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英雄への憧れ

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 花瓶に生けられた花を見ながら、何やら熟考している様子のアランド殿下であったが、コホン! と、気を取り直したように咳払いをすると、自分なりに何か納得したのだろうか、エステルダに向かって、「そうだな。」 と、はっきりとした口調で告げた。その瞳からは、それまでになかった決意のようなものさえ感じる。

「わかった。確かに・・・言われてみればその通りだ。エステルダ、この国の第一王子である私の命を救った貴女に一番の権利を与えよう。」

 こうして殿下の意見は、そのまま国王に届けられ、アランド第一王子殿下の命を救ったエステルダの功績を称え、エステルダとヴィスタ、レナートとアリッサの婚約が王命により通達されたのであった。

没落間近のナーザス子爵領については、アリッサとヴィスタの当初の願いを叶える意味も含め、国からの助成を受けながら存続することが決まった。今後、エステルダとアリッサがお互いの家に嫁ぐとなれば、両家に強い親戚関係が築かれる。それを見越した上で、何かあった時の後ろ盾として、ナーザス子爵家はロゼット公爵家の傘下に入ることになった。
こうして王家とロゼット公爵家、両家の力を借り、領民の生活の保障と共に、ナーザス子爵家は存続することとなったのだ。

しかし、ようやくここまで来たというのに、現在二人の目の前には、一番の難関である彼らの父親が立ちふさがっていたのだった。
それと言うのも、父であるロゼット公爵が王命にも関わらず、未だナーザス姉弟との婚約に難色を示しているのだ。公爵は、ナーザス子爵家の後ろ盾になることは渋々承知したが、ナーザス姉弟と自分の娘と息子の婚約だけは、絶対駄目だと言い張った。

彼は誰の説得にも応じず、最後は大人げなく部屋に閉じこもってまで首を縦に振ることを拒んだのだ。エステルダとレナートが、代わる代わる開かないドアの前で父を説得しようとも、彼は返事もしなければ食事すら拒否する有様であった。あまりに頑固な父に呆れ果て、二人がぐったりと辟易していると、それまで何も言わずに静観していた公爵夫人が、静々と夫の部屋の前まで行き、開かないドアに向かい小声で何やらボソボソと呟いて戻って行った。

すると、それからしばらして、部屋のドアは静かに開いたのだった。
その後、何故か公爵は、あれ程までに渋っていた子供達の婚約をまるで何事もなかったかのようにあっさりと認めたのであった。

「ロゼット、ナーザス両家に、孫は何人生まれるかしらね。ふふふ・・・桃色と金色が全てとは限りません。その中にもし、あの方と瓜二つの子が現れたなら・・・貴方ならどうしますか? わたくしは第二の人生を夢見ていますわ。 ねえ、貴方、わたくし達は、この上ない幸運に恵まれましたのよ? うふふ、共に長生きしましょうね。」

その言葉を聞いて、難攻不落と思われた公爵の抵抗はガラガラと音を立てて崩れ落ちたのだった。


「もう、いい加減教えてください。父上がどんなに頑張ったところで王命は覆りません。ナーザス子爵家と父上の間で一体どのような問題があったのですか。」

「そうですわ、お父様。いつまでもそんな怒った顔なさらないで。アリッサ様もヴィスタ様も爵位以外は本当に素晴らしい方ですのよ?それに―――」

「副団長になれなかったからだ。」

「えっ?は? 今なんて?」

「はっ!?ふくだん・・・」

「そうだっ!!あれほど信頼されていたはずなのに!!絶対私が副団長に任命されて、ロックナート団長の右腕として、彼と共に国の安全を守るものと思っていたのに・・・。私は南の砦から、この王都へ移動させられたんだ。あんな奴を、あんな弱い腰抜けを副団長にして!!ロックナート様は!!私はロックナート団長から絶大な信頼を得ていた!!あのまま行けば私が間違いなく副団長だったんだ!!周りの奴らも皆が言っていた!!ミリアだって・・・、お前達の母上だって、あんなに私と結婚して南の砦で・・・、ロックナート様のもとで暮らすことを楽しみにしていたと言うのに・・・。くそっ!!」

「父上、しかしそれは、南の砦でのロックナート閣下との話。ナーザス子爵家とは何の関係も―――」

「うるさいっ!!お前達に私の気持ちが分かるか!!あんなに憧れていたのに、私は、ロックナート様とお近づきになりたくて騎士の道に進んだんだ!!あの方が存在していなければ騎士になどならん!!会ったこともない婚約者のミリアと手紙だけでこれほど愛を育めたのは、砦でのロックナート様の話で異常に盛り上がったおかげだ!!私達夫婦にとって、英雄ロックナートが人生の全てだったんだ!!」

「お、お父様、それはわかりましたが、それとわたくし達の婚約とは話が別―――」

「うるさい!!黙れ!!」

今まで、何を聞いても、貝のように黙り込んでいた父の話は、まるでダムが決壊したかのように次々と押し寄せて、数時間にも及ぶ当時の恨みつらみに加え、更には英雄ロックナートの武勇伝へと続いた為、エステルダとレナートの意識は、はるか遠くへ押し流された後、残骸となって床に転がったのだった。


だが、正式に両家の婚約が成立すると、ロゼット公爵宛てに一通の手紙が届いた。
差出人のロックナート・ナーザスの名前を見た途端、夫婦揃って軽い呼吸困難に陥っていたが、実際に手紙を読んだ後には、夫婦揃って床に突っ伏して泣き崩れてしまったのだった。

手紙には、孫の婚約をとても喜んでいる内容に加え、当時のロゼット公爵を副団長に出来なかった理由。現在の南の砦の話、息子に爵位を譲った後は、気軽に南の砦に戻って来いとまで書かれていた。そして、ここまで読んだロゼット公爵は、声を漏らして泣き崩れたのだ。

「私はロックナート様に見限られた訳ではなかった・・・。ミリア、見てくれ、ここに書いてある。父上が、父上は、あの時既に、ご自分の病気を知っていたんだ・・・病気だったから・・・私に跡を継がせるために王都に呼び寄せていたんだ。・・・本当だったら私を副団長にしたかったと、一緒に戦いたかったと・・・、ミリア、書いてあるんだ、ここに。そして、役目が終わったら、」

「ええ、貴方。書いてありますわ!!また南の砦にって、書いてありますわ!!ふぅぅぅ、こんなにも、お優しい言葉を・・・。」

 その後、その手紙は額に入れられてロゼット公爵の執務室の一番目立つ場所に飾られている。
早くレナートに爵位を譲って、南の砦に夫婦で向かいたい公爵は、焦って領地の仕事を教え始めた上に、時間の無駄だと言ってレナートが騎士になることにも反対し、勝手に学園の普通科に移そうとして、家庭内に揉め事を増やしていた。

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