまけに俺を勇者と断定して来た。話しかけて来た以前に、一目で俺を勇者と分かったのは見慣れているか、自身がそうであるから。
もしくは、勇者とよく交流のある人間の可能性もあるが、少なくとも俺の目には勇者にしか見えない。
女は薄い青色の髪を靡かせる。瞳も髪のように青く、俺の言葉を待つように見る。
「……だったら?」
「だったらって、つれないわね! あなた!」
女勇者は店内に響き渡るほどの声量でそう言った。店内の一般客が何事かと視線を送っている。
俺は無言のまま店主の元に向かう。
「ちょっとちょっと! 無視しないでよ!」
女勇者はづかづかと俺の後をついて来る。非常に鬱陶しい。余程、俺が無視したのが気に入らなかったのだろう。ちらちらと顔を覗いて来る。
「マスター、この剣の手入れを頼む」
「なに? あなたも剣の手入れだったの? 私もよ!」
女勇者は笑顔で自分を指差す。
「3時間ほど時間を貰うよ。代金は後払いで構わない」
「頼むよ」
俺は白髪頭の優しそうな店主に剣を渡して武器屋を出た。
武器屋を出ると女勇者が膨れた顔でこちらを凝視している。俺がまた無視したからそうなっているのか、それとも、自分が出した剣の手入れがまだ終わっていなかったからなのか。
「あなた生意気! 私、これでもランク5の勇者なのよ!?」
やはり、女は勇者だった。凛と仁王立ちをして、さも誇らしげにそう言った。
「同じ」
「お、同じ!? あなたが!? へ、へぇ~そう」
余程、自分の勇者ランクに自信があったのか、それとも俺を下に見ていたのか。どちらにしても腹が立つが、それよりも、このベラベラと喋る女勇者が俺と同じ勇者ランク5だったのは意外だ。
そうなると、俺が討伐したフェンリルの子供ほどのレベル50以上の魔物を討伐したということになる。
俺が数時間かかって漸く討伐したフェンリルの子。苦戦強いられたというほどでは無かったが、少なくとも勇者であることは間違いなさそうだ。
人間、もとい勇者は外見で判断してはいけないということを理解した瞬間だった。
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