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背伸びに疲れた少年
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視線を逸らしたヴィスタの辛そうな顔が、何も言わなくてもレナートの言葉を肯定していた。
ヴィスタが・・・アリッサが、本当に居なくなってしまう。彼らは、何も言わずに旅立とうとしていたのだ。今度こそ二度と会えない場所へと行ってしまう。
エステルダは、怖くてどうしようもない身体を自分の両手で抱え込んだ。
アリッサとヴィスタにまた会えると、舞踏会などに浮かれて夢見心地でいたせいで、自分でも気付かないうちにアリッサとヴィスタの置かれている環境から目を背けていたのだ。
いや、違う。目を背けるしかなかった。
彼らは決して誰の助けも求めようとしないのだから。
泣きながら追いすがり、絶対に離さないと、後先考えずに自分の気持ちを押し付ける。それが我儘な子供であるエステルダとレナートであるならば、現実に従い、泣きながらさよならを告げて、歯を食いしばって前を向くのが、大人の振りをした意地っ張りのアリッサとヴィスタなのだ。
家が大変な時に、働いてまで自分達に贈り物をしてくれたこと。ようやく会えた喜びの日に隠れていたお別れの日。
なのに、あちらこちらから聞こえてくるのは恐怖に怯え、助けを求める叫び声に、痛みに苦しむうめき声、そして、身を寄せ合い震えながらすすり泣く声。
真っ赤な血を目の当たりにして、エステルダの頭の中は完全に混乱していた。こんな状況の中、冷静な判断など下せるわけはなかった。
(何か言わなくては・・・このままでは大切な人を失ってしまう。何か、早く。でも何を?なんと言えば・・・。それは今?こんな時に?でも、早くしないと、)
エステルダの目は、ヴィスタ、レナート、会場中のあらゆる場面を忙しく映してゆく。震える両手を握り締めて、息を大きく吸い込んだ。
「・・・・・・。」
しかし、涙で声が詰まってしまって何も言えない。なんと言っていいかわからない。次々溢れる涙が頬を伝って落ちて行くが、エステルダの瞳はヴィスタで止まったまま動けなくなってしまっていた。
その時、エステルダの背後から男性の悲鳴が聞こえた。振り返ったエステルダが見たものは、護衛に守られていたはずのアランド殿下が、二人の黒いマントの男に拘束されるところだった。
「まずい!!」
咄嗟に駆け出すレナートと同時に、ヴィスタもアランド殿下に向かって走り出した。しかし、一番動きが早かったのは、まさかのエステルダだった。
彼女はなんと、足元に転がっていた花瓶を持ち上げると、 「うるさい!!」 と、叫んで力いっぱい投げつけた。
その花瓶が、抵抗するアランド殿下を背後から押さえつけていた黒い男の腰に当たると、何事かと驚いたもう一人の男にも隙ができた、そこに駆け込んで来たレナートとヴィスタが両サイドから飛び込んで行ったのだ。
二人の黒い男から解放されたアランド殿下が、レナートとヴィスタに両脇を支えられた姿を確認した者達は、殿下の無事にほっと胸を撫で下ろすと同時に、今度はその視線を先ほど花瓶を投げつけたエステルダに向けたのだった。
護衛の隙を突かれて捕まってしまった殿下を早急に助け出さなくてはいけない状況であったが、殿下を盾のように扱う敵を前にして、誰もがうかつに攻撃することをためらっていた。
そんな中、エステルダの行ったあまりに大胆な行動に、アランド殿下本人を含め、皆が唖然としてエステルダを見つめていたのだ。
しかし、涙を流しながら肩で息をするエステルダは、アランド殿下の無事に安堵するどころか、その鋭く吊り上がった瞳で、逸らすことなくヴィスタを見据えていた。
「こんなに大好きだと言っているのに、貴方はわたくしを捨てるのですか!?」
「こんなに愛情を与え続ける弟を、アリッサ様は捨てるのですか!?」
「こんなに、姉弟揃って・・・哀れな程に・・・貴方達姉弟に恋焦がれているというのに。」
「貴方達は、こんなに―――」
殿下をレナートに任せたヴィスタがエステルダを抱きしめたことによって、エステルダの言葉は最後まで続くことはなかった。
ヴィスタの腕の中で、まるで何かが吹っ切れたように声を上げて泣くエステルダは、血で汚れてしまった彼の服を両手で強く掴んだ。それはまるで、絶対離さない。お願いだから私から離れて行かないでと言っているようで、ヴィスタは痛む胸に押し付けるようにエステルダを強く抱きしめた。そして、とても小さな声で、「ごめん。」と言った。
顔を上げたエステルダの前には、もう、今までのように涼しげな瞳で美しく微笑むヴィスタは存在していなかった。乱れてボサボサになった前髪のせいで、彼の緑色の瞳は見えなかったけれど、その頬には涙の流れたあとがくっきりと見えていた。顔を見られないように自分を抱き込んだヴィスタの体が、微かに震えている事を感じたエステルダは、彼の中に存在している背伸びに疲れ果てた少年の姿を垣間見たような気がした。
そして、アランド殿下の横に立つレナートの視線の先には、こちらをじっと見ているアリッサがいた。その瞳は涙で滲み悲しく揺れているように見えた。
ヴィスタが・・・アリッサが、本当に居なくなってしまう。彼らは、何も言わずに旅立とうとしていたのだ。今度こそ二度と会えない場所へと行ってしまう。
エステルダは、怖くてどうしようもない身体を自分の両手で抱え込んだ。
アリッサとヴィスタにまた会えると、舞踏会などに浮かれて夢見心地でいたせいで、自分でも気付かないうちにアリッサとヴィスタの置かれている環境から目を背けていたのだ。
いや、違う。目を背けるしかなかった。
彼らは決して誰の助けも求めようとしないのだから。
泣きながら追いすがり、絶対に離さないと、後先考えずに自分の気持ちを押し付ける。それが我儘な子供であるエステルダとレナートであるならば、現実に従い、泣きながらさよならを告げて、歯を食いしばって前を向くのが、大人の振りをした意地っ張りのアリッサとヴィスタなのだ。
家が大変な時に、働いてまで自分達に贈り物をしてくれたこと。ようやく会えた喜びの日に隠れていたお別れの日。
なのに、あちらこちらから聞こえてくるのは恐怖に怯え、助けを求める叫び声に、痛みに苦しむうめき声、そして、身を寄せ合い震えながらすすり泣く声。
真っ赤な血を目の当たりにして、エステルダの頭の中は完全に混乱していた。こんな状況の中、冷静な判断など下せるわけはなかった。
(何か言わなくては・・・このままでは大切な人を失ってしまう。何か、早く。でも何を?なんと言えば・・・。それは今?こんな時に?でも、早くしないと、)
エステルダの目は、ヴィスタ、レナート、会場中のあらゆる場面を忙しく映してゆく。震える両手を握り締めて、息を大きく吸い込んだ。
「・・・・・・。」
しかし、涙で声が詰まってしまって何も言えない。なんと言っていいかわからない。次々溢れる涙が頬を伝って落ちて行くが、エステルダの瞳はヴィスタで止まったまま動けなくなってしまっていた。
その時、エステルダの背後から男性の悲鳴が聞こえた。振り返ったエステルダが見たものは、護衛に守られていたはずのアランド殿下が、二人の黒いマントの男に拘束されるところだった。
「まずい!!」
咄嗟に駆け出すレナートと同時に、ヴィスタもアランド殿下に向かって走り出した。しかし、一番動きが早かったのは、まさかのエステルダだった。
彼女はなんと、足元に転がっていた花瓶を持ち上げると、 「うるさい!!」 と、叫んで力いっぱい投げつけた。
その花瓶が、抵抗するアランド殿下を背後から押さえつけていた黒い男の腰に当たると、何事かと驚いたもう一人の男にも隙ができた、そこに駆け込んで来たレナートとヴィスタが両サイドから飛び込んで行ったのだ。
二人の黒い男から解放されたアランド殿下が、レナートとヴィスタに両脇を支えられた姿を確認した者達は、殿下の無事にほっと胸を撫で下ろすと同時に、今度はその視線を先ほど花瓶を投げつけたエステルダに向けたのだった。
護衛の隙を突かれて捕まってしまった殿下を早急に助け出さなくてはいけない状況であったが、殿下を盾のように扱う敵を前にして、誰もがうかつに攻撃することをためらっていた。
そんな中、エステルダの行ったあまりに大胆な行動に、アランド殿下本人を含め、皆が唖然としてエステルダを見つめていたのだ。
しかし、涙を流しながら肩で息をするエステルダは、アランド殿下の無事に安堵するどころか、その鋭く吊り上がった瞳で、逸らすことなくヴィスタを見据えていた。
「こんなに大好きだと言っているのに、貴方はわたくしを捨てるのですか!?」
「こんなに愛情を与え続ける弟を、アリッサ様は捨てるのですか!?」
「こんなに、姉弟揃って・・・哀れな程に・・・貴方達姉弟に恋焦がれているというのに。」
「貴方達は、こんなに―――」
殿下をレナートに任せたヴィスタがエステルダを抱きしめたことによって、エステルダの言葉は最後まで続くことはなかった。
ヴィスタの腕の中で、まるで何かが吹っ切れたように声を上げて泣くエステルダは、血で汚れてしまった彼の服を両手で強く掴んだ。それはまるで、絶対離さない。お願いだから私から離れて行かないでと言っているようで、ヴィスタは痛む胸に押し付けるようにエステルダを強く抱きしめた。そして、とても小さな声で、「ごめん。」と言った。
顔を上げたエステルダの前には、もう、今までのように涼しげな瞳で美しく微笑むヴィスタは存在していなかった。乱れてボサボサになった前髪のせいで、彼の緑色の瞳は見えなかったけれど、その頬には涙の流れたあとがくっきりと見えていた。顔を見られないように自分を抱き込んだヴィスタの体が、微かに震えている事を感じたエステルダは、彼の中に存在している背伸びに疲れ果てた少年の姿を垣間見たような気がした。
そして、アランド殿下の横に立つレナートの視線の先には、こちらをじっと見ているアリッサがいた。その瞳は涙で滲み悲しく揺れているように見えた。
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