青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

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美しき姉弟

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 ある日突然、ナーザス子爵家に届けられた物を子爵夫妻は戸惑った様子で見下ろしていた。中には宛名のない手紙が入っており、不審に思いながらも手紙を読んだ夫人は、直ぐに祖国の父親宛てに手紙を書き始め、子爵は急ぎ知人宅へと向かったのだった。

貴族らしいことなど何一つさせてあげられなかった。それどころか我慢ばかりを強いてしまった娘と息子の為に、せめて最後の思い出を作ってあげたいと思う親心が、二人を動かしたのだった。





―学園の舞踏会当日―

 次々と会場入りする人々の最後を飾ったのは、濃い紫に繊細な刺繍をふんだんに施した正装に身を包み、華々しく登場したアランド第一王子殿下だった。そして、彼がエスコートするのは、婚約者候補のうちの一人である侯爵令嬢である。美しく着飾った彼女は、勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべていたが、視線の大半を他の者に奪われていることに気が付くと、その苛立ちを隠しもせず、皆の視線の先をギロリと睨みつけた。

そこに見たのは、華やかなドレス達の中で、ひと際異彩を放つ、異国の民族衣装を身に付けたナーザス姉弟だった。

お互いの瞳の色を意識しているのか、美しい緑のシルクには金と銀の刺繍が施され、ヴィスタの長めのジャケットも、アリッサの前がザックリ開いたスカートも何層にも違う色が見え隠れしていて歩くたびに人々の視線を奪うのだった。何枚にも重なった薄い生地をナイフで縦に切り裂いたような長いスカートの中には、ひざ丈のピタッとした黒パンツがアリッサの細いふくらはぎを大胆に見せているのだった。

ただでさえ、珍しい桃色の髪の姉弟が、異国の珍しい衣装を着て現れたのだ。皆の視線を奪ってしまうのも無理はない。アリッサとヴィスタは、それぞれが小振りながらも存在感のあるサファイアを身に付けていた。

アリッサにはレナートから、ヴィスタにはエステルダから・・・。それは、彼らの瞳の色を意識した愛のこもった贈り物であった。
まるで異国のおとぎ話から現れたような美しい姉弟を前に、この国の王子ですら霞んでしまうありさまだった。




 アランド殿下が会場入りすると、ダンスの演奏が小さな音で流れ始めた。この間に、王族のアランド殿下を中央に、それぞれ高位貴族から順にパートナーと共にダンスの輪を作っていくのだ。
アリッサとヴィスタも輪の端の方に場所を取り、向かい合っている。そして、殿下の直ぐ横には、ロゼット公爵家であるエステルダが、薄桃色のドレスを可憐に着こなしていた。

いつもの大人っぽい印象とはガラリと雰囲気を変えて、腰まである長い金髪をサラサラと揺らしながら、その美しくも愛らしい姿は、まるで天使のようであった。
青地に金色と桃色の豪華な刺繍で着飾った凛々しいレナートがエステルダの手を取り、ダンスが始まるのを待っていた。この姉弟もまた、公爵家とはあまりにも不釣り合いな、とても小さなエメラルドを身に着けていたが、申し訳なさそうに揺れる小さなエメラルドが目に入る度に、エステルダとレナートはうっとりと見つめていた。

そっと触れるその指先はまるで愛おしい物を愛でているようにも見える。こちらもまた、金銭的にあまり余裕のないアリッサとヴィスタからの心のこもった贈り物であった。そして、二人の姉弟の視線は、端の方で曲を待つナーザス姉弟をずっと追い続けていた。

(ヴィスタ様・・・アリッサ様・・・。やっとお会いできました・・・。もう二度と、お会いできないかと思っておりました。)

涙を抑えきれないエステルダが自身の手袋で目尻の涙をそっと押さえると、向かい合っているレナートに伝えた。

「レナート、アリッサ様とヴィスタ様のなんて美しいことでしょうね・・・。わたくし達の贈った宝石も身に着けてくれていますわ・・・。レナート・・・わたくしは・・・」

涙で言葉を続けられないエステルダにハンカチを差し出したレナートだったが、彼の瞳にも薄っすらと涙が浮かんでいるのだった。

「はい・・・姉上。今日、彼らが来てくれて本当に良かったです。この日をどれほど待ちわびたことでしょう・・・。ああ、なんて妖艶で美しいのでしょう。アリッサとヴィスタ殿は、私達の色を身に着けてくれています。それが・・・これほど自身の心を満たすことだったなんて知りませんでした。」




 長期の休暇が終わっても、アリッサとヴィスタが学園に戻ることはなかった。

休みに入ってからナーザス子爵家へ送った宝石と手紙の返事も貰えない状態で、無情にも父から知らされたのは、アリッサとヴィスタが貴族で居られるのは春までだと言う事だった。
ナーザス子爵領は、春をもって王家に返還されることが決まったと、父であるロゼット公爵は説明した。

今すぐアリッサとの婚約を認めてほしい。そしてナーザス子爵家をどうにか援助したいと、レナートの悲痛な声が響く中、突然エステルダの目の前は真っ暗になり、苦しい呼吸に胸を押さえたまま、その場に崩れ落ちてしまったのだった。
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