青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

文字の大きさ
上 下
34 / 95

お嬢様の威圧

しおりを挟む
 一方、広場の街灯の下では、一人ベンチに座るアリッサが、子供のように足をブラブラさせながら、夜空を見上げていた。

(これで長年の叶わぬ恋も終わったのね・・・。あーあ・・・最後くらい可愛らしい女の子でいたかったなぁ。よりにもよって、こんな終わり方だなんて。本当にタイミングの悪い事だわね。)

「ふふふ、だけどレナート様は、私の想像通りの優しい王子様だったわ・・・。」

「そうでもないよ。」

アリッサの小さな独り言に返事をしたヴィスタが、足音も立てずに静かに近づいて来た。アリッサの隣に腰かけると、不服そうに目を細めている姉に、苦笑いを返しながらその長い足を組んだ。

「もう、忘れなよ。」

「あはは・・・そうね、もう忘れようかな。・・・でも、いい思い出になったわ。」

「ふーん・・・そう。 だけど・・・どうしてレナートさんの前で、あんなに悪ぶったの? 姉さんらしくないよね。」

そもそも、アリッサの運動神経は普通ではない。そのスピードとしなやかな動きに、殆どの人間は付いて行くこともできないのだ。なので、才能を認められたアリッサだけは、祖父であるロックナートからの剣術だけではなく、祖父と共に砦を守っていた名のある師匠から武術まで教わっていたのだ。そんなアリッサが、弱い相手を前に、くだらないおしゃべりなどするはずはない。あれは、明らかにレナートに聞かせていたのだ。

ヴィスタから視線を逸らしたアリッサは、また夜空を見上げた。そうして、両足を先ほどと同じようにパタパタ振りながら困ったように笑った。

「どうしてかしらねぇ・・・。どうして私は、大好きなレナート様に意地悪したくなったのかしら・・・。」

「意地悪?」

「うん。意地悪したくなったの・・・。嫌われたかったのかしら。それとも、長年の気持ちを断ち切りたかった?もしくは、裕福な人への嫉妬。どこまでもお貴族様だった彼らへの憎しみ・・・。どれが正解なのかしらね・・・。それとも、ただ単に終わりにしたかったのかな・・・。」

「ははっ、甘えるな!!って、言いたかったの?」

「ふふっ、どうだろう・・・。」

空を見上げているアリッサは、満面の笑みを浮かべて笑っていたが、その頬には一筋の涙の痕が残っていた。

「姉さん、願い事書かない?」

するとヴィスタは、首にぶら下がっている星を外した。ポケットからペンを一本出すと、アリッサに背を向けて何やら書き始めた。

「ほら、姉さんも。」

そうね、と言ったアリッサもペンを受け取り、ヴィスタと同じようにくるりと背を向けると、星を外して願い事を書いた。

「ヴィスタはなんて書いたの?」

「ははっ、そんなの秘密に決まってるよ。それに、どうせ姉さんだって教えてくれないんでしょう?」

「当たり前じゃない!!」

そして二人は、顔を見合わせて笑った。

「わたくし達も書きますわ。」

そこに、遠くから大きな声を張り上げて現れたのは、まさかのエステルダであった。

お嬢様とは思えぬ速さでツカツカと足音を立てて近寄ってきたエステルダは、後ろから駆け足でやって来たレナートに向かって 「遅い!!」 と、𠮟りつけている。

「わたくしにもペンを貸してくださいませ。」

何故ここにエステルダ様が?と、目を丸くしているアリッサとヴィスタに向かってエステルダは、ペンを貸せと手を出してきた。アリッサが驚きながらもペンを渡すと、くるりと背を向けた彼女は、さらさらと星に願い事を書き始めた。

エステルダが願い事を書いている間、誰も言葉を発しなかったが、後から現れたレナートの瞳は、じっとアリッサを見つめており、ひと時も目を逸らすことはなかった。そんなレナートの熱い視線に戸惑いを隠せなくなってしまったアリッサが、助けを求めるようにヴィスタの方に顔を向けたが、ヴィスタは真剣な面持ちでエステルダを見ているのだった。

書き終わったエステルダが、「貴方もお書きなさい!」と、命令するかのようにペンをレナートに押し付けると、レナートはアリッサから視線を逸らすことなくそのペンを受け取った。そんなレナートだったが、エステルダに早くしろと急かされると、渋々アリッサから視線を逸らし、急いで願い事を書き始めた。

「では、皆さま書き終えたようですので、このベンチの上で一斉に見せ合いましょう。」

「えっ!?みっ、見せるって!?」

「は?・・・え?」

「あ、姉上?」

エステルダの強引な誘導に、三人がそれぞれ驚いた様子を見せた。

「姉上、いきなり何を言い出すのですか。」

「いや、あの、エステルダ様!それはちょっと無理で―――」

「おだまりなさいっ!!わたくしに歯向かうつもりですか!? ロゼット公爵家のこのわたくしに!! 貴方達、勘違いしてはいけません。願いを叶えるのは星などではありません。わたくし達は、星が願いを叶えてくれるなどと、そんなおとぎ話を信じる年齢はとうに過ぎております。いいですか!?願いは自分で叶えるものなのです。その為には、皆さまの願いを拝見する必要があるのです。さあ、いいからお出しなさい!!公爵家、しかも長女であるこのわたくしの命令ですわ!!」

エステルダの意味のわからない力説と、大きな権力を振りかざした猛烈な威圧を受けて、三人は言う事を聞くしかない状況に追い込まれていった。その時、たじろぐ三人の一瞬をついてエステルダは大声を出した。

「行きますわよっ!! せーのっ!!」

三人はエステルダの勢いに押されて、願い事を書いた星をベンチの上に置いた。
そして、その四枚の星には、見事にそこにいる四人の名前が書かれていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

再会した彼は予想外のポジションへ登りつめていた【完結済】

高瀬 八鳳
恋愛
お読み下さりありがとうございます。本編10話、外伝7話で完結しました。頂いた感想、本当に嬉しく拝見しました。本当に有難うございます。どうぞ宜しくお願いいたします。 死ぬ間際、サラディナーサの目の前にあらわれた可愛らしい少年。ひとりぼっちで死にたくない彼女は、少年にしばらく一緒にいてほしいと頼んだ。彼との穏やかな時間に癒されながらも、最後まで自身の理不尽な人生に怒りを捨てきれなかったサラディナーサ。 気がつくと赤児として生まれ変わっていた。彼女は、前世での悔恨を払拭しようと、勉学に励み、女性の地位向上に励む。 そして、とある会場で出会った一人の男性。彼は、前世で私の最後の時に付き添ってくれたあの天使かもしれない。そうだとすれば、私は彼にどうやって恩を返せばいいのかしら……。 彼は、予想外に変容していた。 ※ 重く悲しい描写や残酷な表現が出てくるかもしれません。辛い気持ちの描写等が苦手な方にはおすすめできませんのでご注意ください。女性にとって不快な場面もあります。 小説家になろう さん、カクヨム さん等他サイトにも重複投稿しております。 この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。 表紙画のみAIで生成したものを使っています。

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

処理中です...