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これは夢だと忘れないように

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 大好きなヴィスタに手を差し出されて、顔を赤らめながら、もじもじとしていたエステルダだったが、「あっ!!」と、小さく呟くと、何かを思い出したかのように四つの星をかき集めた。

「大変です!これを、街の中に飾らなくてはいけませんわ。」

そう言うなり目の前のヴィスタに、願い事を書いた星を慌てて返した。そして、甘くとろけているレナートとアリッサの所に行くと、レナートの腕をバシバシと叩いている。

「レナート!!大変です!!星を飾るのを忘れていますわ!!」

「ちょ、やめてください。姉上、い、今じゃなくてもいいではありませんか!少し空気をよんでください!!」

アリッサを抱え込んで、岩のように動かないレナートの腕を、エステルダは容赦なく叩いている。

「なりません!!街の子供達に教わったではありませんか!首から外して願いを吊るせと。帰る時まで決して外すなと。願いが叶わなかったらどうするのですか!? レナートとアリッサ様はそれでいいのですか!?」

「ですが、先ほど姉上は、願いを叶えるのは星じゃないと―――」

「おだまりなさい!!もし、星が叶えてくれるなら、それに越したことはないのです!!世の中には言葉では説明できない不思議なこともあるものなのですよ!?
さあ、わかったのなら、さっさとアリッサ様を離して星を飾りますわよ!!」

レナートが、腕の力を緩めるのを見たエステルダは、その太い腕をアリッサから引き離した。中から真っ赤な顔のアリッサが、これまた雷の時と同じように、瀕死の状態でヨロヨロ現れたが、そんなことはお構いなしに、エステルダは星を二人の手に握らせると、「行くわよ!!」と、先陣を切って歩き出すのだった。

そんなエステルダを見て、ヴィスタは目を細めて笑っていた。

(本当に彼女はどこまでも気高く、どこまでも頼もしい。姉さんと二人揃ったら、それこそ無敵だろうな・・・。)

この、普通じゃない強さを持つ二人の女性を前にすると、これが本当に意味のない時間ではなくなる日が来るのかもしれないと、つい夢を見てしまいそうになる。
自分は決して厳しい現実から目を逸らしたわけではないけれど、少しでも可能性があるのなら、それにかけてみるくらい良いのかもしれない。エステルダの言うように、本当にその時が来るまで、それがほんの少しの時間だったとしても、彼女の言う通り現実に立ち向かってみるのもいいのかもしれない。
エステルダの言葉には、ヴィスタの頑な心を解きほぐす、そんな力が宿っているように感じた。


 それぞれが好きな場所に星を吊るしている間、アリッサを終始熱く見つめるレナートは、その手を決して離さないように、きつく握り締めていた。一方、ヴィスタとエステルダは、和やかに会話を楽しみ、スマートなヴィスタのエスコートにエステルダの胸はときめきっぱなしであった。

「私は、もう少しアリッサと二人で居たいのですが、姉上は、もう邸に帰りますか?」

まだまだ熱の冷めないレナートは、アリッサと二人になりたくて、エステルダとヴィスタを先に返そうとしたけれど、寮の門限があると言ってヴィスタはそれを断った。
しかし、どうしてもアリッサと二人の時間を過ごしたいレナートが馬車で送ると言うと、それもヴィスタによってあっさりと断られるのだった。

「では、私が乗って来た馬車でアリッサを寮まで送ります。ヴィスタ殿は姉上の馬車に乗ってください。」

「いえ、寮までそんなに遠くないので、僕と姉さんは歩いて帰ります。お気遣いありがとうございます。」

「し、しかし、護衛も付けずに夜道を歩くなど危険すぎます!」

「いえ、ですから、僕達に護衛など必要ないのです。」

「うっ・・・・。」

「レナート・・・。アリッサ様は、護衛よりお強いわ・・・。」

「・・・・・・。」

子リスのように可愛らしいアリッサの顔を見つめたレナートは、複雑そうな顔をすると、渋々その手を離したのだった。




 祭りの帰り道、アリッサとヴィスタの周りには気まずい空気が流れていた。

「星に・・・エステルダ様のことをお願いしたのね・・・。」

「ああ・・・うん。」

二人は、お互いに顔を背けて歩いていた。

「好き・・・だったの?」

「どうだろう・・・。自分でもよく分からないけど、気になってはいたのかも・・・。」

「あれだけあからさまな好意を行動で示されたら、やっぱり気になってしまうのかもね・・・。 ふふっ、でも、思った以上に素直なお嬢様よね。」

アリッサの言葉に対し、そうだね、と言ったヴィスタの頬がほんのり赤くなっているように見えたけれど、本人が顔を背けたままなので、アリッサもそれ以上ジロジロと観察することはしなかった。

「素直なのは、レナートさんも同じだよ。 二人は、外見はともかく、本当によく似ている。レナートさんは、もっと落ち着いた感じの人だと思っていたけど、姉さんに対してだけは随分と情熱的に変わるものだね。」

そう言われてアリッサの顔も赤く染まったが、その後に訪れた少しの沈黙には幸せ以外の感情が含まれていた。

「二人共、自分の気持ちにとても正直に生きているよね。」

「ええ。私達とは、何もかも違うわね・・・。」

学園の敷地内に入ると、アリッサが歩みを止めてじっとヴィスタを見つめていた。

「姉さん?」

「ヴィスタ、私達、どうしたらいいかな・・・。」

「・・・叶うはずなんてなかった気持ちが相手に受け入れられた今、姉さんは本当に自分から背を向けることができるの?」

アリッサは、ヴィスタと視線を合わせながら、唇をきゅっと引き結ぶと、目を閉じて静かに首を振った。

「じゃあ、少しだけ・・・、いつ失ってしまうか分からないけど。・・・姉さん、学園にいる間の少しの時間だけ、僕達も夢を見てみようか・・・。」

「・・・決して夢だということを忘れないように気を付けながら?」

「うん。夢から覚めた時、直ぐに現実に戻って来れるように気を付けながら。」

「できるかしら・・・。」

とても切ないアリッサの呟きが、ヴィスタの胸にも悲しみとして迫ってくるようだった。
一瞬、眉をしかめたヴィスタだったが、直ぐにいつもの笑顔を作ると、真っすぐにアリッサと視線を合わせた。

「大丈夫。姉さんには僕がいる。そして、僕にも姉さんがいてくれる。また二人で泣こう。今までだってそうしてきたじゃないか。」

いつものことだよと、笑顔を見せるヴィスタだったが、アリッサの目には、ヴィスタの作られた笑顔がいつだって泣いているように見えて胸が痛くなるのだった。
まるで泣いているような笑顔を見つめていたアリッサは、大切な弟に弱気な姿を見せすぎたと反省した。

「そうね!私達なら大丈夫ね! うん、なんとかなる!大丈夫、大丈夫、だって私達は」

「強い?」

「ふふっ、そう!! 私達は強い!!」

「そうだね。どんな辛い毎日にも耐えてきたしね。」

「情けない顔なんてしてたら、じい様に叱られてしまうわ。」

「鬼だからなぁ・・・・。」

「うん。鬼だわ。」

そうして二人は、月に照らされたお互いの顔を見合わせて、声を上げて笑うのだった。
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