62 / 95
思わぬ歓迎
しおりを挟む
その日の放課後、邸へ戻るいつもの馬車には、少し緊張気味のヴィスタが、背筋を伸ばし畏まって座っていた。目の前には、にこにこと微笑むエステルダが、少しでも気を楽にしてもらおうと、話題を見つけては一生懸命に話しかけていた。
(ヴィスタ様・・・、いつもの笑顔が消えてますのね。とても緊張されていて見ているこちらも辛いところですが・・・、真顔で外の景色を眺める憂いを帯びた眼差しが、最高に素敵ですわ・・・。なんて美しい横顔・・・ああ、鼻血出そう。)
エステルダは、勇気づける意味を込めて自分の手を伸ばすと、ヴィスタの手の上にそっと重ねた。
「そんなに心配されなくても大丈夫ですわ。理由は分かりませんが、反対しているのは父だけです。その父は、きっと顔を出さないと思いますので、どうか、お気を楽にしてくださいな。母は、お二人に会うのをとても楽しみにしていますのよ?昨日も、お二人にお出しするお菓子を一人で長い時間をかけて悩んでおりましたわ。」
なんとか心配を取り除こうと、あれもこれもと話しかけるエステルダは、自分でも気付かないうちにヴィスタの両手をしっかり包み込んでおり、今やヴィスタよりも心配しているように見える。そんなエステルダの優しさに目を細めたヴィスタは、「ありがとう。」と、優しく微笑むと、その手を口元へ持ってゆき、そっと感謝の口付けを捧げた。
一方、ロゼット公爵家へ向かうもう一台の馬車の中では、心配そうに様子を伺うレナートの膝の上で、大切に抱え込まれた真っ青な顔のアリッサがピクリとも動かず石像のように固まっていたのだった。
ロゼット公爵家に着いたアリッサとヴィスタは、着いて早々、これは住んでいる世界が違うと、大き過ぎる立派なお屋敷に目を瞠りながら、場違いな場所に来てしまったことを後悔していた。
「ヴィスタ・・・あの石像の馬、羽が生えてる。 ユニコーンよ。」
「うん、ペガサス。・・・言うと思ったよ。」
「乗ったら怒られるかしら・・・。」
「やめて。」
「ヴィスタ、噴水よ。大きいわね・・・。」
「ああ。うちにあるのは畑だものね・・・。」
「まるでお城みたいね。使用人、何人いるのかしら・・・。あの花瓶、倒して割ったら、きっと死ぬまでただ働きだわ・・・。ヴィスタ、私、怖い。歩いてでもいいから、もう帰りたい。」
「姉さん、泣かない・・・。」
しかし、そんな気後れした二人とは逆に、迎え入れてくれたロゼット公爵夫人を始め使用人達の歓迎ぶりは驚く程に熱烈で、夫人は二人の姿を見るなり挨拶も忘れ、両手を広げて抱擁しようと駆け寄り、エステルダとレナートに止められていたし、なぜか二人の姿を一目見ようと、あちこちから顔を覗かせた使用人が、頬を染めてうっとりと目を細めているのがやたらと視界の隅に入って来た。
実は、彼らは毎日のように父親の説得を試みるレナートとエステルダを陰ながら応援しているメイドや使用人達であった。それもこれも、彼らの間で噂される身分違いの純粋な恋物語が、様々な尾ひれを付けながら邸内を泳ぎ回った結果であった。
使用人達の間では、叶わぬ恋に立ち向かうレナートとエステルダを応援する者が日増しに増えていた。しかも、星飾りのお祭で護衛にあたった騎士によって、二人の祖父が国の英雄ロックナートだと知らされた上に、美しい桃色の髪に緑の瞳が印象的な稀にみる美男美女の姉弟であることが追加されると、その噂はまるで夢物語のように使用人達を魅了し、結婚後はレナートとエステルダ、どちらの家に誰が仕えるだの、桃色頭の赤ちゃんのお世話を誰がするのかなど、無駄な揉め事をおこしたりするほど、アリッサとヴィスタの邸内での人気は凄まじいものになっていた。
そんなことなど露ほども知らないアリッサとヴィスタは、案内された美しい庭園で、見たこともないほどの豪華なお茶菓子を前に畏まって座っていた。
ニコニコと可愛らしく微笑むロゼット公爵夫人にお茶とお菓子を勧められるが、さすがにアリッサもヴィスタも緊張しすぎてピクリとも動けなかった。しかし、そんな二人とは逆にどこか嬉しそうなレナートは、甲斐甲斐しくお菓子を取り分け、アリッサに寄り添いながら、手ずから食べさせようとして、彼女を困らせていたし、全く喜びを隠せないエステルダに至っては、ヴィスタの椅子と自分の椅子をピッタリとくっ付けて、彼をうっとりと見上げながら、その手を握って離さなかった。
そんな見たこともない娘と息子の様子を見た夫人は、可笑しそうに口に手を当ててクスクスと笑っていた。
「貴方達、我が家に招待できて嬉しいのは分かりますが、もう少し自分の気持ちを抑えなさいな。アリッサさんとヴィスタさんのお顔が困り果てていますわよ?」
その言葉にアリッサとヴィスタは、眉根を下げて困ったように笑うしかなかった。
「お二人の髪のお色は、お母様と一緒ですわね。そして、瞳はお父様のお色。もう何年もお会いしていませんが、わたくしね、ご両親には何度かご挨拶させていただいていますのよ。初めてお二人を拝見した時は、その美しさに誰もが目を見張ったものですわ。貴方達は、当時のお父様とお母様に本当によく似ていらっしゃる。そして、ロックナート様にも・・・。おじい様はお元気でいらっしゃいますか?」
「祖父をご存知なのですか?」
(ヴィスタ様・・・、いつもの笑顔が消えてますのね。とても緊張されていて見ているこちらも辛いところですが・・・、真顔で外の景色を眺める憂いを帯びた眼差しが、最高に素敵ですわ・・・。なんて美しい横顔・・・ああ、鼻血出そう。)
エステルダは、勇気づける意味を込めて自分の手を伸ばすと、ヴィスタの手の上にそっと重ねた。
「そんなに心配されなくても大丈夫ですわ。理由は分かりませんが、反対しているのは父だけです。その父は、きっと顔を出さないと思いますので、どうか、お気を楽にしてくださいな。母は、お二人に会うのをとても楽しみにしていますのよ?昨日も、お二人にお出しするお菓子を一人で長い時間をかけて悩んでおりましたわ。」
なんとか心配を取り除こうと、あれもこれもと話しかけるエステルダは、自分でも気付かないうちにヴィスタの両手をしっかり包み込んでおり、今やヴィスタよりも心配しているように見える。そんなエステルダの優しさに目を細めたヴィスタは、「ありがとう。」と、優しく微笑むと、その手を口元へ持ってゆき、そっと感謝の口付けを捧げた。
一方、ロゼット公爵家へ向かうもう一台の馬車の中では、心配そうに様子を伺うレナートの膝の上で、大切に抱え込まれた真っ青な顔のアリッサがピクリとも動かず石像のように固まっていたのだった。
ロゼット公爵家に着いたアリッサとヴィスタは、着いて早々、これは住んでいる世界が違うと、大き過ぎる立派なお屋敷に目を瞠りながら、場違いな場所に来てしまったことを後悔していた。
「ヴィスタ・・・あの石像の馬、羽が生えてる。 ユニコーンよ。」
「うん、ペガサス。・・・言うと思ったよ。」
「乗ったら怒られるかしら・・・。」
「やめて。」
「ヴィスタ、噴水よ。大きいわね・・・。」
「ああ。うちにあるのは畑だものね・・・。」
「まるでお城みたいね。使用人、何人いるのかしら・・・。あの花瓶、倒して割ったら、きっと死ぬまでただ働きだわ・・・。ヴィスタ、私、怖い。歩いてでもいいから、もう帰りたい。」
「姉さん、泣かない・・・。」
しかし、そんな気後れした二人とは逆に、迎え入れてくれたロゼット公爵夫人を始め使用人達の歓迎ぶりは驚く程に熱烈で、夫人は二人の姿を見るなり挨拶も忘れ、両手を広げて抱擁しようと駆け寄り、エステルダとレナートに止められていたし、なぜか二人の姿を一目見ようと、あちこちから顔を覗かせた使用人が、頬を染めてうっとりと目を細めているのがやたらと視界の隅に入って来た。
実は、彼らは毎日のように父親の説得を試みるレナートとエステルダを陰ながら応援しているメイドや使用人達であった。それもこれも、彼らの間で噂される身分違いの純粋な恋物語が、様々な尾ひれを付けながら邸内を泳ぎ回った結果であった。
使用人達の間では、叶わぬ恋に立ち向かうレナートとエステルダを応援する者が日増しに増えていた。しかも、星飾りのお祭で護衛にあたった騎士によって、二人の祖父が国の英雄ロックナートだと知らされた上に、美しい桃色の髪に緑の瞳が印象的な稀にみる美男美女の姉弟であることが追加されると、その噂はまるで夢物語のように使用人達を魅了し、結婚後はレナートとエステルダ、どちらの家に誰が仕えるだの、桃色頭の赤ちゃんのお世話を誰がするのかなど、無駄な揉め事をおこしたりするほど、アリッサとヴィスタの邸内での人気は凄まじいものになっていた。
そんなことなど露ほども知らないアリッサとヴィスタは、案内された美しい庭園で、見たこともないほどの豪華なお茶菓子を前に畏まって座っていた。
ニコニコと可愛らしく微笑むロゼット公爵夫人にお茶とお菓子を勧められるが、さすがにアリッサもヴィスタも緊張しすぎてピクリとも動けなかった。しかし、そんな二人とは逆にどこか嬉しそうなレナートは、甲斐甲斐しくお菓子を取り分け、アリッサに寄り添いながら、手ずから食べさせようとして、彼女を困らせていたし、全く喜びを隠せないエステルダに至っては、ヴィスタの椅子と自分の椅子をピッタリとくっ付けて、彼をうっとりと見上げながら、その手を握って離さなかった。
そんな見たこともない娘と息子の様子を見た夫人は、可笑しそうに口に手を当ててクスクスと笑っていた。
「貴方達、我が家に招待できて嬉しいのは分かりますが、もう少し自分の気持ちを抑えなさいな。アリッサさんとヴィスタさんのお顔が困り果てていますわよ?」
その言葉にアリッサとヴィスタは、眉根を下げて困ったように笑うしかなかった。
「お二人の髪のお色は、お母様と一緒ですわね。そして、瞳はお父様のお色。もう何年もお会いしていませんが、わたくしね、ご両親には何度かご挨拶させていただいていますのよ。初めてお二人を拝見した時は、その美しさに誰もが目を見張ったものですわ。貴方達は、当時のお父様とお母様に本当によく似ていらっしゃる。そして、ロックナート様にも・・・。おじい様はお元気でいらっしゃいますか?」
「祖父をご存知なのですか?」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
大嫌いな令嬢
緑谷めい
恋愛
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。
純潔の寵姫と傀儡の騎士
四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。
世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?
ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。
当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める……
と思っていたのに…!??
狼獣人×ウサギ獣人。
※安心のR15仕様。
-----
主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる