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可愛らしい人です

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泣きすぎて赤くなったエステルダの目元にハンカチを当てながら、ヴィスタは話しかけた。

「エステルダ様、誤解ですからもう泣かないでください。彼らとは、本当に兄と妹のような関係なのです。子供の頃、南の砦で僕らは一緒に暮らしていました。僕達は、普通の従兄妹ではなく、共に生き抜くためのチームであり家族なのです。この桃色の髪と彼らの黒い髪。そして黒い瞳も。僕達は、自分の身を守る為に祖父に鍛えられたのもあるんです。星飾りのお祭りで、姉が捕まったのがいい例です。 他にも従兄妹は何人かいますが、祖父のもとに修行に出されたのは、僕達四人だけなのです。」

それを聞いたエステルダは、何処か一点を見つめたまま、しばし固まっていたが、あることに気が付くなり、ぱっとヴィスタと目を合わせた。

「それって・・・人身売買を意識されてのことですの・・・?」

エステルダの怯えた声に、ヴィスタは無言で頷いた。

「人身売買もそうですが、政治的にも僕達には利用価値があるのでしょう。アクセサリー代わりに自分の側に仕えさせたり、他国との交渉に使うのもいい。ご存知の通り僕達の髪や瞳の色を好む貴族は多いですから。 もちろん、欲しがるのは貴族だけではないでしょう。誰だって特殊な生き物を見つけたら捕まえて飼ってみたいと思いますからね・・・。ですから、いつ狙われるか分からない僕達は、自分の身は自分で守らなければならなかったのです。どんな権力者でも、強すぎる熊をペットにしようとは思わないでしょうからね。」

酷い言葉の数々に、エステルダは両手を口元に当ててフルフルと首を振っていたし、レナートの腕には、つい力が入り過ぎてしまい、抱きしめられているアリッサが、「うっ!」と、苦しそうに呻いていた。

「レナートさん、姉さんが剣の相手をするのは、ハーロンだけではないんです。 ナターシャも、そして、もちろん僕の相手もしてくれています。姉さんが定期的に僕達の腕がなまっていないか、実際に剣の相手をして確認してくれるのです。南の砦を離れても、僕達には守ってくれる者などおりませんから。」

「でしたら、騎士になればもっと強くなれますし―――」

「姉上。 騎士とは国に忠誠を誓う者のことです。」

「あ・・・。」

「はい。何の後ろ盾もない我らが騎士になったところで、身の危険が増すだけなのです。」

「ですが・・・他にも何か身を守る方法が―――」

「エステルダ様、ありがとうございます。ですが、ご心配はりません。もう僕達は全てを受け入れていますから。」

「・・・・・。」

自分の力のなさを思い知ったエステルダが、俯いて言葉を失ってしまうと、ヴィスタは再び話を続けた。

「これで、僕達とハーロン、ナターシャの関係を分かっていただけましたか?お二人が心配されることではありません。」

「では、ではなぜヴィスタ様は、わたくしへの態度を変えたのですか?ナターシャ様が理由でないなら、わたくしが何かヴィスタ様に不快な思いをさせたのでしょうか!?」

その時、レナートに抱きしめられているアリッサが、もぞもぞと顔を上げて彼を見上げると、小さな声で、「席を外しましょう。」と、伝えて来た。すると、レナートはそのままアリッサを抱き上げると、「わっ!?」 と驚きの声を上げているアリッサを抱えたまま、「私達は席を外します。」と言って、ドアから出て行ったのだった。

呆然と二人を見送ったエステルダの前では、ヴィスタが、ふっと笑顔を見せていた。

 二人が出て行くと教室の中には静寂が訪れた。話に集中しすぎたせいか、教室内に真っ赤な夕日が差し込んで、ヴィスタの桃色の髪がまるで朱色に変わったように見えていた。

「ヴィスタ様は、お綺麗です。いつもたくさんのご令嬢がヴィスタ様に見惚れています。その上、いつも優しく微笑んでいらっしゃいます。頭も良くて、同年代とは思えないほど落ち着いていて物腰も柔らかです。ですからわたくしは、いつもいつも気が気ではなくて、先ほどのようにヴィスタ様から特別と言っていただきましても、自分にはどうしても自信が持てないでいます。最近のわたくしは、心配に苛まれ、常にヴィスタ様を見張っていないと気持ちが落ち着かなくなってしまいました・・・。」

両手で顔を押さえながら、心の内を吐き出したエステルダをじっと見つめていたヴィスタは、立ち上がるとエステルダの方へ手を差し伸べた。そして、エステルダをその場に立たせると彼女をふわりと抱きしめた。

「貴女は本当に・・・。 そんなに素直に心の中を見せられてしまったら、僕は何も隠し事ができなくなります。こんな僕にだって、見栄やプライドが多少なりともあるんですよ?ですが、貴女と話していると、全部を話さなくてはいけない空気に持っていかれる。 ふっ・・・、エステルダ様、貴女は本当に可愛らしい人ですね。」

「えっ!?」

ヴィスタに抱きしめられて、頬を染めていたエステルダが、目をまん丸にしてヴィスタを見上げた。

「は!? 今、なんと?・・・あの、今、」

「聞こえませんでしたか?貴女は可愛らしい人ですって言ったんですよ?」

「えっ!?」

今までの人生、優秀だの、品があるだの、責任感があるだのと、貴族の令嬢としての誉め言葉は多々聞いてきたが、可愛らしいなどという、か弱い女の子をイメージするような言葉を使われたのは、大人になって初めてのことである。ヴィスタには申し訳ないが、あまりにも自分とかけ離れた聞き慣れない言葉に、エステルダは、どうにも信じることができないのである。
上目遣いでぽかんと口を開けているエステルダを見て、やっぱり可愛らしいと思ったヴィスタは、抱きしめる腕に力を入れるとエステルダの耳元に口を寄せ、そっと囁いた。

「貴女はとても美しく、とても気高い。そして・・・とても素直で可愛らしい。」

「そ、そんなこと・・・今まで一度も言われたことがありませんわ。ヴィスタ様、わたくしをからかっておいでですの?わたくしは、決して可愛らしいなどと言われる女ではございません。」

頬を染め、つっかえながらも早口で捲し立てるエステルダであったが、ふと、動きを止めると、何かに気付いたようにヴィスタを見上げた。

「あっ・・・、わかりましたわ。さては、そうやって話をすり替える作戦ですのね。・・・そうですか、やはりわたくしを可愛らしいなどと思う人など居るはずがありませんものね・・・。」

「え? 何故そこは素直に聞き入れないのですか?」

目を丸くしたヴィスタは、腕の力を緩めると、珍しく眉間に深い皺を寄せてエステルダを見下ろした。

「ああ、そう言うことですか。」

そう言うと、今度は困ったように笑って彼女を軽く睨んだ。

「ほらね? そうやって貴女は上手に僕の本心を言わせようとするんです。・・・分かりましたよ。どうしても僕がそっけない態度をとった理由が知りたいんですね。・・・困ったな・・・あまり情けない姿は見せたくないんだけどな・・・。」

ブツブツと何か言っているヴィスタに対し、そんなつもりはなかったのに・・・と、しょんぼりと俯いていたエステルダであったが、理由を知りたいのは事実だったので、肩を落としながらも、チラリと彼を見上げた。

それに気付いたヴィスタは、眉を下げて笑みを零すと、エステルダの頭を優しく撫でた。
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