青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

文字の大きさ
上 下
59 / 95

だから好きになってしまう

しおりを挟む
 肩を落とし重い足取りでレナートのもとへ向かうアリッサの背中を、複雑な気持ちで見送ったヴィスタは、落ち着かない気持ちを静める為に放課後のカフェに向かった。
熱いお茶を前にして静かに目を閉じたヴィスタは、星飾りのお祭りを思い出していた。

(やはりあの時に、彼らとは距離を置くべきだったのかもしれない・・・。)

 自分達はずっと、名前だけの貴族であった。もしかしたら自分は、その貴族としての最後の思い出が欲しかったのかもしれない。
恐らく自分達が貴族でいられるのも、この学園にいる間だけだろうことは、アリッサもヴィスタもとっくに覚悟はしていた。それが過ぎれば、こうしてレナートやエステルダの姿を見ることすら難しくなるだろう。

幼い頃より互いに支え合って来た姉の想いを、例え少しの間だったとしても叶えてあげたい。そして、それはヴィスタ自身にも当てはまることであった。一切の打算なく素直な愛情を与えてくれるあの令嬢の想いに、自分も真剣に応えたいと思ってしまったのだ・・・。しかし、こうなってしまった今、あの時の甘い判断を強く後悔する自分がいる。

現にアリッサは、レナートから離れなくてはいけない悲しみに、ずっと一人で耐えていた。いくら支えたくても自分はアリッサに拒まれてしまい、何の役にも立たなかった。ハーロンが助けてくれなければ、今もアリッサは一人で泣いていたのかもしれない。そう思うと、自分の無力さを痛感すると共に、この先、エステルダにも自分の姉と同じ思いをさせてしまうことが、ヴィスタの心を更に苦しめるのだった。

 大きく深呼吸をしたヴィスタが、そっと目を開けると、カフェに入って来るエステルダの姿が目に入って来た。独りで来たエステルダは、ヴィスタの姿を見つけるなり嬉しそうに顔をほころばせ足早に近付いて来た。

「ヴィスタ様、偶然ですわね!ご一緒してもよろしいですか?」

そして、優しく微笑むヴィスタの顔を見て、赤くなった頬に手を当ててもじもじしている。

(かわいいな・・・。)

ヴィスタがエステルダを席に座らせ、彼女の飲み物を取りに行っただけで、綺麗な青い瞳を見開いて驚いたようにこちらを凝視している。

(公爵家のお嬢様が、こんなことくらいであんなに驚いて。)

「どうぞ。」と、ヴィスタが、紅茶と一緒にクッキーを差し出しただけで、エステルダの顔は零れんばかりの笑顔だ。

こうしたちょっとした男性からの親切や気遣いに、あまりにも慣れていない様子のエステルダを見た時、よく他の令嬢がやっている自分を良く見せる為の演技なのかと疑った。しかし、優しくすればするほど、暑くもないのに、やたらとハンカチで汗を拭いていたり、恥ずかしい程に顔を赤らめたり、目ん玉が飛び出るかと思うくらい驚いている姿に、ヴィスタは自分の目を疑った。

そして、これは演技では無理だな。と、直ぐに答えが出てしまうのだった。ちなみに、レナートに同じことをされても表情に変化がないどころか、お礼すら言わない。

どうやらエステルダは、身内以外の男性に大切に扱われて来なかったことが見て取れるのだった。
それが分かってからは、自分が何かする度に喜びを隠せないエステルダを見ながら、もっと喜ばせたい、もっと甘やかしたいと強く思うようになってしまった。


「今、アリッサ様は、レナートと話をしていますわ。」

つい先ほどまで、幸せいっぱいを全身で表していたエステルダだったが、その言葉と共に一瞬で姉の顔に変わっていた。ヴィスタは、こんな時のエステルダをいつも姉のアリッサと重ねて見ていた。

「はい。そうみたいですね・・・。」

「場所はきっと避雷針の・・・、あの塔ですわ。あんな薄気味悪い場所で二人きりなんて・・・。わたくし、先ほどアリッサ様に言いましたの。レナートが暴走したらぶん殴るのですよ!って。」

得意気に話すエステルダを前に、ヴィスタは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

「ぶん殴る?」

「ええ、アリッサ様ならレナートごとき余裕でしょうから。」

ね? と、小首を傾げて笑っているエステルダは、たまにこうして公爵令嬢の皮を脱ぐ時がある。常に気品に溢れた美しい所作は周りの人間を魅了するけれど、たまに飛び出る暴言においては、女盗賊もビックリだろう。
ヴィスタは笑いを堪えて、その塔の話を詳しく聞いた。

「あの塔を建てたのは、我がロゼット公爵家なのです。昔からうちの使用人が、定期的に訪れて塔を管理しているのですが、どうも最近になってアリッサ様と二人になる為に、レナートが塔の鍵を使用人からこっそり借りているようなのです。」

我が弟ながら、なんていやらしい!!と、エステルダは眉をしかめてテーブルの上を睨んでいるが、ヴィスタは、自分の姉の心配よりも、レナートに怒っているエステルダを見ている方が面白かったし、こっそり動いているつもりのレナートが、やることなすこと全て姉に見透かされていることに、とても興味が湧いた。

「ははっ、姉は心配いりませんよ。」

軽く笑顔を見せるヴィスタを見て、ムッとしたエステルダは表情を更に厳しくした。

「何を悠長なことを言っているのです!!アリッサ様がいくらお強くても、レナートはあれでも男ですわ!!何かあったらどうするのです!!ただでさえ、アリッサ様はレナートに弱いというのに・・・。アリッサ様の唯一の弱点は、レナートですわよ!?」

「ですが、それを拒むのも受け入れるのも姉のアリッサです。強すぎる姉を力だけで押さえ込むのは、いくらレナートさんでも無理でしょう。ですから、何があったとしてもそれは姉の同意のもとなのです。」

(たとえ、その後に泣くことになったとしても、それも大好きだったレナートさんとの一つの思い出になるのだろうし・・・。)

先ほどから自分達二人は、何の話をしているのだろうと、ふと冷静になるヴィスタだったが、エステルダが本当の家族のようにアリッサの心配をしてくれていることで、ヴィスタの心配は半分になり、随分と気持ちに余裕ができたように感じた。現に、つい先ほどまで後悔していたエステルダ達との関係を、今では、逆らえない運命のように感じている自分がいるのだから。

(結局、エステルダ様もレナートさんも、とても魅力的な人なんだろうな・・・。だから何度諦めようと思っても心を持って行かれてしまう。)

「ヴィスタ様、そろそろ外で待ちませんか?」

(そして、やっぱりこの人は、僕と一緒に姉さんを待ってくれるんだ・・・。)

「ヴィスタ様・・・、あの、手を、繋いでも・・・いいですか?」

(ふっ、別に勝手に触れていいのに。姉さんが落ち込んでからは僕に触れることにも、一々確認してくる。彼女なりに気を遣ってくれているんだな・・・。)

「さあ、参りましょう!!もし、アリッサ様がレナートに泣かされていましたら、私がレナートをぶっ飛ばしてあげますわ!!」

(ほら、だからこうして、また君を好きになってしまう・・・。)

ヴィスタの手を引き、嬉しそうに前を歩くエステルダのうしろ姿は、常に人をひきつけ自信に満ち溢れている。ヴィスタは、そんな彼女を見る度に、根拠のない頼もしさと安心感を覚えるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...