伯爵令息は愛を叫びたい〜だが諸事情があって叫べません。なのでこっそり思い出作りを始めます〜

新川はじめ

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悲しき玩具

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 ――『違います!! これはあの女の仕業です!!』

 シャーロットの告発に会場内が騒めく。何が真実なのかと招待客、公爵家の騎士たちは事の成り行きを静観する。シャーロットの父で公爵夫人ケイトの夫であるクドカロフ公爵は、瞳を揺らしたまま否定するように首を左右に振った。

「シャーロット……あの女とは……」

「あの女はみんなのことを騙してる! お父様のことも! あの侍女、メイベルは魔女よ! 捕まえて!」

 公爵夫人の真後ろから後退るメイベルは背中を向けて走り出した。その後ろ姿を公爵家の騎士たちが追う。捕まってたまるかと、メイベルは魔法陣を展開して爆発を起こした。

 夜会会場に巻き起こる招待客たちの絶叫。それまで動かなかったリリアの瞼がピクリと動いた。

(騒がしい……)

 薄く開けたリリアの目に逃げ惑う人々が映る。

「ブレイン嬢!! 気付かれましたか!?」

 リリアを抱えるウィルバートがグッと顔を寄せた。ウィルバートとリリアを守るために立ちはだかっていたミシェルも、その声を聞いて振り返りリリアの手を取った。

「リリア様! 良かった。でも、今大変なことになってます。お兄様! リリア様の意識が戻りました!」
「――本当か!?」

 デリクは傷付いた体を引きずりながらそばまで来ると、泣きそうな顔でリリアの頬を撫でた。

「デリク様、凄い傷……」
 デリクは何も答えず、優しく微笑んで静かに首を横に振った。

「――近寄るな! 私を捕まえるつもりならこの場で全員吹き飛ばして殺す!!」

 騎士たちに取り囲まれたメイベルが両腕を伸ばした。至る所に展開された魔法陣。標的は夜会会場にいる全員。一人一人に保護魔法をかけている余裕はない。

(みんなを守らなきゃ……デリク様を守りたい!)

 リリアは精神を集中して魔力を解き放った。

 ――『無効化』

 魔法をかけた者より格上の者でしか無効化はできない。リリアを中心に無効化の魔法陣が広いフロアに全体に描かれ、メイベルにかけられていた拘束魔法と会場中に展開した魔法陣がすべて消え去った。すぐさまメイベルに拘束魔法をかける。魔法が使えなくなったメイベルを騎士たちが取り押さえた。

 力を使い果たしたリリアの頭がガクッと後ろに垂れる。再び目を閉じて意識を手放した。


「キャァァアアアーー!!!!」

 すべてが終わったかと思われた時、耳をつんざくような悲鳴が上がった。

「お、お前は誰だ? 今ここに私の妻がいたはずだが……」

 クドカロフ公爵が周囲の反対を押し切って夫人と結婚した当時、素性の知れない異国の娘を嫁に迎えたと世間を大いに騒がせた。金髪碧眼のその娘はこの国一番の美女だと称賛され、身分違いの結婚はまるでお伽話のようだと若い女性たちの間でずいぶんと話題になったという。

 その美しい妻が見当たらない……。


「お父様…………その人はお母様ですよ」

 そう答えた令嬢はシャーロットと同じダークブルーのドレスを身に纏っているが、顔はシャーロットではない。

「これがお母様と私の本当の顔です」

 シャーロットの告白に旋律が走った。

「お母様、そんなにデリクの顔がお好きならあなたがデリクと結婚したらどうですか。私がデリクの子供を産んでお母様の満足できない顔だったら、その子にもまた同じ事を繰り返すのですか? そんなの耐えられない」

 両手で顔を隠した公爵夫人は背中を丸めて震えている。そんな母を見つめるシャーロットの瞳は深い悲しみが滲んでいた。

「産声すら上げていない赤ん坊の顔を魔法で変えるなんてどうかしてる。魔法の効果は時間が経てば切れてしまう。毎日毎日魔法で顔を変えられる私の気持ちを考えたことがありますか? 本当の私は金髪でも碧眼でも無い。お母様と同じ、どこにでもいるブルネットの髪にブラウンの瞳。これが私なのに……そんなにダメですか? そこまでするほど私は醜いのでしょうか」

「…………皆、美しくなりたいと願ってる。魔法だろうと何だろうと私たちは美しさを手に入れたの……それのどこがいけないのよ。宝石、ドレス、欲しい物はなんでも与えてきた。あの子爵令息の事だってそう。目を瞑ってきたじゃない! こんなにも愛情をかけて育ててきたのに、どうしてぶち壊すようなことをするのよ!!」

 激昂した公爵夫人はシャーロットの頬を思い切りぶった。打ちつける音に招待客たちは目を瞑る。
 先程と同じ場所を叩かれたせいで、シャーロットの頬は赤みを増し、更に腫れ上がってしまった。柔らかな口内が切れたのだろう。唇の端から血が滴り落ちる。

「全部あなたのせいでしょ……」
 ポツリと呟いたシャーロットは、すべてを諦めたようにふっと笑った。

「お母様、何を勘違いなさっているのですか。無償の愛情を注いでいるのは子供の方ですよ。親に嫌われないために愛されたいがために努力しているのは子供の方です。私が本当に欲しかったもの…………それはお母様の愛情です。一度でもありのままの私を愛してくれたことはありましたか? 私はあなたの人形ではございません」

 父クドカロフ公爵に向き直ったシャーロットは、この時瞳の奥に何を映したのだろう。心苦しさ、それとも怒りなのか……一瞬眉を寄せ「今回の事を計画したのは私です。拘束してください」と自ら頭を下げた。

 公爵もまた、すべてを語った彼女に何を思っただろう。静かに顔を伏せた彼はきつく目を閉じたまましばらく何も答えることができなかった。

「…………分かった。シャーロット、それからケイトも連れていけ」

 消え入りそうな公爵の声を合図に騎士たちはシャーロットと公爵夫人を拘束した。

「何するのよ!! 手を離しなさい!! あなた! 早く止めさせて!!」
 暴れる公爵夫人を無視してシャーロットが歩き始めた時だった。

「――シャーロット様!!」
 シャーロットの足が止まった。

「あなたは一人じゃありません。私がいます! 私はありのままのあなたを愛しています。あなたは誰よりも美しい」

 目を覚ましてすぐにシャーロットを探し回ったのだろう。息を切らしたカルロの言葉にシャーロットの目頭が熱くなる。唇を震わせて僅かに上を向いた。



 ――四年前。それは突然の出来事だった。

 王立学園に入学して一年目。
 シャーロットは、自分を取り巻く令嬢たちが「シャーロット様はお美しいです」と賛美すればするほど無性に一人になりたい衝動にかられた。

 一人になるのは容易ではないが、その日は取り巻きたちからこっそり抜け出して魔術科のある別棟近くの木陰で身を隠していた。

(ここは良いわ。静かで落ち着く……また来ましょう)

 口元に笑みを浮かべた時、強い光が放たれた。……そう、これは偶然にもリリアが王立学園の結界を一つ解除してしまったあの日の出来事だった。

 魔術科の練習場が何やら騒がしくなっている。きつく閉じた目をゆっくり開けたシャーロットの目に信じられない物が映った。胸元にかかる縦ロールの色が金ではなく本来のブルネットになっている。

「あっ……ああっ……」

 全身が激しく震え出す。こんな場所で魔法が解けてしまった。どうしようどうしようどうしよう……その言葉が脳内を駆け巡る。真っ青になったシャーロットは茂みの中で小さくなった。早くメイベルに魔法をかけ直してもらわなければ大勢の前で素顔が晒されてしまう。そうなれば親子の秘密がバレてしまう。終わりだ……。

 ――お願い……誰か助けて!!

「大丈夫……ですか?」

 戸惑ったような、慌てたような……それでいて優しい声だった。交わることのないはずの二人が交わった瞬間だった――。

(見た目を魔法で変えて人々を欺く偽物の私。婚約者を蔑ろにする最低な公爵令嬢。それでもあなたはこんな私をいつも、いつでも肯定してくれた。愚かな女に引っかかってしまったわね。母とメイベル以外で私の本当の姿を知っていた唯一の人。私と同じブルネットの髪。どこにでもいる茶色の瞳。カルロ……)

『さようなら』

 シャーロットの頬を一筋の涙が伝う。

 振り向けば最後に一度だけ彼の顔を見ることができる。しかしシャーロットは振り返らなかった。公爵令嬢らしく凛と美しく歩いていく。輝く金の髪、碧眼の瞳でなくとも彼女はとても美しかった――。
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