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第十六話

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 父親から言いつけられた謹慎期間を終え、ヘンリーはアカデミーに復帰していた。
「エマ、相談があるんだけど、ちょっと良いかい?」
そう言って人払いをしたヘンリーは、エマと二人、教室の片隅で神妙な面持ちをしていた。
「あのさ、考えていたんだけど、もし、僕があの家から出て行って、一人で生きていくことにしたら……君は変わらず隣にいてくれるかな?」
「ん?実家を出てどこか別の土地で一人暮らしするってこと?」
意味を理解していないエマを見て、ヘンリーは父親の「育ちが違いすぎる」という言葉を思い出した。
「いや、そうじゃなくて。カーディナル家の人間では無くなる、と言う意味だよ。爵位を持たない、いち庶民になってもと……」
「えっと……家を出るって、そう言うことだったのね。あなたがカーディナル家のお坊ちゃんでもそうでなくても、私はあなたのことが好きよ。ヘンリーはヘンリー、庶民になったって中身が変わるわけないんだし」
エマの答えを聞いて、ヘンリーは穏やかな笑みを浮かべ、意を決した。

 それからしばらくして、カーディナル伯爵家の次男が家門離脱か、というニュースが王都に流れた。
王都では何種類かの新聞が発刊されているが、その中でも国内の経済に関する情報を発信しているお堅い新聞の誌面に、

『国内有数の貿易商でもあるカーディナル家では、この先爵位を継ぐことが決まっている長男の他に、歳の離れた次男が居たが、この度家門から離脱することを王立裁判所に申し立てた。爵位家としての重圧や責任に堪える一方、次男である自分の存在価値が果たして伯爵家にあるのかという悩みを抱えていたようだ。事実、長男家には既に子供があり、嫡子嫡男として後継教育を受けている。隣国との交易ルート上に領地を持つ某爵位家との縁談話が決まっていたが、仮に次男が家門から離れたらカーディナル伯爵のビジネス戦略にも影響がでる可能性が大きい。』

という記事が掲載されたのだ。
社交界のゴシップを面白おかしく取り扱う大衆紙ではなく、真面目な経済紙での記事だったので、人々の関心は嫡子嫡男の令息の苦悩、という点にフォーカスされ、ヘンリーへの同情が集まった。

 自分に関する記事が掲載された新聞を手に、ヘンリーは自室で、隣国へ戻る直前のダグラスから託された文書を改めて読んでいた。

地位や身分を捨てて婚約を解消しようとするならば、決して順番を間違えないこと。
家門を離脱したい場合は、先ず家督に申し出る。
許可を得られない場合は、王立裁判所に離脱申立てを提出する。
申し立てる際は、理由を添える。
最大限に守られるべきは解消される婚約者の名誉である。
裁判所の判断如何では、身一つで生きていく覚悟を持つ。

……ダグラスがどうしてここまで適切で、詳しい段取りを自分に伝えてくれたのか考えているヘンリーの元に、父親からの呼び出しがかかった。
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