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第6話 ひとときの休息、そしてセイクリッドへ
しおりを挟むアリス王女から魔王の城に眠る秘宝を盗み出すように頼まれ、俺は王宮の中にある一室で一夜を過ごした。
用意された勇者御用達の服は見事に俺にフィットした。
シンプルな作りだが前回の服より感じがいい。
ゴブリンゾンビの臭いが付いた服は出発前に洗って渡してくれるそうだ。
なんとまあ親切なこと。
そしてその日の夜は勇気ある勇者の誕生だと、普段はまず食べない豪華な食事をご馳走になった。
質素倹約、その日暮らしのような生活をして来た俺にとっては、食の世界はつくづく広いと思わされた一夜だった。
「魔王の城、か……」
両親を失い長く勇者稼業で生活。仲間もいない、日々孤独な毎日を送っている。
ただ唯一、シーラ王国から遠く離れた街にあるギルドのマスターとは不思議と通じるものがあり、魔物を討伐した後訪れた時、土産話に旅の事をよく話していた。
霧の深い森の中、ゆうに6メ-トルは超える雷を放つ巨大な虎に襲われ命からがら逃げたこと。広大な湖のほとりで休んでいれば、岩をも掴み砕く怪鳥に突如襲われたこと。そして、鋼鉄の体を持つ魔虫に追われたことなど……
少しでも勇者のランクを上げようとレベルの高い魔物がいる地に進んでみた結果がこの様。死にに行ったわけではない。
あっさりとまで言わなくても、まず勝つ事が出来る魔物ばかり相手にして来た俺にとってのチャレンジ精神だった。
結果はまだ俺には早い地だと早々にきりあげたわけだが。
話せばよく今まで生きて来られたなと、ギルドのマスターには笑われたものだ。
気さくで気前が良く、他の勇者と話すのもよく見ていた。
魔王の城。旅先で度々話は聞いてはいたが、勇者ランク5の俺がまず行ける場所ではない。いや、そもそも俺が魔王の城に行く意味がない。
魔物を討伐して、ギルドから報酬として金貨銀貨を貰う。
それで、宿代、食費、道具、武器の手入れ、傷んで来た衣服を買い換えるくらい。
多くの勇者はだいたいそうだ。その日暮らしをして日々を過ごしている。
中には数人規模でチ-ムを結成し、魔物討伐の日々を送っている勇者達もいる。
もし、魔王の城に行くのなら、そうして仲間を見つけて向かうのが定石だろう。
一人で行くなど、余程の馬鹿か無知な人間だ。強いて挙げるとするば俺は後者だが……アリス王女に頼まれたから仕方ないとしか言えない。
好き好んで魔王の城に行くなんて余程ランクの高い勇者か、シーラ王国と同じように魔王の城に眠る秘宝が欲しい者くらいだろう。
もしくは魔王の城に眠る秘宝を目指してその旅路を楽しむ脳内お花畑な連中か。
どちらにしても夢物語だ。
過去に存在した魔王を討伐したシーラ王国の勇者でさえも、伝説と言われる神の武器を持ち仲間と共に立ち向かったと聞く。
それでも仲間を失い、勇者自身も誰かが側に居ないと生活出来ない状態になったそうだ。
そして、永年にわたり世界に平和な日々が続いていたが、魔王復活の声が地上全土に轟き世界は瞬く間に混沌な世に戻っていった。
魔物はまた繰り返すように人間社会を蹂躙し始め、過去の悪夢再来となってしまった。
世界の国々は全総力をあげて魔物の拡大を鎮める措置をとり、名だたる勇者の協力はもちろんのこと、日夜、各国は騎士や兵団を各地に走らせて魔物を駆逐していったと聞く。
そうして今も残る各地に点在する国の騎士や兵団は、力の無い人間の命を守る事、人類の存続維持に力を入れている。
俺はその過去の大戦時代にはまだ生を受けてはいない。
その時代を生きた人々に聞いただけ過ぎない。
今でさえ魔物の脅威は収まっていない。
そう考えると、本当に地獄のような世界だったのは間違いないだろう。
俺には、魔王の城に眠る秘宝にさほど興味はない。
ただ、無関心と言うわけでもない。その秘宝が何か分からないから興味が持てないだけだ。
何か分からない、それが逆に興味をそそる好奇心溢れる人間だったのなら良かったのだが、俺はどうやらそういう性格ではない。
そうして、街の宿屋とは比べ物にならない大きさのベッドに横たわり、慌ただしく1日は過ぎ去っていった。
◇
ーー翌日の朝。
王宮で軽く朝食を頂き、旅に必要になるであろう物資を貰う。
物資といっても、旅に困らないほどの金貨銀貨と保存食。
シーラ王国から魔王の城までは遥かに遠いことは確かで、長旅になる事は間違いない。
そもそも、生きて帰れる保証は限りなくゼロに近い場所。
「ーー王女。もう一度聞くが、本気で俺を魔王の城に行かせる気か?」
「今更何を仰っているのですか!? あなたは魔王の城に眠る秘宝を盗みに行ってくれると言った、そして私はそれを了承した。こちらが提示した報酬と引き換えにあなたは任務を引き受けた」
アリス王女は繰り返すように昨夜の事をそのままに話す。
もちろん、俺は理解した上でアリス王女に聞いたのだ。もしかしたら一夜明けて気が変わっているのではないかと。
浅はかな願いだったが、見事にアリス王女に思惑は打ち砕かれた。
アリス王女は護衛を側に連れており、見たことがある顔だ。そうだ、昨日、俺を捕らえた理由をアリス王女に聞いただけでナイフを斬りつけて来た女護衛。
ルチア、アリス王女にそう呼ばれていた。褐色の肌をしており、黒髪が肩近くまである。
まだ、俺を警戒しているのか。目が鋭い。
「ああ、そうだった」
「まったく……」
アリス王女はさも当たり前のような振る舞いだ。
言っておくが俺は自分の意思で選んだわけではない。半強制的に選ばされたのだ。そうしなければ、過去の盗賊団の件で本当に捕まってしまう。
捕まって、釈放まで待つという選択肢もあった。だが、仮に釈放されたとしても何だかんだ言われて、結局、魔王の城に行く事になりそうな予想は容易に想像出来る。
俺の持つスキル解錠を探していたと言うのだ。はいそうですかと、そのまま娑婆に解放するのは考えにくい。
「王女、俺が魔王の城に眠る秘宝を盗める保証はどこにもない。それは、前もって言っておく」
「ええ、承知しています」
無邪気な笑顔……ではなく、これは作られた笑顔だ。表情は笑ってはいるが、目がどことなく笑っていない。それとも、わざとそうしているのだろうか。仮に俺が魔王の城に眠る秘宝を盗んで来なくても問題はないと。
それなら何故、俺に秘宝を盗むように頼むのか。考えがまとまらない。
「ーー最後に聞きたい。仮に魔王の城に眠る秘宝を手に入れて、王女は……シ-ラ王国はどうする気だ?」
当然の疑問だった。
魔王の城に眠る秘宝の正体が、金銀財宝、神の武器ならば大方の予想はつく。
シ-ラ王国が金銀財宝を所有する意味は然程なさそうが、神の武器ともなれば話は別だ。
たとえ苦戦を強いられたとしても、神の武器があれば魔王含め魔物軍より若干有利な立場にはなるだろう。若干と言ったのは、神の武器を扱える者の少なさにある。
ましてや、歴代勇者が使用したとされる神の武器でさえ、その後の在り処は不明と言われている。
しかし、もしも全ての神の武器を扱える者がそれぞれ揃った時、魔王、魔物軍は間も無く終焉を迎えるだろう。
だが、問題は多い。神の武器がどういった形状を為しているのかさえ分からない上、魔王の城に眠る秘宝がそうだとも噂されている。加えて、神の武器を扱える者の少なさがある。
神の武器、現物をお目にかかれたことはないが、一度は見てみたいものだ。その力は過去の魔王を倒すほどの代物で、もしもシーラ王国が神の武器を持つことになれば、世界の均衡を保つ大国として拍車がかかるだろう。
魔王は滅び生まれ、今も尚世界に邪悪を降り注ぐ。魔王の城に眠る秘宝の正体の一つに囁かれている神の武器。それが善ある人間の手にあるならば、魔王が世界を支配する日は来ないだろう。
神の武器の存在意義とは、即ち闇の勢力の撲滅。シーラ王国の歴代勇者が一つ持っていた事を考えると、他の誰かが所有している可能性は十分考えられる。
過去の魔王、並びに魔物軍がいた時代、神の武器を所有している彼等が闘ったのかは知らない。
今も何処かで神の武器をぶら下げ、意気揚々と魔物退治でもしているのだろうか。
そうでないなら、今も神の武器は魔王の城に眠り、今か今かと適応者を待っているのだろうか。
そして、シーラ王国が魔王の城に眠る秘宝を欲する理由。金銀財宝や神の武器で無ければ、何故それほど欲するのか。
「それは……言えません。申し訳ないのですが、あなたはただ、魔王の城に眠る秘宝を取って来る。それだけを考えればいいのです」
「なるほどな。あくまで任務は任務。余計な詮索はするなということだな」
「そういうことです」
言えない。アリス王女はそう言った。あえてそう発言したのだろうか。既に魔王の城に眠る秘宝の正体を知っているという風にも見えるし、そうではないようにも見える。
落ちついた表情をしているアリス王女だが、よく見れば少しばかり震えている。側にいる護衛のルチアがそっと寄り添い、落ち着かせている。
「期待はしないことだ」
俺は振り返り、王宮を後にした。
◇
王宮を出ると隣接した街がある。セイクリッドという街だ。
シーラ王国は、街と分け隔てるように王宮を囲う壁の内側にある。街までの距離は遠く、移動手段はどうやら馬車か乗馬が基本らしい。乗る馬車の中からはすれ違う別の馬車や乗馬をしている者たちが見える。
ただし一般人ではない。貴族らしき者たちと、数人ほどの隊長とすれ違った。やはり、兵団の隊長ともなれば、一目でそれが分かる。
厳格な表情を浮かべる者や、一見すると穏やかそうな感じではあったが、馬車の中から見る俺に直ぐに気付いた者も。
彼が後でアリス王女や俺と戦闘した連中に聞くかも知れない。
こんな名も無い勇者が、一体王宮に何の用があったのかと。自惚れではない。
そうこうする間に、間も無く街へ通じる壁に着く。
とても大きな門構えで、門兵が王宮へと向かう別の馬車を通す。その後、俺が乗る馬車に門兵のチェックが入る。
前に座っていた王宮の人間が降り、何やら門兵と話をしている。彼は、王宮前に止めてあった馬車に共に乗って来た。
俺1人で街へ通じる門へ向かうとなると、事情を説明する人間がいない為だそうだ。
彼は馬車の中でも一言も俺と話さなかったが、門兵と話す様子を見る限り無口な人間では無いようだ。
そして、馬車の後ろ扉が開けられる。降りろということだろう。
特に何も言って来ないことから、彼の役目は終わったようだ。
門兵が巨大な門を開く。
俺は必要物資を入れたリュックを持ち直し、王宮の外にある街へ出た。
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