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世にも恐ろしい夫妻
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「おそい・・・。もっと姿勢を低くしてから、体のバネを使って相手に向かって飛び込むように。」
五人目である騎士の志願者を前に、美しい桃色の騎士団長は冷たく言い放った。
「弱い。学園では何を教わったのです。」
その小さく愛らしい小動物のような夫人を前に、大抵の人間は、自分は騙されていたようだと薄く笑う。
しかし、手加減して振るった剣を予想外の力で弾き飛ばされた時、その動きの速さと受けた時の剣の重さ、遠くまで飛ばされた自身の剣を目で追いながら、彼らは皆、呆然とその場に立ち尽くすことになるのだ。
「団長、朝の鍛練、終わりました。」
「はい。では、皆をここへ。 本日、志願してきた彼らの前で練習試合をしましょう。」
ロゼット騎士団の20名が集まり、アリッサの前に一人の大柄な騎士が立った。お互いに剣を構え、頭を下げた瞬間に剣と剣がぶつかる。大きな音がビリビリと響き渡った。
「いいですね。左に寄っていた重心が整っています。しかし、」
瞬時に重心を落としたアリッサの足が、相手の右足を引っかけた。
「足元に神経が行き渡っていません。」
バランスを崩した相手の頭目掛けて、アリッサの剣が振り下ろされる。すんでの所でピタリと止まった剣は相手の頭の五センチ上だった。
「ですが、重心が真ん中になったことで、剣の威力が増しています。よく頑張りましたね。」
普段、感情をあまり表に出さないアリッサの少しの微笑みに、大柄の騎士は目を見開き、ありがとうございます、と顔を赤らめた。
「では、次。」
その時、こちらに向かって来るレナートの気配に気付いたアリッサは、慌てて副団長を呼んだ。
「レナート様が来ます。あとは任せました。」
そして、美しく微笑むと急いでドアから飛び出して行った。
「レナート様、どうされました? お仕事の合間に運動でも―――」
アリッサが話終わる前に、レナートの両腕がアリッサを包み込んだ。
「ああ、アリッサ。たまには、貴女が剣を振るっている姿を見ようと、こっそり歩いて来たというのに、もう私に気付いてしまったのですか?」
レナートの腕の中で、ほんのりと頬を染めたアリッサが嬉しそうにレナートを見上げた。
「当たり前です。大好きなレナート様の気配を私が間違えるはずがありませんもの。少しでも早くお顔を見たくて飛び出して来てしまいました。」
そう言ったアリッサは、過去、レナートによってナーザス騎士団に移動を命じられた部下達を思い出していた。
「このようなことを、皆に言わなくてはいけないことを、私自身、とても心苦しく感じています。しかしこれは、皆を守る為でもあります。なのでどうか、決して忘れることなく徹底して守るようにお願いします。
まず一つ目、レナート様の前で、私に話しかけることは禁止です。そして二つ目、レナート様の前で私を見てはいけません。そして三つ目、レナート様の前で顔を赤くすることを禁止します。そして―――」
「―――守れなかった者は、どのような実力者であろうと、ナーザス騎士団、もしくは南の砦に飛ばされます。
皆!レナート様の前では、全神経を張り詰めるように!!」
(ただでさえ少ない団員なのに。これ以上レナート様の嫉妬で減らす訳にはいかないわ。彼らの生活は私が守ります!!)
「本日、新たな志願者が五人も入ったと聞きましたので、私も様子を見ようかと思いましてね。」
アリッサを抱きしめながらニコニコと笑顔を見せているけれど、彼女は、これがレナートによる偵察だと言う事を知っている。その証拠に、アリッサを抱きしめて愛を囁きながらも、レナートの足は、問答無用で訓練場に向かっているのだ。
「本日、入ったばかりの新人です。いつ根を上げるかも分からない者たちです。レナート様が見に行くまでもありません。」
(副団長、もう駄目です!!これ以上足止めできません。頼みましたよ。どうか新人を守って。)
アリッサを引きずるようにして現れたレナートを前に、騎士団員20名と志願者5名に大きな緊張が走っていた。副団長は、レナートに挨拶はすれど、決してアリッサに視線は移さない。皆が真顔でレナートの顔色を伺いながら稽古に励んでいるのだ。志願者の者達も、どうやら副団長に言い聞かせられているようで、アリッサとレナートの方には顔も向けないように気を張っていることが分かる。
まるで、あらを探す小姑のように、レナートの厳しい目が光っている。ひとたび彼の目に留まってしまったなら、恐ろしい追及の末、無情にも移動命令が下されるのだ。
「レナート様っ、たまには一緒にお茶でもいかがですか?私、少しお腹がすいてしまって・・・、何か甘い物でも食べたい気分です。」
レナートの腕を取り、甘えたように見上げれば、嬉しそうに顔を綻ばせたレナートがアリッサの腰に手を当てる。
「愛する奥様からお茶に誘われたなら、断ることなどできませんね。では庭園にて、お茶にでもしましょうか。」
そう言って、むせかえるほどの甘い空気を醸しながら仲睦まじくお茶に向かう。世にも恐ろしい夫婦を背に、団員たちはほっと一息つくのだった。
五人目である騎士の志願者を前に、美しい桃色の騎士団長は冷たく言い放った。
「弱い。学園では何を教わったのです。」
その小さく愛らしい小動物のような夫人を前に、大抵の人間は、自分は騙されていたようだと薄く笑う。
しかし、手加減して振るった剣を予想外の力で弾き飛ばされた時、その動きの速さと受けた時の剣の重さ、遠くまで飛ばされた自身の剣を目で追いながら、彼らは皆、呆然とその場に立ち尽くすことになるのだ。
「団長、朝の鍛練、終わりました。」
「はい。では、皆をここへ。 本日、志願してきた彼らの前で練習試合をしましょう。」
ロゼット騎士団の20名が集まり、アリッサの前に一人の大柄な騎士が立った。お互いに剣を構え、頭を下げた瞬間に剣と剣がぶつかる。大きな音がビリビリと響き渡った。
「いいですね。左に寄っていた重心が整っています。しかし、」
瞬時に重心を落としたアリッサの足が、相手の右足を引っかけた。
「足元に神経が行き渡っていません。」
バランスを崩した相手の頭目掛けて、アリッサの剣が振り下ろされる。すんでの所でピタリと止まった剣は相手の頭の五センチ上だった。
「ですが、重心が真ん中になったことで、剣の威力が増しています。よく頑張りましたね。」
普段、感情をあまり表に出さないアリッサの少しの微笑みに、大柄の騎士は目を見開き、ありがとうございます、と顔を赤らめた。
「では、次。」
その時、こちらに向かって来るレナートの気配に気付いたアリッサは、慌てて副団長を呼んだ。
「レナート様が来ます。あとは任せました。」
そして、美しく微笑むと急いでドアから飛び出して行った。
「レナート様、どうされました? お仕事の合間に運動でも―――」
アリッサが話終わる前に、レナートの両腕がアリッサを包み込んだ。
「ああ、アリッサ。たまには、貴女が剣を振るっている姿を見ようと、こっそり歩いて来たというのに、もう私に気付いてしまったのですか?」
レナートの腕の中で、ほんのりと頬を染めたアリッサが嬉しそうにレナートを見上げた。
「当たり前です。大好きなレナート様の気配を私が間違えるはずがありませんもの。少しでも早くお顔を見たくて飛び出して来てしまいました。」
そう言ったアリッサは、過去、レナートによってナーザス騎士団に移動を命じられた部下達を思い出していた。
「このようなことを、皆に言わなくてはいけないことを、私自身、とても心苦しく感じています。しかしこれは、皆を守る為でもあります。なのでどうか、決して忘れることなく徹底して守るようにお願いします。
まず一つ目、レナート様の前で、私に話しかけることは禁止です。そして二つ目、レナート様の前で私を見てはいけません。そして三つ目、レナート様の前で顔を赤くすることを禁止します。そして―――」
「―――守れなかった者は、どのような実力者であろうと、ナーザス騎士団、もしくは南の砦に飛ばされます。
皆!レナート様の前では、全神経を張り詰めるように!!」
(ただでさえ少ない団員なのに。これ以上レナート様の嫉妬で減らす訳にはいかないわ。彼らの生活は私が守ります!!)
「本日、新たな志願者が五人も入ったと聞きましたので、私も様子を見ようかと思いましてね。」
アリッサを抱きしめながらニコニコと笑顔を見せているけれど、彼女は、これがレナートによる偵察だと言う事を知っている。その証拠に、アリッサを抱きしめて愛を囁きながらも、レナートの足は、問答無用で訓練場に向かっているのだ。
「本日、入ったばかりの新人です。いつ根を上げるかも分からない者たちです。レナート様が見に行くまでもありません。」
(副団長、もう駄目です!!これ以上足止めできません。頼みましたよ。どうか新人を守って。)
アリッサを引きずるようにして現れたレナートを前に、騎士団員20名と志願者5名に大きな緊張が走っていた。副団長は、レナートに挨拶はすれど、決してアリッサに視線は移さない。皆が真顔でレナートの顔色を伺いながら稽古に励んでいるのだ。志願者の者達も、どうやら副団長に言い聞かせられているようで、アリッサとレナートの方には顔も向けないように気を張っていることが分かる。
まるで、あらを探す小姑のように、レナートの厳しい目が光っている。ひとたび彼の目に留まってしまったなら、恐ろしい追及の末、無情にも移動命令が下されるのだ。
「レナート様っ、たまには一緒にお茶でもいかがですか?私、少しお腹がすいてしまって・・・、何か甘い物でも食べたい気分です。」
レナートの腕を取り、甘えたように見上げれば、嬉しそうに顔を綻ばせたレナートがアリッサの腰に手を当てる。
「愛する奥様からお茶に誘われたなら、断ることなどできませんね。では庭園にて、お茶にでもしましょうか。」
そう言って、むせかえるほどの甘い空気を醸しながら仲睦まじくお茶に向かう。世にも恐ろしい夫婦を背に、団員たちはほっと一息つくのだった。
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