黄昏のアセンション ~現代魔術をスピリチュアルが凌駕する~

榊原 涼

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~第1章~

~第9節 暗躍~

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 三日月の明かりが窓から差しこみ、薄暗く現代にはふさしくない古城の廊下を1
人の男がゆっくりと歩いていた。カツカツと長く暗い廊下を硬い靴音だけが反響し
ている。風ぼうは黒ローブに黒マントを身に着け、何か思いにふけるようにアゴに
手を当てたままだ。

 外では時折コウモリや何の鳥かは分からないギャーギャーという啼き声がやかま
しい。古城の周辺は木々はあるがやせ細っている木も多く見られる。廊下の中央に
は赤いじゅうたんが引かれ、一定間隔で明りとりの燭台が設けられている。そして
大きな両開きの扉の前の壁に、また別の男が背中をあずけていた。

 男は手を組んだまま目を閉じて何かを待っている様子がうかがえる。

「よう、遅かったな。その顔じゃぁ、あんまり事は上手くいかなったか?総帥がお
待ちだ」

 扉の前にたたずむ男は風体がまるで石工人形ストーンゴーレムのようにゴツゴツした肌で、筋骨
隆々としている。体には胴鎧チェスト・プレートを身に着けているが、そんなものより皮膚の方
が硬いのではないかと思わせるほどだ。背丈は黒マントの男より頭ひとつ分高い。
近づいてきたところで声をかけた。

「まぁ~な、そんなところだ」

 黒マントの男はアゴに当てていた手を下ろし、扉の前の男にいちべつをくれた。
黒マントの返答を聞くと理解したと言わんばかりに目の前の両扉を押して開く。重
い扉はギギギギィときしむ音を立てて内側に開かれ、そのおごそかな室内が目に飛
び込んでくる。

 廊下からの赤いじゅうたんはそのまま真っ直ぐに部屋の奥へと敷かれ、その末端
には玉座ともいうべき大きな肘かけ付きの椅子がしつらえてある。柱の端々に先ほ
どと同様の明りとりの燭台が並ぶ。それは暗い室内を申し訳ていどに照らしてい
た。上方の窓には全てステンドグラスがはめ込んである。

 岩のような男は入って来た男を報告するように、玉座にゆうぜんと腰をかけてい
る、同様に黒ローブにフードを目深にかぶった男へ告げる。

恒河沙ごうがしゃカズヤがただいま戻りました」

「うむ、ご苦労であったな」

 ローブの袖から出たゴツゴツした右手を少し上げ、男はあいさつの代わりとし
た。それを確認すると岩男は開いた両扉をゆっくりと閉じ、入って来たカズヤの斜
め後方へたてひざを付く。そこへ今しがた閉じた両扉が少し開かれ、一人の黒ずく
めの伝令の男が部屋に入ろうとする。

「申し上げます、取り急ぎお伝えしたいことが…」

「おい、今は謁見中だぞ!」

 岩男が伝令の男を注意するが、玉座の黒ローブの男が手でそれを制する。

「まぁ、良い。急ぎとはどんな内容だ?」

 黒ローブの男に許可を得た伝令の男は、足早に近寄り耳元で報告する。それが終
えるとそそくさと玉座の間を後にした。

「召喚したホブゴブリンは倒されたそうだ」

 肘かけに肘を置き頬を支えながら、黒ローブの総帥と呼ばれる男は伝令の言葉を
目の前の2人にありのまま伝えた。

「申し訳ありません。黒鉄くろがねアギト及び居合わせた火神かがみセレナを始末することが出来
ませんでした」

 たてひざを付き総帥の方へ向いていたカズヤはその報告の際、自分の不手際を痛
感し下を向き目をつぶる。

「そなたの実力は買っておる。なにか想定外のことがあったのだろう?」

 総帥のくぐもった問いかけに顔を上げ、カズヤはそれに答える。

「それが兄弟子…アギトは腕が立つのは想定内だったのですが、火神かがみセレナに自分
はやけどを負わされました」

 カズヤの『やけど』の言葉で総帥は驚きの表情をうかべる。同時に深々とかぶっ
ていたフードがハラリと脱げた。そこにはしわの刻まれた初老の横顔が見てとれ
る。

「なに?火耐性の高いそなたがやけどを負わされるとは…」

「私の傷は問題ないのですが、ヤツは類まれな闇の属性を強く持っていることがわ
かりました。あの力はわれらと同類ということにほかなりません」

 さらに興味深い内容に少し腰をうかせて総帥はその瞳を大きくする。

「それは、たしかに興味深いな…では始末の対象から外し、生かして捕らえよ。そ
この阿僧祇あそうぎガントもともに行かせるとよい。現状ではすでに地球の次元上昇アセンションは始ま
っておる。このうえ、人類の次元上昇アセンションが始まれば、それはわれらの計画とは真逆の
方向へ進むものだ。はばむものはすべて排除するのだ」

「はっ、御意に」

 2人の靴音が玉座の間をあとにすると、総帥はひとり思案する。

(まさか、あの火神の娘か…親も親なら、子も子か…)

 ★ ★ ★

「少し安静にしておいてやるんだな。見たところ外傷はなさそうだが…」

「ライムちゃんも起きないですね」

 ホブゴブリンとの戦いのあと、セレナは気を失いアギトに抱きあげられて休憩室
へ運ばれた。心配そうにカエデはかたわらのライムの頭を何度かなでる。

「これで全部、たぶん取りこぼしはないと思いますよ」

「いちおう見まわりもしたけど、敵も一掃できたと思うわ」

 最初にカケルが残りの暗黒結石ダークストーンを回収し、次いでナツミも周囲の見まわりを終え
て店内に入ってきた。

「それにしても意外とやるじゃねぇか?魔術もそれなりに使いこなせそうだな」

 入ってきたカケルに肩をまわし、アギトは脇腹をつつくまねをする。

「いえ…いちおうアーチェリーやってますし、腕の筋力にはそれなりには自信はあ
ります。体力づくりも欠かしていないですからね」

 もう使いたくないと言わんばかりにジュラルミン製の重い大盾をドスンッと店の
床に置き、カケルは深々と近くのベンチへ腰をおろした。その大盾も表面がボコボ
コになっており、もはや使い物にはなりそうにないようだ。

おおとりもいい動きをしていたな。素人には思えなかったが、なにかやってるの
か?」

 手甲を外すナツミに向き直り、アギトは先ほどの戦いをねぎらう。

「ナツミでいいですよ。そうですね、いちおう空手は小さいころからやってます
し、最近はボクササイズもやってますよ」

「空手とボクササイズであの動きができるとは思えんが…それじゃぁナツミと呼ば
せてもらうぜ」

 窮屈そうなボディアーマーを脱ぎ、ナツミはボソリとつぶやく。

「それから、このボディアーマーは動きにくくて、おっさんが着けてる部分的なも
のの方が動きやすそうですね」

「まぁた、おっさんよわばりかぁ…まぁいいけどよ。たしかに俺はこの軽い装備の
ほうが動きやすいからな。次があるときにはそうするといいぜ」

 アギトとナツミがやりとりする中、セレナはゆっくりとまぶたを開いた。

「あ…みんな…」

 セレナが目を覚ましたことに気がつき、カエデはそばに寄り添う。

「セレっち、気がついたんだね!」

「うん。私…いつの間にか気を失っていたみたいで…」

 休憩室の長椅子に寝かされていたセレナは半身を起こす。それに気がついたアギ
トは部分防具を取り外している途中だった。

「おぉ、嬢ちゃん目を覚ましたか。ヤツは逃げちまったが、敵は全て討伐したぜ、
安心しな」

「セレナちゃん、心配したよ…あのあとどうなるかと思って。ライムちゃんも何か
していたようだけれども…」

 顔に疲労が色こく出ており、いまだに肩で息をしているカケルだがセレナの具合
をみてホッと心をなでおろした。そこでアギトはひとつの疑問を投げかけた。

「目を覚ましてすぐで申し訳ないんだが、嬢ちゃんひとつ聞いていいか?」

「…はい」

「ヤツとのやりとりの時、ものすごい暗黒の波動を感じたんだが、あれは…」

 アギトのほうから自分の膝の上にかけられたブランケットの上に視線を移し、セ
レナはその答えをつむぎだす。

「私もあのときは無我夢中で…抑えきれない感情が爆発したと思ったら、無意識の
うちに…あんな状態になっていました。あっ、そういえばライムは?」

 ふと思い出してライムを探し、カエデの膝の上で寝息を立てているのを見つけ
る。

「あれからずっと起きてないけど、大丈夫だよ」

「そっかぁ、良かったぁ。そうすると…やっぱり私が闇の属性を持っているからで
しょうか?」

 考えこむようにしてアゴに手をそえるアギトは、セレナの顔を見やる。

「そうだな…人間だれしも闇の属性を持っているやつは少なくないが…ただあれだ
けの闇の波動を出せるのは、俺も見たことはねぇ。それゆえにヤツも目をつけたん
だろう。なんの解決にもならなくて申し訳ないが…まぁとにかく、闇に取り込まれ
ないように気をつけることだな。俺も全力でサポートする」

「はい、ありがとうございます」

 アギトとセレナの話の区切りがついたところで、カケルも顔を上げ腑に落ちない
点をつぶやく。

「アギトさん、僕も疑問があるのですが。あのモンスターを生み出す黒い霧はどの
ようにして現れて、どこから来るんですかね?」

「あれに関しては俺も以前にヤツが話しているのを聞いたことがある。あの黒い霧
は人間のネガティブ想念やカルマを吸い上げて具現化したものらしい。それはヤツの特
技なようだがな。モンスターをどうやって生み出しているか、だが、これは召喚術
に近いものらしい」

 床に転がっていた大盾をガランと壁にたてかけながら、アギトは答える。

「そうすると、人がいないところでは召喚はできない?」

「そうだな、そうかもしれないが確証はねぇ。まぁ、人ごみの多いところでは注意
が必要ってことだな。さぁ、今日はもう店じまいだ。もう少し休んだら俺の車でみ
んなを送るからな。今はここに長居は禁物かもしれねぇ。今日は助かった」

 自分の顔をペシペシと叩き気合を入れて、アギトはみんなにねぎらいの言葉をか
けた。おのおのは戦いで疲弊していたが、一時の安寧をかみしめていた。

「ライムもありがとね」

 カエデの膝のうえのライムをゆっくりとなで、セレナもとりあえず心をなでおろ
した。しかし、彼らはまだ次の闇の手が迫ろうとしていたことを知らなかった。
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