不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ

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第三章

37、離宮と知りたかったケーキの味

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 翌朝、王宮の通信部からラグベル侯爵の領地がある西部の通信部へと連絡があった。

 視察中であるセガール兄上の公務はあと二日残っており、今すぐ王宮に戻ってくることは無理だと言う。そこで二日後の夜、オーティスが瞬間移動で東部にいる兄上を迎えに行くこととなった。

 またレイモン伯爵の身辺調査の他に、陛下に精神状態を悪くする薬が使われたのではないかと懸念した兄上は薬物検査も行うと決め、俺には伯爵との接触を回避するために暫く離宮へ戻るよう指示が出た。

 確かにこのままオーティスの屋敷でお世話になれば、あのレイモン伯爵のことだ。不貞行為だと難癖をつけてくる可能性もある。それどころか王宮が嫌なら自分の屋敷に来いと言い出しかねない。

 正式に婚約が結ばれてしまった以上、悔しいけどあいつが俺の婚約者。オーティスに火の粉がかかるようなことは絶対に避けたい。

 不本意だけど、問題が解決するまで俺は離宮に戻ることにした。



 ◇◇◇

(結局、ここに戻ってくるんだな……)

 身辺調査に加わることになったオーティスを見送って、俺はポル、ポム、ポニと離宮の掃除を始めた。

 セガール兄上が戻ってくるまでの三日間。念の為だと言われ、アカデミーも欠席することになってしまった。俺を心配するランデルの顔が脳裏に浮かぶ。

 騎士科の学生たちと交流が増えて益々充実した日々を送っていただけに、心にポッカリ穴が空いたようだ。

 しかも自分のために多くの人が動いてくれているのに、渦中の人物である自分が何もできずに閉じこもっているのが酷く情けなく思えてくる。

「フィル様……あまり思い詰めないでください」
「僕らをぎゅぅぅ~って抱き締めてください!」
「きっと少しの辛抱です!」


「ポム、ポル、ポニ……」

 俺があまりにも落ち込んでるから、元気付けようとしてくれてるんだ。

「みんなぁ……大好きぃぃー!! 心配させてごめん。元気出たよ、ありがとう!!」

 柔らかなまん丸ボディの彼らと、むぎゅゅ~と抱き合う。癒しの塊ぽよぽよズ。オーティス、この子たちを生み出してくれて本当にありがとう!!

「ポル、ポム、ポニ、屋敷のことはみんなに任せて大丈夫そうだな。俺、暫く勉強してから外で体動かしてくる。あとのことはよろしく頼むよ」

 視線を合わせる新人ぽよぽよズ。
「僕らに任せて大丈夫……」

 認められたことが嬉しかったのかな。顔がぱぁ~っと綻んでいく。

「はいっ! お任せください!」
 元気のいい声が青空に響いた。



 ◇◇◇

 苦手な勉強と剣の訓練を終えて何もすることがなくなった俺は、離宮の扉の前で足を抱えてしゃがみ込んだ。ほんの数日前まではこの時間帯も明るかったはずなのに、今ではすっかり夕日が影を落としている。

「日が暮れるのが早くなったな……オーティスいつ帰ってくるだろう」

 小さな頃も、今と同じようにこの場所でよく座り込んでた。オーティスが会いにきてくれるのを日が暮れるまで待っていたっけ。

 ふと目を閉じた。




『――――――フィルに――プレゼントだよ』


『―――― セガールお兄様が優しくしてくれるからって調子に乗るな!』

(…………夢? いつの記憶だっけ……)

 ああ……あの日か、俺が離宮に来て暫くたった頃だっけ。セガール兄上がこっそりホールケーキを持ってきてくれたんだった。

 大きな平皿に乗った、食べきれない量のショートケーキに小さな胸がドキドキ弾む。

「わぁ……真っ白……。兄上、本当にもらっていいの?」
「遠慮しないしない。これはもうフィルの物だよ」

「ありがとうございます!」
「見て、苺も乗ってるよ。喜んでくれた?」
「はいっ、すっごく嬉しいです! 今食べる準備をします!」

「あっ、僕の分はいらないよ。忙しくて一緒に食べられないんだ。この後オーティスが来るんでしょ? 彼と食べて。甘くて美味しいよ」
「兄上……」

 セガール兄上は王太子教育やお稽古事で忙しい。自由な時間がほとんどないと分かっていても、この甘くて美味しいケーキを三人で食べたかった。出かかったわがままを呑み込んで、ただしゅんと眉を下げた。

「んもぉぉ~弟が可愛すぎるっ!!」

 兄上はぎゅっと俺を抱き締めて左右にゆらゆら揺れる。「また来るからね」と大きく手を振って王宮に戻っていってしまった。
 もうすぐオーティスが来てくれるはず。

(すぐに食べられるように準備しなきゃ)

 皿に乗ったケーキが傾かないように。躓いて転ばないようにガゼボまで慎重に運んでいく。重たくて腕がつらい。

 もう少し……もう少しで着く。「頑張れ!」と自分を励まして、ようやくガゼボに辿り着くことができた。「ふぅ」と額の汗を拭って休まず離宮に駆け戻る。

 誰も手伝ってくれないことはもう分かっていたから、皿、フォーク、切り分け用のナイフ。そしてティーセットを一人で準備していく。ガゼボと離宮を数回行き来して全て運び終わる頃には、小さな体はくたくたになっていた。

 しかし、まだ仕事は終わらない。上手く切れなくて歪になってしまったケーキを、これまた崩れないように細心の注意を払って小皿に移していく。

(次は兄上とオーティスと僕の三人で食べたいな)
 楽しい未来を想像して無意識にメロディーを口ずさんでいた。


「――楽しそうだな」

 小さな体が縮み上がる。背後から聞こえた一言は、俺にとってそれほど恐ろしいものだった。地獄の時間が始まる……指先が冷たくなった。

「アンドレアス兄さん……」
「気安く名前を呼ぶな! 卑しい身分のくせに王宮に入り込みやがって……これはお前が食べていい物じゃない! セガールお兄様が優しくしてくれるからって調子に乗るな!」

 他の兄弟を連れてきた第二王子アンドレアスはいつも通り声を荒げる。テーブルに近付いてケーキを睨みつけた。

「お前が落としたんだ」
「……え?」

 憎しみと快楽を含んだ目で俺を見ながら、ケーキの乗った小皿を一皿ずつ地面に落としていく。最後に大皿ごとケーキを落とした。

 俺は「やめて」の一言も言えなくて、怖くてただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。割れた皿とぐちゃぐちゃになったケーキが瞳に映る。兄弟たちは鋭い言葉で小さな心を攻撃し続けた。

「恥知らずが! よく生きていられるな」
「割れた破片も一緒に食べて死ねばいい。お前が死んだら、悲しむどころかみんな大喜びだ」
「そうそう、みーんなお前の悪口言ってるよ」
「ははは! アンドレアス兄さん見てよ。こいつすぐ泣く」

 歯を食いしばってもこぼれ落ちる涙は止められなかった。涙を拭ったら負けを認めてしまう気がして、ぎゅっと力を込めてカチカチの拳を作った。

 嫌いだ……意地悪なこいつらも、いつ終わるのか分からないこの日常も、何もできない自分も。苦しくて悲しくて、凄く凄く悔しい。

(ケーキ……一口でいいから食べたかったな)

 セガール兄上に「美味しかったよ、ありがとう」と伝えたかった。
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