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第2話 シ-ラの戦士
しおりを挟むシーラ王国、今まで関わりはなかったが、それは単に接触をしたくなかったからというのが本音だ。
理由は単純明快、俺がシーラ王国そのものが嫌いだからだ。
何故ならシーラ王国にとって全ての勇者は自分達の道具だと考えているから。
俺を無理やり捕らえるにしてもやり方が強引過ぎる。
他国を圧倒する武力を持ち、尚且つ、力を持つ勇者たちを配下へ置こうとする。
何故、そこまでシーラ王国が力に拘るのか考えたくもないが、おおかた権力の行使だろう。
力があれば資金の調達は元より、自分達の思うような世界が作れる。民を思い、全ての魔物殲滅を謳ってはいるが、力を持ち過ぎた国は破滅への道を辿るだろう。
俺は勇者として生活を送る中で、何人もの強者に会って来た。
その中でまだ生きていると思うのは、理由ある道を歩いている者たちだけだ。
それ以外の人間はいくら力があろうとも先は短い。それは、武力国家シーラ王国にも言えることだろう。
「ただ、この国はな……」
しかしこの国の王に限っては、武力の使い方を熟知している。
でなければ、シーラ王国を頂点とした世界の均衡が出来上がる筈もない。
最早、このシーラ王国無くしては世界の均衡は保たれないとさえ思っている大衆もいる。
日に日に侵攻する魔物に対する処置をいち早く起こしたのもシーラ王国であり、それは俺を含めた他の勇者や民も知っている英雄譚。
何せ過去に存在していた先代魔王を倒したのが、シーラ王国出身の勇者だったからだ。
それを機に力に自信のある者たちが集い、今のシーラ王国が出来上がっていったと俺は聞く。
階段を登り切ると、1メ-トルは超えるであろう大鷹のオブジェが異様な威圧感を放っている。
「まさに力の象徴だな」
金の装飾を施した精巧な作りは、一体いくらの金を必要としたのだろう。
しかも、そんなものを堂々と置いているのは、余程、盗まれない自信があると見える。
そして俺は、高級感を漂わせる大扉に手をかけた。
大扉の前で静かに気配を確認する。
間違いなく何かがある事は確か。
音は無い。
だが、気配はあった。
それが直ぐに分かったのは、これまで幾度と無く経験して来た経験値からだった。
俺は大扉を少し開け先へと進んだ。
「待っていたわよ」
部屋の中に響き渡った澄み切った声。
声の主は俺から数十メートル先にいる真紅の髪をした少女。
彼女はシ-ラ王国の王女、アリス=ヴァイスハイトその人だ。
幼い印象ながらも、王に継ぐ最高位の立場の人物。
距離にして数十メートル先に居ても、その風格は隠しきれていない。
一目で、彼女がアリス王女だと分かる。
存在感が一般人の比ではない。
そもそも場所が場所だ。一般人などいる筈が無い。
「王女が、何故……」
そう呟くと、アリス王女は歩みを進めてくる。
ゆっくりと、だが、間も無く数メートル先に。
「そう身構えないで。勇者、シン」
「……」
王国の、しかも最高位の人物。一個人の情報などとっくに知られているだろう。
俺が常に持っていた黒の紙が無いことを考えると、名以外の素性も知られていると考えた方がいい。
「何故、俺を捕らえた?」
その時だったーー何処からとも無く現れた者は、素早く俺の喉元目掛けてナイフを突き立てる。一瞬の出来事だった。
俺を見ていた気配はこれか。
しかし、俺も勇者の称号を持つ者の1人。生死を賭けた戦は数え切れないほど積んでいる。
瞬時に鞘から剣を抜き取り、斬りつけられたナイフを防ぐ。
剣とナイフは交差し、ギリギリと金属音をたてている。
「貴様! アリス王女に向かって何たる口の利き方をする!!」
王女1人だけでは無いことは分かってはいたが、まさか、これ程までの俊敏性を持っていた者だったとは。
大方、王女の護衛といったところか。
「やめなさいルチア! 彼は大切な客人よ」
客人。アリス王女のその言葉に俺の眉が僅かに動く。
「しかしアリス王女、この者」
護衛だと思われる人間は顔を青ざめる。そして、俺に突き付けたナイフをそうっと外して後方へと下がって行った。
アリス王女はその口角を上げた表情のまま、俺に視線を戻す。
「ルチアが無礼を。こちらへ」
振り返り、真紅の髪が揺れる。王女とはやはり、一般庶民とは比べ物にならない空気を漂わせる。
見る者を威圧させ、そして魅了させる。一体どんな生活を送れば、これ程の空気を放てるのか。
俺はアリス王女の後をただただ付いて行くことしか出来ない。護衛の気配は既に無い。なるほど、王女の護衛というだけあってやはりただ者では無かったらしい。
そうして王宮の間を通り抜けて案内された場所は、だだっ広く、数人の者たちが見える。
自信たっぷりの顔、いかにも強そうだ。
アリス王女は彼等の元へ行く。
「勇者シン。今回あなたを捕らえたのは私共の国、シーラ王国の第五兵団第三部隊」
第五兵団とはシーラ王国直属の兵団であり、主に村の保護や王国の守備を行う。
そして一部隊から八部隊までの編成を成しており、活動領域は非常に広い。
ただ、いくら守備に特化した兵団と言えど、武力国家の兵団だ。攻撃、守備共に備えた第五兵団は、他国の攻撃部隊をも圧倒するだろう。
俺がこれらの情報を知っていたのは、行く先々のギルドで知り得た為だ。
「ーー時折耳にする、勇者と魔物が手を組んだと言う話」
「……俺がそうだとでも?」
「答えを急がないで、勇者シン。ただ、あなたは私がこれから言うことに従ってもらうだけ」
アリス王女は両隣りにいる彼等に視線を送る。
アリス王女の後方には4人の男たちが並ぶようにしている。
両手を後ろに、そして真っ直ぐに正面を向いている。
シーラ王国の戦士か。面倒なことになったな。
「あなたには、これからこの場で戦っていただきます」
「何故だ?」
俺が疑問に思うのは当然だ。
いきなり連れて来られた挙句、これから戦えと言うのだ。意味不明過ぎる。
「力量を知る為です。安心してください。彼等はあなたの戦闘レベルを測る為に呼びました。勿論、命の保証はします」
随分と勝手なことを仰る王女様だ。俺を捕らえた挙句、シーラ王国の戦士と戦えとは。
俺に斬りつけて来た護衛の女から考えると、同レベルかそれ以上。シーラ王国の戦士達だ。
俺の戦闘レベルを測る為とアリス王女は言ってはいるが、名のある勇者クラスに匹敵する可能性はある。
アリス王女が1人の男に目で合図を送るような仕草をして頷くと、さっと1人の男が前に出る。
「ラルク=ヴァクラ-ス。以後お見知り置きを」
スっと長剣を抜く。何処ぞの名剣だろう。勇者を生業として日々生活を送って来たが、見たこともない剣だ。
縦に中央真っ直ぐに青く装飾されている剣は、そこらではまず見ない代物。光に反射し、青い輝きが増す。
俺は鞘から剣を抜き取り、仕方がないと構える。
「悪いが手加減はしない」
力量を測る為と言った、アリス王女の言葉の真意を考えるのは一先ず置いておこう。それよりも、戦わない選択肢を選ぶことによるリスクを避けたい。
力量を測る、その言葉の奥に潜む真意を確かめるには真正面から戦うべき。
相手は相当の手練れに違いない。俺も一勇者であることで、対峙しただけでも相手の力量は少なからずある程度感じ取れる。
「構いませんよ。ではーー」
視界から男は消えた。音も無く、一瞬で。
手練れの暗殺者レベルに匹敵する速さ。厄介な相手だ。
いつもなら、例え速さのある相手でも魔物と戦うくらい。だが、目の前にいる相手は人間。速さに加え思考能力も付加される。
ただ、俺も負けてはいなかった。いくら速さで姿を眩ませても、向けられた剣圧は隠しきれていない。
加速により加えられた重い剣撃を受け、金属音と共に火花が飛び散った。
互いに握る手が僅かに触れるほどの距離、俺は男の目を睨む。
「やるな。流石、シ-ラ王国の戦士は別格」
それでも、王宮の間にいた護衛の女のように不意を突かれたわけではない。目で追える範囲ではあった。
「生意気な……!」
交わる剣を弾き突いてくる。
俺はその高速な突きをぎりぎりで交わしていく。正確な突き、確実に俺の位置を捉えている。
アリス王女が命じた戦いで無ければ、厄介な相手だということは間違いない。というのは、男は本気を出していないように見える。俺の力量を試している、まさにそんなところだろう。
「なっ!? いつの間に!?」
そうなれば、俺が真面目に付き合ってやる必要はない。右足を深く踏み込み男の背後へ移動。
「勝負ありだ」
俺が勇者になれたのは際立った素早さにある。
並みの兵団が向かい打って来ようが、逃げるだけなら造作もない。
棒立ちする男の背後から剣をちらつかせる。剣同士の戦いにおいて、背後を取るということは極めて有利な状態にある。男も当然それを理解したのか、悔しそうに肩を落とす。
手を抜くからだ。
そして俺は見る。何故、口角を上げてアリス王女は俺を見ているのかと……
この無意味だと思える戦闘の先に、何を思って俺を見ているのかと……
初めて震えるほどの戦慄を感じた瞬間だった。
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