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喜びと悲しみの狭間で

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 ダンスが始まると、エステルダとレナートは優雅に踊り出した。ダンス自体は目を瞑っていても踊れる程に余裕のある二人であったが、今やアリッサとヴィスタから片時も目が離せない彼らは、周りに聞こえないようにお互いの興奮を伝えるのに大忙しだった。

「わたくしが贈ったサファイアのイヤーカフをヴィスタ様が身に付けてくださっていますわ・・・。なんてお似合いなのかしら。美男子が三倍増しですわ!」

「姉上、それでしたら、私がアリッサに贈ったサファイアのペンダントもとても似合っています。やはりあれに決めて良かった。」

「レナートのエメラルドのカフスボタンも似合っていますよ。アリッサ様とヴィスタ様の心のこもった贈り物です。大切にしなくてはなりませんよ?踊っている間に落としたりしないように気をつけなくてはなりませんね。」

「分かっています。心配しなくても、これは私の生涯の宝物です。姉上こそ、そのエメラルドがついたブレスレッド、姉上の細い腕にとてもよく似合っています。ヴィスタ殿は、それをどんな気持ちで選んだのでしょうね・・・。」

そうして、そんなことを口走った後は、二人でまた涙ぐむのだ。

近くでアランド殿下と踊っている侯爵令嬢が、得意気にエステルダに視線を送っていたが、遠くで踊っている美の化身のようなヴィスタと視線が合い、優しく微笑まれてしまったエステルダの心臓は、もはや破裂するのではないかと思う程に跳ね上がり、侯爵令嬢どころか目の前のレナートすら目に入ってはいなかった。

そして、そのヴィスタに耳打ちされたアリッサと視線の合ってしまったレナートも、
「アリッサ・・・。」と、熱のこもった瞳で何度も気味悪く呟くほどに、完全に心を乱されているのだった。



「レナート、行きますわよ!!」

「はい!!」

曲の終わりと同時に、エステルダとレナートは出来る限りの速足でアリッサとヴィスタのもとへ向かった。・・・にも関わらず、アリッサとヴィスタの周りには既に何人もの男女が我先にと群がっている状態であった。二人が長期間学園を休んでいたことは知っていても、ナーザス子爵家の没落に関して、噂はまだ広まっていないようだった。

「ヴィスタ様、次はぜひわたくしと踊ってくださいまし。」

「ナーザス嬢、次のダンスは僕とお願いできますか?」

差し出された沢山の手に戸惑った様子のアリッサとヴィスタだったが、怒号のようなエステルダの一声がかかると、二人は一瞬お互いの顔を見合わせ、ぱっと顔を明るくしたのだった。

「おどきなさいっ!!」

まるで女王のような威厳に満ちたエステルダの声に、その場が一瞬で静まると、エステルダの前にいた人々がさっと道を開けた。

そんなエステルダを見ていたヴィスタは、困った人だと言うように目を細めると、ふんわりと微笑み、エステルダに向かい手を差し伸べたのだった。ヴィスタの優しい顔が嬉しくて、瞳にたくさんの涙を溜めたエステルダが、今にも泣き出しそうな笑顔で自分の手を前に出し、まるで物語のワンシーンのようにヴィスタのもとへ歩き出そうとした時、

「姉上、邪魔です!!」

と、アリッサしか見えていないレナートが、スタスタとエステルダの前にしゃしゃり出て来たかと思うと、急いでアリッサに駆け寄って行った。そして、その腕を強く引き寄せると、人目もはばからず力強く抱きしめたのだった。

「会いたかった。私のアリッサ。貴女に会えない日々は、どれ程辛かったことでしょう。もう二度と離しません。ああ、私のアリッサ、今日の貴女はいつにも増して美しい。本日は決して私以外の手を取ってはなりませんよ?」

小さなアリッサの全身を覆い隠すように抱きしめているレナートは、まるで周りの人間など見えていないかのように甘すぎる愛の言葉を吐き続けた。レナートの腕の中で、頬を染めながらも、もう一度会えた幸せを噛み締めているアリッサだったが、今日が本当にレナートに会える最後の日だと言い聞かせると、何も言葉は出てこず、密かに瞳を揺らすのだった。

弟の気色の悪いシーンに気を取られたエステルダが、眉間に皺を寄せて嫌な顔をしていると、その手を優しく包み込むヴィスタが目の前に現れた。先ほどのレナートのせいなのか、ヴィスタの顔は少し笑っていたが、エステルダに向ける優しい眼差しには、どこか熱がこもっていた。

「やはり、今日は来てよかったです。こんな美しいお姫様にお会いできました。さあ、エステルダ様、次の曲は僕と踊ってくださいますね?」

そう言うと、エステルダの手を持ち上げ、そっと指先に口づけを落とした。そして、

「本日は決して私以外の手を取ってはなりませんよ?」

と、レナートのもの真似をしたヴィスタが、いかにも楽しそうに笑ったので、エステルダもつい涙を忘れて笑ってしまうのだった。

二曲目が始まり、エステルダはヴィスタと、レナートはアリッサと踊り始めた。

「今日のエステルダ様は、まるで天使のように美しい。貴女は誰よりも僕の色がお似合いです。」

踊りが始まるとすぐに、自分と同じ髪色に包まれたエステルダをうっとりと見つめたヴィスタは、彼女の耳元に口を寄せてそっと囁いた。恥ずかしそうに俯いたエステルダだったが、上目遣いでヴィスタを見上げると、

「ありがとうございます。ですがヴィスタ様こそ、とても素敵ですわ。その・・・イヤーカフもとてもお似合いです・・・。身に着けていただき、とても嬉しい・・・ですわ。」

すると、ヴィスタは、エステルダの手首で可愛らしく揺れるブレスレッドに視線を落とすとふっと笑った。

「お礼が遅くなって申し訳ありませんでした。このように高価な贈り物を頂いて、とても嬉しかったです。今、こうして貴女の色を身に着けることができて、僕は幸せに思っています。ですが・・・。」

組んでいた手をスルリと動かしたヴィスタは、エステルダのブレスレッドに触れた。

「高貴な貴女に、このような安物をお渡しするのは、随分と気が引けましたが―――」

「泣くほど嬉しかったですわっ!!」

そう叫んだエステルダは、我慢の限界を迎えたかのように次々と涙を零した。

突然の涙に目を見開いたヴィスタだったが、俯いて瞳を曇らすとエステルダの頬に手を伸ばし、その涙を優しく拭った。

「・・・こんなに痩せてしまって・・・。ごめんね、エス。僕は、こんなに君を悲しませてしまった。」

悲しい顔をしたヴィスタは、その手で今度はエステルダの背中を優しく擦った。

「ヴィスタ様・・・、ずっと・・・お会いしたかった。」

「うん・・・。」

「ヴィスタ様は・・・何も言わずに、わたくしの前から居なくなってしまったのです・・・。」

「うん・・・ごめん。」

「わ、わたくし、毎日・・・待っていました。」

「エス・・・。」

「ごめん。」と言ったヴィスタは、軽く足でステップを踏みながらも、両手でエステルダを包み込んだ。ふんわりとボリュームのあるドレスにも関わらず、腕の中のエステルダが随分と痩せて小さくなってしまったことが分かり、ヴィスタは辛そうに顔を歪ませた。
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