伯爵令息は愛を叫びたい〜だが諸事情があって叫べません。なのでこっそり思い出作りを始めます〜

新川はじめ

文字の大きさ
上 下
23 / 24

後ろ姿が見たかった

しおりを挟む
 眩しさを感じてリリアは目を開けた。大きな窓から差し込む日差しに目を細める。白と水色で統一されたこの部屋をリリアは知らない。天蓋付きのベットに寝ながらぐるりと部屋を見渡した。

 ローテーブルを挟んでソファーに腰掛ける二つの人影。見覚えがある、というよりあれは――。

「お父様……お母様……!?」

 伏せていた二人の頭が同時に上がった。同時に腰を上げ、リリアの枕元にすっ飛んできた。

「リリアぁぁぁ……」
 またしても同時に泣きだした両親の姿に、息ピッタリと感心してしまう。

「ここはどこですか? 領地にいるはずのお父様とお母様がなぜここに?」

「ここはシュレイバー家のタウンハウスだよ。私たちは伯爵から連絡をもらって王都まで来たんだ」
「ご令息が命がけで守ってくださったのよ。私の可愛いリリア……あなた五日も眠り続けてたの。意識が戻って本当に良かった……」

 リリアは二人にぎゅうっと力一杯抱きしめられた。久しぶりに感じる温もり。目尻を下げる両親の姿に心も温かくなった。

「リリア!?」
「リリア様!」

 久しぶりの親子再会にゆっくりと浸る暇もなく、息を切らしたデリクとミシェルが部屋に突入してきた。

「デリク様……包帯ぐるぐるです……」

「すまない、びっくりさせてしまったね」

 リリアの視線がデリクの頭と吊り下げられた左手に集中する。泣きそうなリリアを見て「大丈夫だよ」とデリクは笑って答えたけれど、きっと服の下にもたくさんの包帯が巻かれているに違いない。傷の具合はどうなのか、歩き回って平気なのか、痛み止めは飲んでいるのか、何から聞けばいいのか分からなくなる。

 そして、申し訳なく思う一方で別の感情が大波のように押し寄せてきた。リリアは魔力という力があるがゆえに今まで必然的に守る立場だった。守られるということがこんなにも嬉しいとは。

 デリクの戦う姿が見たかったと言えば、とんでもない奴だと叱られるだろうか。でも……

(私の前に立つデリク様の後ろ姿を見たかったな……)
 リリアは甘い蜜に浸かったような気分になった。

 その後、数分も経たぬうちにデリクの祖父・シュレイバー侯爵であるデイビッド。両親の伯爵夫妻、そして常駐していた医師が部屋を訪れた。

 医師はリリアの脈を測り、目や口の中など異常がないか確認していく。

「体調はどうだい? 気持ちが悪かったり、物が見にくい聞こえが悪い、体の一部が動かない、なんてことはないかい?」

「大丈夫です。どこにも異常はありません」
 五日も眠り続けたおかげで使い果たした魔力もすっかり復活している。すこぶる調子が良い。

「そうか。公爵令嬢の供述によると、君に使用された毒は目眩や気絶などを引き起こす即効性のあるものだけれど、持続力は長くないそうだ」

 シャーロットは、リリアがドラゴンに殺されたということにしたかった。しかし死因が毒殺になってしまったら、ドラゴンに殺されたという事実に矛盾が生じてしまう。あくまでも拘束するために必要だっただけで、毒性の強いものは使わなかったようだ。

「調子が良いからといって、あまり無理をしないように。いいね?」
「はい、分かりました」

 医者はにっこり笑うと部屋をあとにした。


「――リリア嬢、そしてブレインご夫妻。この度は大切なご令嬢を巻き込んでしまって誠に申し訳なかった。それから、ありがとう」

 デイビッドが謝罪と感謝を述べると、シュレイバー伯爵夫妻、デリク、ミシェルもあとに続いてリリアと彼女の両親に頭を下げた。

「いえ、巻き込まれたと言っても、シャーロット様が私の描いた魔法陣を使おうとしたのがきっかけで……。こうやって看病までしていただいてますし。それに……デリク様が命懸けで守ってくださったと両親から聞きました。デリク様、ありがとうございました」

「命懸けで守ってくれたのはリリアも同じだ。あの場にいた人たちは皆君に感謝してる」

「そうですよ! あのあと公爵令嬢が起こした前代未聞の大事件として噂があっという間に広がったんです。リリア様が皆の命を救ったと号外まで出ましたから」
「えっ!? なんですかそれ! 私が救ったって……話が飛躍していませんか!? 最後にちょこっと良いとこ取りしただけです。デリク様や騎士団の方々を差し置いて、有名になんてなりたくないです!」

「いえいえ、救ってくださったのは事実です。リリア様はもっと有名になるべきです」
 自慢げに話すミシェルとは反対に、リリアの顔色が悪くなる。

「リリア嬢にお礼がしたいと、毎日このタウンハウスにも来客があるんだ」
「そんなっ、お礼とかいりません」
 シュレイバー伯爵に向かって『来客お断り』と全力で首を振った。

「それでなリリア……」
「まだ何かあるんですか?」
 言いかけた父にうんざりした顔を向けると、これまたとんでもない答えが返ってきた。


「あのな……婚約の申し込みがいくつか来てるんだ」

(――え?)

 婚約の申込みとは何事か。
 今回の功績でリリアに価値を見出した者たち、または好意をもった者がいるらしい。

 リリアの父は、口をあんぐりと開けた娘を見た流れでちらりとデリクを盗み見る。デリクもリリアと同じように口を開けて固まっていた。

「お前にその……良い人がいないのなら、どうだ?」

 その言葉にシュレイバー家全員の目が見開いた。デリクの父は軽く咳払いをすると家族に目配せをする。

「デリク! そういえばお前の婚約は無くなったな」
「お母様、リリア様のご両親にお茶をご馳走しましょう」

「そうねミシェル。私たちは別室に行きましょう。デリクはリリアさんをよろしく頼むわね」
「では、私たちはお言葉に甘えてお茶をご馳走になろうか……」

 リリアの両親がベットを離れ、チラチラと若い二人を気にしながら部屋を出ていく。シュレイバー伯爵夫人はバシッとデリクの背中を叩いてゆっくりと頷き、デリクは母親の気迫に押されながら頷き返した。

「ええっと……みんな行ってしまいましたね……」
「うん……」

 部屋に取り残されたリリアとデリク。急に二人きりになって、お互い恥ずかしさが込み上げてくる。

「わ、私、猛ダッシュできるくらい元気いっぱいなので、デリク様は皆さんとお茶をしてきてください」
「猛ダッシュ……? それは体良く俺を追い出そうとしてるのかな」

 デリクは意地悪そうな笑みの中に少し寂しさを滲ませる。

「とんでもありません。デリク様はケガをされていますし、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません」
「全然迷惑じゃない。じゃあさ、君を守った武勇伝を聞きながら散歩でもしないか?」

 確かに、意識を無くしていた間の出来事を詳しく知りたい。でも……。

「ダメですよ。今は傷に障ります」
「大丈夫、俺も猛ダッシュできるくらい元気いっぱいだから」

 デリクは「ねっ」と笑いながら首を傾げる。

(デリク様、その角度は反則ですよ……)
「……分かりました。少しだけ散歩に行きましょう」
 リリアは照れながら目を伏せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】婚約破棄されたけど、なぜか冷酷公爵が猛アプローチしてきます

21時完結
恋愛
婚約者である王太子からの突然の婚約破棄。 「お前とは政略結婚だったが、本当に愛する人と結婚する」 そう言われた公爵令嬢のエリスは、社交界の前で屈辱を味わう。だが、そこで思いがけない人物が口を開いた。 「ならば、俺と結婚しよう」 冷酷と名高い公爵、アレクシスが突如彼女に求婚したのだ。戸惑うエリスだったが、彼の真剣な眼差しに流されるように婚約を承諾することに。 しかし、結婚後の彼はなぜか溺愛モード全開! 「お前は俺のものだ。他の男に微笑むな」 「昔からお前が欲しくてたまらなかった」 冷徹な仮面を外し、愛を隠そうとしない公爵に、エリスは困惑するばかり。 さらには、婚約破棄したはずの王太子が、彼女を取り戻そうと動き出して…? これは、婚約破棄から始まる、冷酷公爵の一途な溺愛物語。 「もう絶対に離さない」 ――愛を隠していた男の、猛攻が今始まる!

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...