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ハーロンの秘密の場所
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教室から出て来たアリッサを呼び止めたはいいが、その生気を失ったような青白い顔を見るなり、これは自分がどうにかできるものではないと悟ったエステルダは、安易に話しかけてしまったことを後悔した。
「あのっ、アリッサ様。レナートのことですけれど・・・。」
彼女も気まずいであろうに、それでも自分を心配して話しかけてくれたエステルダの気持ちが、アリッサにはとても嬉しかった。しかし、今のアリッサにはエステルダと話をする心の余裕など、どこにもない。下手に同情などされたものなら、声を出して泣いてしまう恐れもあった。アリッサは眉を下げると、情けない顔で精一杯の笑顔を作った。それしかできなかった。エステルダの顔を見ただけで今のアリッサは、もう声を出すことも出来なくなってしまっていたのだから・・・。
「・・・アリッサ様。」
今にも泣きそうな笑顔に、さすがのエステルダも何も言えなくなってしまった。
そうして、しばし無言で見つめ合った後、アリッサは瞳を伏せて立ち去ってしまった。
そんな二人を、少し離れた場所からじっと見ていたレナートの青い瞳は、「アリッサ・・・。」という呟きと共に、苦しげに揺れているのだった。
このまま寮に帰ったなら、今度はヴィスタに捕まるような気がしてしまい、少し考えたアリッサは、ハーロンの教室に向かった。
誰にも会いたくないと話すと、ハーロンはアリッサを連れて学園の屋上に向かった。
話しには聞いていたけれど、初めての屋上にアリッサの気持ちは少し元気を取り戻した。
「ハーロン、すごい!!学園の周りが一望できるのね。 凄い解放感だわ!!」
景色を見ながら屋上をあちこち歩いていると、遠くの馬車乗り場には、帰りの生徒達を待つ馬車が列をなして待っていた。放課後の鍛練に向かう騎士科の生徒達が、談笑しながら歩いている姿も見られる。園庭を走っている運動部の生徒もいるし、帰宅途中の生徒の姿もまばらに見える。だが、なにより驚いたのは、遠くの山々が紅葉で色付き、息を飲む程美しいことだった。
アリッサは、どっかりと地面に座り込んでいるハーロンの隣に座ると、目を瞬かせて嬉しそうな顔をした。
「ここ、いい場所ね!」
「ああ、秘密の場所だ。」
「ハーロンしか知らない場所なの?」
「ははっ、そんな訳ないだろう。だけど、たまに来てもあまり他の人には会わないな。」
「そっか、ねえ、私もたまに来てもいい?」
「いいに決まってるだろ。」
「そうじゃなくて、ハーロンが一人になりたい時に、間の悪い私がここに来てもいいの?ってこと。」
「ああ、そういう意味ね。ははっ、お前やヴィスタなら俺は何も文句はないよ。」
そう言ったハーロンは、笑いながら短く整えられた黒髪をガシガシと掻いた。
その後、地べたに座り込み二人は景色を堪能した。頭の中を空っぽにして、ふと、何か思い出したらどちらともなくぽつりぽつりと会話をした。本当はハーロンもレナートの事を聞きたかったのだろうが、彼が話しかけてくる内容は、昔の思い出話だったり、妹のナターシャの我儘話だったりと、ついアリッサが笑ってしまうようなものばかりだった。
こういったハーロンのお兄さんらしい責任感と大きな器に、過去、アリッサもヴィスタも随分と救われてきた。確かに運動能力はアリッサの方が上だったが、一つしか違わないはずのハーロンの方が精神面ではずっと頼りになった。
「やっぱりハーロンは頼りになるお兄さんだね。」
苦しかった南の砦での生活を思い出して、アリッサがしみじみと言った。
「ははっ、当たり前だ。お前たちは手のかかる俺の弟と妹だからな。 ・・・だから、アリッサ、辛い時は俺に頼れ。」
俺は長男だからな!と、豪快に笑うハーロンの大きな黒い瞳があまりにも優しくて、アリッサの瞳には涙が滲んでしまうのだった。
陽が落ちてきて、ようやく二人は腰を上げた。
すると、階下へ降りる階段の先に、騎士科の鍛練を終えたままの姿で、レナートがこちらを見ながら立っていた。
何か言いたそうにじっとアリッサを見つめるレナートだったが、視線が合うどころか、強張ったアリッサの顔を目にするなり、胸が強く痛むのを感じた。お互い無言のまま通り過ぎるのかと思った時、レナートがアリッサの名前を呼んだ。
しかし、アリッサはレナートを見ずに、軽く頭を下げると、そのまま通り過ぎて行くのだった。
「いいのか?」
アリッサの前を歩くハーロンが、何でもないことのように前を向いたまま尋ねると、アリッサもまた、何でもないことのように前を向いたまま答えた。
「誰も悪くないの。ただ、今はまだ、お互いに笑えないだけ。早く祝福できるようになりたいんだけど・・・いつになるかしらね・・・。」
「・・・大丈夫か?」
「うん・・・。」
「困ったことがあれば、俺に言えよ。」
「うん。」
アリッサの声が涙でくぐもっていることにハーロンは気付いていたが、何も知らない振りをして、二人で長い廊下を歩き続けた。
後に一人残されたレナートは、遠ざかるアリッサの後姿を見ながら呆然と立ち尽くしていた。アリッサもヴィスタも、誰一人としてレナートを責める者はいない。
自分の意思ではない。かならず何とかするから待っていてほしい。様々な言い訳や決意をいくら胸に秘めていても、アリッサはそれを知ろうとはしない。それは、自分から離れる準備をしているように思えて、レナートは大きな不安に胸を抉られているような気持ちになった。
エステルダの声が蘇る。
「もたもたしていると、アリッサ様は居なくなります。」
「あのっ、アリッサ様。レナートのことですけれど・・・。」
彼女も気まずいであろうに、それでも自分を心配して話しかけてくれたエステルダの気持ちが、アリッサにはとても嬉しかった。しかし、今のアリッサにはエステルダと話をする心の余裕など、どこにもない。下手に同情などされたものなら、声を出して泣いてしまう恐れもあった。アリッサは眉を下げると、情けない顔で精一杯の笑顔を作った。それしかできなかった。エステルダの顔を見ただけで今のアリッサは、もう声を出すことも出来なくなってしまっていたのだから・・・。
「・・・アリッサ様。」
今にも泣きそうな笑顔に、さすがのエステルダも何も言えなくなってしまった。
そうして、しばし無言で見つめ合った後、アリッサは瞳を伏せて立ち去ってしまった。
そんな二人を、少し離れた場所からじっと見ていたレナートの青い瞳は、「アリッサ・・・。」という呟きと共に、苦しげに揺れているのだった。
このまま寮に帰ったなら、今度はヴィスタに捕まるような気がしてしまい、少し考えたアリッサは、ハーロンの教室に向かった。
誰にも会いたくないと話すと、ハーロンはアリッサを連れて学園の屋上に向かった。
話しには聞いていたけれど、初めての屋上にアリッサの気持ちは少し元気を取り戻した。
「ハーロン、すごい!!学園の周りが一望できるのね。 凄い解放感だわ!!」
景色を見ながら屋上をあちこち歩いていると、遠くの馬車乗り場には、帰りの生徒達を待つ馬車が列をなして待っていた。放課後の鍛練に向かう騎士科の生徒達が、談笑しながら歩いている姿も見られる。園庭を走っている運動部の生徒もいるし、帰宅途中の生徒の姿もまばらに見える。だが、なにより驚いたのは、遠くの山々が紅葉で色付き、息を飲む程美しいことだった。
アリッサは、どっかりと地面に座り込んでいるハーロンの隣に座ると、目を瞬かせて嬉しそうな顔をした。
「ここ、いい場所ね!」
「ああ、秘密の場所だ。」
「ハーロンしか知らない場所なの?」
「ははっ、そんな訳ないだろう。だけど、たまに来てもあまり他の人には会わないな。」
「そっか、ねえ、私もたまに来てもいい?」
「いいに決まってるだろ。」
「そうじゃなくて、ハーロンが一人になりたい時に、間の悪い私がここに来てもいいの?ってこと。」
「ああ、そういう意味ね。ははっ、お前やヴィスタなら俺は何も文句はないよ。」
そう言ったハーロンは、笑いながら短く整えられた黒髪をガシガシと掻いた。
その後、地べたに座り込み二人は景色を堪能した。頭の中を空っぽにして、ふと、何か思い出したらどちらともなくぽつりぽつりと会話をした。本当はハーロンもレナートの事を聞きたかったのだろうが、彼が話しかけてくる内容は、昔の思い出話だったり、妹のナターシャの我儘話だったりと、ついアリッサが笑ってしまうようなものばかりだった。
こういったハーロンのお兄さんらしい責任感と大きな器に、過去、アリッサもヴィスタも随分と救われてきた。確かに運動能力はアリッサの方が上だったが、一つしか違わないはずのハーロンの方が精神面ではずっと頼りになった。
「やっぱりハーロンは頼りになるお兄さんだね。」
苦しかった南の砦での生活を思い出して、アリッサがしみじみと言った。
「ははっ、当たり前だ。お前たちは手のかかる俺の弟と妹だからな。 ・・・だから、アリッサ、辛い時は俺に頼れ。」
俺は長男だからな!と、豪快に笑うハーロンの大きな黒い瞳があまりにも優しくて、アリッサの瞳には涙が滲んでしまうのだった。
陽が落ちてきて、ようやく二人は腰を上げた。
すると、階下へ降りる階段の先に、騎士科の鍛練を終えたままの姿で、レナートがこちらを見ながら立っていた。
何か言いたそうにじっとアリッサを見つめるレナートだったが、視線が合うどころか、強張ったアリッサの顔を目にするなり、胸が強く痛むのを感じた。お互い無言のまま通り過ぎるのかと思った時、レナートがアリッサの名前を呼んだ。
しかし、アリッサはレナートを見ずに、軽く頭を下げると、そのまま通り過ぎて行くのだった。
「いいのか?」
アリッサの前を歩くハーロンが、何でもないことのように前を向いたまま尋ねると、アリッサもまた、何でもないことのように前を向いたまま答えた。
「誰も悪くないの。ただ、今はまだ、お互いに笑えないだけ。早く祝福できるようになりたいんだけど・・・いつになるかしらね・・・。」
「・・・大丈夫か?」
「うん・・・。」
「困ったことがあれば、俺に言えよ。」
「うん。」
アリッサの声が涙でくぐもっていることにハーロンは気付いていたが、何も知らない振りをして、二人で長い廊下を歩き続けた。
後に一人残されたレナートは、遠ざかるアリッサの後姿を見ながら呆然と立ち尽くしていた。アリッサもヴィスタも、誰一人としてレナートを責める者はいない。
自分の意思ではない。かならず何とかするから待っていてほしい。様々な言い訳や決意をいくら胸に秘めていても、アリッサはそれを知ろうとはしない。それは、自分から離れる準備をしているように思えて、レナートは大きな不安に胸を抉られているような気持ちになった。
エステルダの声が蘇る。
「もたもたしていると、アリッサ様は居なくなります。」
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