上 下
85 / 95

あなたの全てを私にください

しおりを挟む
 レナートからクッションを受け取ったエステルダは、それを両手に持って、一つをアリッサに投げつけた。するとアリッサは、今度は何もしないで、クッションをそのまま顔で受け止めた。

「アリッサ様が悪いのです!!貴女のレナートへの気持ちはその程度のものだったのですか!?」

そして今度は、もう一つのクッションをヴィスタに投げつけた。しかし、左手で投げたクッションは、ヴィスタに届くことなくレナートの足元に力なく落ちて行った。それでもエステルダは叫んだ。

「ヴィスタ様が悪いんです!!わたくしのことを好きだと言ってくれたのは嘘だったのですか!!優しく口付けてくださったのは遊びだったのですか!?貴方のわたくしへの愛はその程度のものだったのですか!?」

今や、声を上げて泣き喚いているエステルダに向かい、ヴィスタはゆっくりと歩き出した。

しかし、レナートの前を通り過ぎた時、不意に名前を呼ばれ振り向くと、ヴィスタの顔面に勢いよくクッションが当たった。柔らかいクッションとは思えないほどの衝撃に鼻を押さえたヴィスタは、レナートの怒気を孕んだ瞳とぶつかった。

「これでも理解はあるつもりです。だから、これからは絶対姉を泣かせるような真似はしないでください。私も、決してヴィスタ殿の姉上を悲しませることはしないと約束しますから。」

レナートの真剣な眼差しに応えるように、ヴィスタは視線を合わせたまま力強く頷いた。

「レナート!!貴方、ヴィスタ様になんてことを!!ヴィスタ様の鼻が赤くなってしまったではありませんか!謝りなさい、レナート!!」

あんぐりと口を開けて見ていたエステルダが、すぐさま正気を取り戻してレナートを責め立てていると、両手を広げて近寄って来たヴィスタにひょいっと抱きかかえられた。

「えっ、ヴィスタ様、あ、あの、どうして・・・」

「エス、ごめん。」

抱きかかえられたまま、ヴィスタにぎゅっと抱きしめられると、温かなヴィスタの温もりに強張っていた体の力が少しずつ抜けて行くのが分かった。ヴィスタは、そのまま歩き出しドアの前まで行くと 「僕の部屋で話そう。」 と、レナートにも聞こえる声で言い、そのまま部屋を出て行った。


 後に残されたアリッサとレナートの間に、しばし気まずい沈黙が下りたが、申し訳なさそうに俯くアリッサの側に行ったレナートが、突然ベッドの上のアリッサに覆いかぶさると、驚いたアリッサは、鼻が付く程に迫ったレナートの青い瞳としっかりと視線を合わせてしまった。

咄嗟に謝ろうと口を開いたアリッサだったが、何も言わせないとばかりに、すぐさまレナートに唇を奪われてしまった。
軽い口づけを数回交わすうちに、涼しげなレナートの瞳に徐々に熱がこもって来るのが分かった。レナートの熱い舌の感触に身を震わせながら、アリッサはその幸せに涙が滲むのを感じた。
レナートは、その涙を親指でそっと拭うと、優しく微笑んだ。

「これでも理解はあるつもりです。ですがアリッサ。この先、私から離れることは絶対に許しません。貴女はもう、私のものになったのです。」

まるで、目の前の青い瞳に魅入られてしまったかのように、視線を逸らすことも出来ないアリッサは、次々と零れてゆく涙も気にせずに何度も頷いた。

「アリッサ、私達を隔てる物はもう何もありません。これからは貴女を苦しめてきたもの全てを捨て去り、思いっきり私を愛してください。私は、貴女の気持ちを全て受け入れ、それ以上の愛情を返します。だからアリッサ、全力で私に向かって来てください。」

するとアリッサは、大きく見開いた瞳を細めると、クスクスと笑った。

「ふふっ、それではレナート様が潰れてしまいます。私の気持ちは、あのリボンをいただいた子供の時からです。 それはもう、信じられないほどの重さですよ?」

その言葉に、レナートは声を出して笑った。

「ははっ、大丈夫です。私はアリッサの重すぎる愛情が嬉しくて仕方がないんですから。いくら注がれても足りないほどです。それに・・・今では、私の愛情も普通ではありません。愛しています、アリッサ。 会いたかった!会いたくて会いたくて、気が狂いそうでした。」

そうしてレナートは、何度も何度もアリッサに愛を囁き、口づけを落とした。




 ヴィスタに抱きかかえられたまま隣の部屋に入ったエステルダは、窓の側に置いてある大きなソファーに、そっと降ろされた。窓から見えるのは、街の明かりが美しく夜を飾り、道行く人々を照らしている。

泣き疲れて、ぼんやりした頭で見慣れない夜の街を眺めていると、エステルダの頬に優しくハンカチが当てられた。本人も気付いていない涙が未だ頬を濡らしていたのだ。エステルダは、自分の前に跪いて、悲痛な面持ちで涙を拭い続けてくれるヴィスタの優しさを嬉しく思った。そして、小さな声でお礼を言うと、ぎこちない笑みを浮かべた。

「エス、ごめん。」

今にも泣きそうな顔のヴィスタが、想像以上の強い力でエステルダを抱きしめ、不意を突かれたエステルダは、一瞬息が止まった。

「ごめん、エス、こんなに泣かせて。さっき、レナートさんに聞いたんだ。エスが僕達の寮の前で倒れていたって・・・。いつ帰って来るかも分からないのに、雪の中を何度も何度も足を運んでくれていたって。 なのに僕達は・・・連絡もしないで、何も言わないで、まるで逃げるように君達の前から姿を消してしまった。ごめん、エス。たくさん心配かけて、何も言わずに勝手に居なくなろうとして、本当にごめん・・・。」 

「う・・うっ・・。」

「エス?」

「ふぁーーーん!!うっ、うっ、・・・ヴィスタ様のばかーーー!!」

ヴィスタの胸の中で静かに涙を零していたエステルダだったが、当時の不安や寂しさを思い出すと、迷惑も帰り見ずに大声で泣き出した。

「ヴィスタ様のばかー!」

「ごめん、エス・・・。」

「ヴィスタ様は、酷いです!」

「うん・・・ごめん。反省してる・・・。」

「どれほどわたくしを泣かせば気が済むのですか!?」

「ごめん、もう泣かせないから。」

「うっ、うっ・・・、 ヴィスタ様なんてもう嫌いです!!」

「エス、ごめん。お願いだから、そんなこと言わないで・・・。」

「愛してると言ってください!うっ、・・・たくさん、たくさん言ってください・・・。」

エステルダが抱きついたままヴィスタに縋り付くように体重をかけると、エステルダの顔に両手を当てたヴィスタが、まるで正気を失ったかのようにエステルダの唇を貪った。噛みつくような口づけの合間に、愛してると、うわ言のように何度も何度も繰り返し、エステルダもそれに応えるように懸命に舌を絡めた。

「もう、二度とわたくしから離れないと約束してください。」

「約束する。だからお願いだよ。嫌いにならないで・・・エス。 愛してるんだ。」

「もっとです。もっと、好きだと・・・愛していると、言って。 もっと、もっと貴方をください。ヴィスタ様の全てを・・・わたくしに、ください。」

「エス、大好きだよ。愛している。 エス・・・ありがとう。」



こうして無事に仲直りしたエステルダとヴィスタ、アリッサとレナートは、翌日に持ち越された両家の顔合わせにおいて、正式な書面を交わし、ついに婚約が成立したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

レティシアの結婚 ~とある圧倒的少数派公爵令嬢の運命の出会いとその後についての備忘録~

高瀬 八鳳
恋愛
とある一般的でない公爵令嬢が、運命の人と出会い、人生が大きくかわるお話。  お互い全く相手の顔に魅了されない美男美女が、人間としての魅力を感じていくきっかけを書いてみたいと思いました。  どの世界でも枠におさまらないマイノリティは苦労しがちですが、人と人との出会いは、時に想定外の化学反応を引き起こしたりするのでオモシロイですよね。  お気軽に楽しんで頂ければ幸いでございます。  ※ さほど残酷な描写はないかと思いますが、少し大人な表現もあるので、念の為R15と致します。  ※ 恋愛物語的要素はあると思ってますが、甘々なラブストーリーを期待されると、コレチガウ、と感じられるかもしれません。ご了承下さい。  ※ あくまでも個人的な願望や好みの詰まった創作物語です。

悪役令嬢ですが私のことは放っておいて下さい、私が欲しいのはマヨネーズどっぷりの料理なんですから

ミドリ
恋愛
 公爵令嬢ナタ・スチュワートは、とある小説に前世の記憶を持って転生した異世界転生者。前世でハマりにハマったマヨネーズがこの世界にはないことから、王太子アルフレッドからの婚約破棄をキッカケにマヨネーズ求道へと突き進む。  イケメンな従兄弟や街で偶然助けてくれたイケメンの卵の攪拌能力を利用し、マヨネーズをこの世界に広めるべく奮闘するナタに忍び寄る不穏な影とは。 なろうにも掲載中です

20回も暗殺されかけた伯爵令嬢は自ら婚約破棄を突きつけて自由を手に入れます

長尾 隆生
恋愛
国を守る役目を担ったフォレスト辺境伯の長女アンネ=フォレスト。 彼女は第一王子イグニスとの婚約が決まって以来、何度も暗殺されそうになる。 その黒幕が王子を始め王族だと知ったアンネは、王族が揃う謁見の間でイグニス王子に婚約破棄をたたきつけ辺境領へ戻ることにした。 アンネの行いに激高した王族と、メンツを潰され恥をかかされた王国最強の剣士である近衛騎士団長ガラハッドは軍を上げてアンネを追いフォレスト辺境伯に攻め込んだのだったが、そこには長年国を外敵から守ってきた最強の辺境軍と令嬢が待ち構えていて……。

転生男爵令嬢のわたくしは、ひきこもり黒豚伯爵様に愛されたい。

みにゃるき しうにゃ
恋愛
男爵令嬢のメリルは、五歳の時に前世を思い出した。そして今自分がいる国の名前が、前世好きだった 乙女ゲーの舞台と同じ事に気づいた。 ヒロインや悪役令嬢じゃないけど、名前もないモブとして乙女ゲーのキャラたちに会えると喜んだのもつかの間、肝心の乙女ゲーの舞台となる学園が存在していないことを知る。 え? 名前が同じだけで乙女ゲーの世界じゃないの? じゃあなんで前世を思い出したの? 分からないまま十六歳になり、メリルは「ひきこもり黒豚伯爵」と呼ばれる人のところへ嫁ぐことになった……。 本編は8話で完結。 その後、伯爵様サイド。 一応R15付けときます。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

男と女の初夜

緑谷めい
恋愛
 キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。  終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。  しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

処理中です...