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我儘な子供だからいいのです

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「私達が普通にしてきたことが、アリッサとヴィスタ殿にはできなかった。庶民であれば、そんな世界があることすら知らないで普通に生活できたのでしょうが、・・・たとえ貧しくとも彼らは貴族だったのです。このリボンのように私達から見れば、ただの洋服に着いた装飾品の一つだとしても、アリッサにしたら生涯の宝物になってしまう。いくら夢を見ないでいようと心を閉ざしていたとしても、何不自由なく育ってきた他の貴族や裕福な私達を見て、どう感じて、どう思っていたのかを知ることはできないのです。」

そう言いながら、胸ポケットから取り出した緑色のリボンを見つめたレナートは、薄っすらと付いた皺を優しく指で伸ばした。

「いつの間にかぬいぐるみから消えたと思ったら、やはり貴方が持ち出していたのね・・・。」

「アリッサとお揃いのリボンですからね・・・。私のお守りにしました。これが私達との縁を繋いでくれましたから。」

「アリッサ様の想いが込められていますものね、強力なお守りね。」

「はい。元は姉上のリボンでもありますからね、アリッサだけではなく姉上の強力な怒気も入ってます。・・・ふっ、最強ですよ。」

「ふふっ、そうね。」

「・・・そのリボンを貰った時、アリッサ様はどう思ったのかしらね。・・・レナート、人の心って難しいわね。・・・わたくしは、いつも後ろ向きで全然立ち向かおうとしないアリッサ様とヴィスタ様に、なんとか変わってほしいと思ったの。・・・だって、少しでも目を離したら、あの人達ってばこうして居なくなってしまうんですもの・・・。わたくし達は、彼らが居ないだけで胸が締め付けられる程の悲愴感と喪失感に苛まれていると言うのに、あの人達は全く執着してくれないわ・・・。」

気付くと、いつの間にかテーブルの上に落ちた涙が、陽の光を受けて小さな輝きを放っていた。

「執着したものが何一つ手に入らなかった時・・・、いくら努力しても駄目なものは駄目なのだと思い知らされた時、姉上ならどうしますか?」

「それは・・・。」

「私なら執着することをやめると思います。」

「・・・そうかもしれ―――」

「ですが!!」

急に語気を強めてテーブルに身を乗り出し、エステルダの言葉にかぶせて来たレナートは、いきなりエステルダのパンを手に取ると、大きな口でがぶりと噛り付いた。突然の行動に目を見開いたエステルダを前に、口をもごもご動かしながら、レナートは子供のような笑顔を見せた。

「ですが、彼らには申し訳ありませんが、私も姉上も裕福過ぎる公爵家に生まれ育ってしまいました。逆に彼らは私達とは違う環境で育ったのですから、何事も直ぐに諦めるのも仕方がないことでしょう。だからと言って、私と姉上が諦める必要はどこにもないのです。だって私達は、我儘で無鉄砲な子供なのですからね! まあ、姉上がヴィスタ殿を諦めると言うのなら私は止めません。ですが私は絶対諦めません!! 私はアリッサを決して逃がしません。」

「レナート・・・、貴方も変わったのね・・・。」

幼い頃から、自分のことよりも人の気持ちを優先するような優しい弟から、これほどはっきりとした意思表示を受けて、エステルダは驚きと感心が混じったような気持ちで、目の前のレナートを見つめていた。エステルダの、その青い瞳は涙で悲しく潤んでいたが、レナートには、その奥に僅かな希望の光が見え隠れしているように見えていた。

「変わったのは姉上も同じです。アランド殿下を慕っていた姉上も、目標に向けて輝いて見えましたが、今の姉上はいつ見ても楽しそうに笑っています。ヴィスタ殿と居る時も、アリッサとゴチャゴチャ言い争っている時も、こうして私と話し合っている時も。姉上は、まるで子供のように日々を楽しんでいますよ。」

そう言ったレナートも、エステルダからすれば、アリッサが現れてからというもの、いつだって子供のようにコロコロと表情を変えて、はしゃいでいるように見えていた。

「ふふっ、そうね。貴方の言う通りだわ・・・。わたくしとしたことが、こんな弱気になるなんて。・・・ありがとう、レナート。お陰で目が覚めました。そうですわね!! なんとしてでも、あの美しい桃色の二人を我らの手中に収めましょう!!」

涙を拭い、小さく拳を作ったエステルダは、いつもの自信溢れる笑顔を見せた。

「なにより、アリッサ様を逃がしたらレナートの未来には絶望しかありませんものね!」

「え? ああ、まあ・・・」

「ひねくれた性格はともかく、あのように美しいご令嬢が、これほどの愛情を貴方に注いでくれてますのよ?彼女を逃したら、貴方の未来なんて愛のない政略結婚まっしぐらですわ。相手がミスティナでなくとも、アリッサ様ほどの愛情をくれる人なんて絶対現れないと言い切れますわっ!!」

「・・・そこまで?」

「ええ。アリッサ様の男性の好みは壊滅的ですわ!貴方を見て、素敵だと言いながらほんのりと頬を染める女性など、アリッサ様の他には絶対存在しませんわ!!」

「・・・・。」

自分で分かっていることでも、あえて他の人に言われると、思った以上に気に障ると言う事を、レナートはこの時、身に染みて感じたのだった。

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