青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

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素直に「はい」と言いなさい

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「分かりました。もういいです。」

「・・・・・。」

それはまるで、深く息を吐き出すような諦めの言葉であった。アリッサは、こうして自分の気持ちを終わらせる為にレナートに会いに来た。なのに、どうしてしまったのだろう・・・。

背後から自分の体に回された彼の腕から、アリッサは未練がましく自分の手を離せないでいる。涙を見せたくなくて、急いでレナートに背を向けたと言うのに、次々と溢れてくる涙が勝手に彼の袖に落ちて行ってしまう。

(離したくない・・・。)

レナートの服に染み込んで行く涙を見ながら、アリッサは自分の情けなさに胸が詰まる思いだった。

だがこの後、思いもよらないレナートの言葉によって、それまでの惨めな気持ちに終止符が打たれることとなった。



「貴女にはもう聞きません。私が教えます。」

「・・・え?」

「・・・アリッサが笑顔になれない理由は、アリッサが今、泣いている理由は、私に好意があるからです。アリッサは、私のことが好きなんです。」

「あ・・・・。」

「アリッサ、ちゃんと返事をしてください。」

戸惑うアリッサを、レナートはくるりと回して自分の方に向かせた。そして、真剣な面持ちで詰め寄った。

「私の目を見て、ちゃんと答えるのです。ほら、素直に「はい。」と、言えばいいのです。」

「レナート様・・・ですが、私では―――」

「アリッサ、貴女の正直な気持ちを聞いているのです。貴女は私を愛していますね?」

「そんな・・・でも・・・言って・・・いいのですか?」

助けを求めるようにレナートを見つめると、まるで懇願しているような情けない顔の彼が何度も頷いた。それを見たアリッサは、今までずっと我慢していたレナートへの想いが溢れて止まらなくなるのを感じた。

「レナート様が、好きです。」

その言葉を聞くなり、レナートは力強くアリッサを抱きしめた。

「寂しかったです。辛かったです。レナート様が好きです。大好きです。私はレナート様が・・・」

「愛しています、アリッサ。私はもう貴女しか愛せない。」

きつく抱きしめていた手を緩めると、レナートはアリッサの顔を上げ、その唇に口付けした。

「アリッサ、アリッサ。ああ、ずっとこうしたかった。私のアリッサ。」

何度も繰り返されるレナートの口付けは、唇から頬に、頬からこめかみに、顔中に落とされてゆく。

「婚約はしません。私は、アリッサ以外の女性と一緒になるつもりなどありません。」

それはアリッサにとって、とても嬉しい言葉だった。しかし、いくらお互い思い合っていたとしても、自分達の置かれた状況が変わるわけではない。自分達の気持ちで事が解決するほど世の中は甘くはない。
アリッサは、急に現実に戻されたように俯くと、自分の首筋に口付けているレナートの肩をゆっくり押した。

「私はレナート様が好きです。それは、間違いなく私の正直な気持ちです。ですが、私は貴方とはつり合わない・・・。やはり私では公爵家のレナート様と一緒になることは無理なのです・・・。」

「アリッサ!」

レナートの鋭い瞳がアリッサを射貫くように見据えた。そして、乱暴にアリッサの両手をひとまとめにして掴むと、もう片方の手でアリッサの頭を押さえ、まるで噛みつくように大きな口を開けてアリッサの唇を奪った。突然のことに驚くアリッサになどお構いなしに自分の舌をねじ込んできたレナートは、アリッサの呼吸もろとも奪うように荒々しい口付けを続けた。

「あの男となら将来の夢が見れるからですか?」

「ふっ・・・く・・・」

「私とは目も合わせてくれなかったのに、あの男とは楽しそうに笑っていましたね。」

「レナート・・・さ・・・。」

「あいつを私の代わりにしようとしたのか!?」

どうなんですか?と、言ったレナートは、今度はアリッサの首筋に顔を埋め舌を這わせた。

長い口付けから解放されたアリッサは、直ぐに違うと否定したかったが、呼吸もままならない状態で、はあ、はあ、と、息を整えているとチクッっとした痛みが首筋に走った。

「貴女は私のものです。誰にも渡さない。」

はぁ、と、息を荒げたレナートが、また首筋に吸い付いた。

「んっ・・・、レナート様!!」

アリッサが、体をのけ反らせて抵抗しようとすると、レナートの腕の力は更に強まり、今度はアリッサの制服のボタンを外しだした。気付けば、はだけた胸元からアリッサの下着が見えていた。それを呼吸を荒くしたレナートが、凝視しているのだ。

「レナート様!!」

「アリッサ、貴女があの男を選ぶと言うなら・・・、私はあの男を殺します。」

温和で優しいレナートの青い瞳が、仄暗く気味の悪い光を宿していた。

「ころ・・・え!?そ、んな冗談は・・・」

「冗談に聞こえますか?」

慄然とした表情を浮かべ固まっているアリッサに、レナートは、寒気のするような冷酷な笑みを浮かべた。

「アリッサを私から奪おうとする者は、皆、消えてもらいます。」

レナートは、アリッサの胸元に顔を埋め舌を這わせながら、何度も強く吸い付いた。
真っ白なアリッサ胸元に、たくさんの赤い花が散りばめられたのを恍惚とした表情で見下ろしたレナートは、最後にアリッサの唇に優しい口付けをすると、幸せそうに微笑んだ。

「もう、私以外の男に関心を向けてはいけませんよ?貴女を失うくらいなら、私は殺人鬼にもなれるようですから。」

自分でも知りませんでしたが・・・。と、呆れたように話すレナートを前に、いくつもの感情に翻弄されながら、アリッサは呆然とレナートを見つめていた。

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