青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

文字の大きさ
上 下
87 / 95

世にも恐ろしい夫妻

しおりを挟む
「おそい・・・。もっと姿勢を低くしてから、体のバネを使って相手に向かって飛び込むように。」

 五人目である騎士の志願者を前に、美しい桃色の騎士団長は冷たく言い放った。

「弱い。学園では何を教わったのです。」

その小さく愛らしい小動物のような夫人を前に、大抵の人間は、自分は騙されていたようだと薄く笑う。
しかし、手加減して振るった剣を予想外の力で弾き飛ばされた時、その動きの速さと受けた時の剣の重さ、遠くまで飛ばされた自身の剣を目で追いながら、彼らは皆、呆然とその場に立ち尽くすことになるのだ。

「団長、朝の鍛練、終わりました。」

「はい。では、皆をここへ。 本日、志願してきた彼らの前で練習試合をしましょう。」

ロゼット騎士団の20名が集まり、アリッサの前に一人の大柄な騎士が立った。お互いに剣を構え、頭を下げた瞬間に剣と剣がぶつかる。大きな音がビリビリと響き渡った。

「いいですね。左に寄っていた重心が整っています。しかし、」

瞬時に重心を落としたアリッサの足が、相手の右足を引っかけた。

「足元に神経が行き渡っていません。」

バランスを崩した相手の頭目掛けて、アリッサの剣が振り下ろされる。すんでの所でピタリと止まった剣は相手の頭の五センチ上だった。

「ですが、重心が真ん中になったことで、剣の威力が増しています。よく頑張りましたね。」

普段、感情をあまり表に出さないアリッサの少しの微笑みに、大柄の騎士は目を見開き、ありがとうございます、と顔を赤らめた。

「では、次。」

その時、こちらに向かって来るレナートの気配に気付いたアリッサは、慌てて副団長を呼んだ。

「レナート様が来ます。あとは任せました。」

そして、美しく微笑むと急いでドアから飛び出して行った。

「レナート様、どうされました? お仕事の合間に運動でも―――」

アリッサが話終わる前に、レナートの両腕がアリッサを包み込んだ。

「ああ、アリッサ。たまには、貴女が剣を振るっている姿を見ようと、こっそり歩いて来たというのに、もう私に気付いてしまったのですか?」

レナートの腕の中で、ほんのりと頬を染めたアリッサが嬉しそうにレナートを見上げた。

「当たり前です。大好きなレナート様の気配を私が間違えるはずがありませんもの。少しでも早くお顔を見たくて飛び出して来てしまいました。」

そう言ったアリッサは、過去、レナートによってナーザス騎士団に移動を命じられた部下達を思い出していた。





「このようなことを、皆に言わなくてはいけないことを、私自身、とても心苦しく感じています。しかしこれは、皆を守る為でもあります。なのでどうか、決して忘れることなく徹底して守るようにお願いします。
まず一つ目、レナート様の前で、私に話しかけることは禁止です。そして二つ目、レナート様の前で私を見てはいけません。そして三つ目、レナート様の前で顔を赤くすることを禁止します。そして―――」

「―――守れなかった者は、どのような実力者であろうと、ナーザス騎士団、もしくは南の砦に飛ばされます。
皆!レナート様の前では、全神経を張り詰めるように!!」

(ただでさえ少ない団員なのに。これ以上レナート様の嫉妬で減らす訳にはいかないわ。彼らの生活は私が守ります!!)

「本日、新たな志願者が五人も入ったと聞きましたので、私も様子を見ようかと思いましてね。」

アリッサを抱きしめながらニコニコと笑顔を見せているけれど、彼女は、これがレナートによる偵察だと言う事を知っている。その証拠に、アリッサを抱きしめて愛を囁きながらも、レナートの足は、問答無用で訓練場に向かっているのだ。

「本日、入ったばかりの新人です。いつ根を上げるかも分からない者たちです。レナート様が見に行くまでもありません。」

(副団長、もう駄目です!!これ以上足止めできません。頼みましたよ。どうか新人を守って。)

 アリッサを引きずるようにして現れたレナートを前に、騎士団員20名と志願者5名に大きな緊張が走っていた。副団長は、レナートに挨拶はすれど、決してアリッサに視線は移さない。皆が真顔でレナートの顔色を伺いながら稽古に励んでいるのだ。志願者の者達も、どうやら副団長に言い聞かせられているようで、アリッサとレナートの方には顔も向けないように気を張っていることが分かる。

まるで、あらを探す小姑のように、レナートの厳しい目が光っている。ひとたび彼の目に留まってしまったなら、恐ろしい追及の末、無情にも移動命令が下されるのだ。

「レナート様っ、たまには一緒にお茶でもいかがですか?私、少しお腹がすいてしまって・・・、何か甘い物でも食べたい気分です。」

レナートの腕を取り、甘えたように見上げれば、嬉しそうに顔を綻ばせたレナートがアリッサの腰に手を当てる。

「愛する奥様からお茶に誘われたなら、断ることなどできませんね。では庭園にて、お茶にでもしましょうか。」

そう言って、むせかえるほどの甘い空気を醸しながら仲睦まじくお茶に向かう。世にも恐ろしい夫婦を背に、団員たちはほっと一息つくのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

再会した彼は予想外のポジションへ登りつめていた【完結済】

高瀬 八鳳
恋愛
お読み下さりありがとうございます。本編10話、外伝7話で完結しました。頂いた感想、本当に嬉しく拝見しました。本当に有難うございます。どうぞ宜しくお願いいたします。 死ぬ間際、サラディナーサの目の前にあらわれた可愛らしい少年。ひとりぼっちで死にたくない彼女は、少年にしばらく一緒にいてほしいと頼んだ。彼との穏やかな時間に癒されながらも、最後まで自身の理不尽な人生に怒りを捨てきれなかったサラディナーサ。 気がつくと赤児として生まれ変わっていた。彼女は、前世での悔恨を払拭しようと、勉学に励み、女性の地位向上に励む。 そして、とある会場で出会った一人の男性。彼は、前世で私の最後の時に付き添ってくれたあの天使かもしれない。そうだとすれば、私は彼にどうやって恩を返せばいいのかしら……。 彼は、予想外に変容していた。 ※ 重く悲しい描写や残酷な表現が出てくるかもしれません。辛い気持ちの描写等が苦手な方にはおすすめできませんのでご注意ください。女性にとって不快な場面もあります。 小説家になろう さん、カクヨム さん等他サイトにも重複投稿しております。 この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。 表紙画のみAIで生成したものを使っています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

処理中です...