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お嬢様の威圧
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一方、広場の街灯の下では、一人ベンチに座るアリッサが、子供のように足をブラブラさせながら、夜空を見上げていた。
(これで長年の叶わぬ恋も終わったのね・・・。あーあ・・・最後くらい可愛らしい女の子でいたかったなぁ。よりにもよって、こんな終わり方だなんて。本当にタイミングの悪い事だわね。)
「ふふふ、だけどレナート様は、私の想像通りの優しい王子様だったわ・・・。」
「そうでもないよ。」
アリッサの小さな独り言に返事をしたヴィスタが、足音も立てずに静かに近づいて来た。アリッサの隣に腰かけると、不服そうに目を細めている姉に、苦笑いを返しながらその長い足を組んだ。
「もう、忘れなよ。」
「あはは・・・そうね、もう忘れようかな。・・・でも、いい思い出になったわ。」
「ふーん・・・そう。 だけど・・・どうしてレナートさんの前で、あんなに悪ぶったの? 姉さんらしくないよね。」
そもそも、アリッサの運動神経は普通ではない。そのスピードとしなやかな動きに、殆どの人間は付いて行くこともできないのだ。なので、才能を認められたアリッサだけは、祖父であるロックナートからの剣術だけではなく、祖父と共に砦を守っていた名のある師匠から武術まで教わっていたのだ。そんなアリッサが、弱い相手を前に、くだらないおしゃべりなどするはずはない。あれは、明らかにレナートに聞かせていたのだ。
ヴィスタから視線を逸らしたアリッサは、また夜空を見上げた。そうして、両足を先ほどと同じようにパタパタ振りながら困ったように笑った。
「どうしてかしらねぇ・・・。どうして私は、大好きなレナート様に意地悪したくなったのかしら・・・。」
「意地悪?」
「うん。意地悪したくなったの・・・。嫌われたかったのかしら。それとも、長年の気持ちを断ち切りたかった?もしくは、裕福な人への嫉妬。どこまでもお貴族様だった彼らへの憎しみ・・・。どれが正解なのかしらね・・・。それとも、ただ単に終わりにしたかったのかな・・・。」
「ははっ、甘えるな!!って、言いたかったの?」
「ふふっ、どうだろう・・・。」
空を見上げているアリッサは、満面の笑みを浮かべて笑っていたが、その頬には一筋の涙の痕が残っていた。
「姉さん、願い事書かない?」
するとヴィスタは、首にぶら下がっている星を外した。ポケットからペンを一本出すと、アリッサに背を向けて何やら書き始めた。
「ほら、姉さんも。」
そうね、と言ったアリッサもペンを受け取り、ヴィスタと同じようにくるりと背を向けると、星を外して願い事を書いた。
「ヴィスタはなんて書いたの?」
「ははっ、そんなの秘密に決まってるよ。それに、どうせ姉さんだって教えてくれないんでしょう?」
「当たり前じゃない!!」
そして二人は、顔を見合わせて笑った。
「わたくし達も書きますわ。」
そこに、遠くから大きな声を張り上げて現れたのは、まさかのエステルダであった。
お嬢様とは思えぬ速さでツカツカと足音を立てて近寄ってきたエステルダは、後ろから駆け足でやって来たレナートに向かって 「遅い!!」 と、𠮟りつけている。
「わたくしにもペンを貸してくださいませ。」
何故ここにエステルダ様が?と、目を丸くしているアリッサとヴィスタに向かってエステルダは、ペンを貸せと手を出してきた。アリッサが驚きながらもペンを渡すと、くるりと背を向けた彼女は、さらさらと星に願い事を書き始めた。
エステルダが願い事を書いている間、誰も言葉を発しなかったが、後から現れたレナートの瞳は、じっとアリッサを見つめており、ひと時も目を逸らすことはなかった。そんなレナートの熱い視線に戸惑いを隠せなくなってしまったアリッサが、助けを求めるようにヴィスタの方に顔を向けたが、ヴィスタは真剣な面持ちでエステルダを見ているのだった。
書き終わったエステルダが、「貴方もお書きなさい!」と、命令するかのようにペンをレナートに押し付けると、レナートはアリッサから視線を逸らすことなくそのペンを受け取った。そんなレナートだったが、エステルダに早くしろと急かされると、渋々アリッサから視線を逸らし、急いで願い事を書き始めた。
「では、皆さま書き終えたようですので、このベンチの上で一斉に見せ合いましょう。」
「えっ!?みっ、見せるって!?」
「は?・・・え?」
「あ、姉上?」
エステルダの強引な誘導に、三人がそれぞれ驚いた様子を見せた。
「姉上、いきなり何を言い出すのですか。」
「いや、あの、エステルダ様!それはちょっと無理で―――」
「おだまりなさいっ!!わたくしに歯向かうつもりですか!? ロゼット公爵家のこのわたくしに!! 貴方達、勘違いしてはいけません。願いを叶えるのは星などではありません。わたくし達は、星が願いを叶えてくれるなどと、そんなおとぎ話を信じる年齢はとうに過ぎております。いいですか!?願いは自分で叶えるものなのです。その為には、皆さまの願いを拝見する必要があるのです。さあ、いいからお出しなさい!!公爵家、しかも長女であるこのわたくしの命令ですわ!!」
エステルダの意味のわからない力説と、大きな権力を振りかざした猛烈な威圧を受けて、三人は言う事を聞くしかない状況に追い込まれていった。その時、たじろぐ三人の一瞬をついてエステルダは大声を出した。
「行きますわよっ!! せーのっ!!」
三人はエステルダの勢いに押されて、願い事を書いた星をベンチの上に置いた。
そして、その四枚の星には、見事にそこにいる四人の名前が書かれていたのだった。
(これで長年の叶わぬ恋も終わったのね・・・。あーあ・・・最後くらい可愛らしい女の子でいたかったなぁ。よりにもよって、こんな終わり方だなんて。本当にタイミングの悪い事だわね。)
「ふふふ、だけどレナート様は、私の想像通りの優しい王子様だったわ・・・。」
「そうでもないよ。」
アリッサの小さな独り言に返事をしたヴィスタが、足音も立てずに静かに近づいて来た。アリッサの隣に腰かけると、不服そうに目を細めている姉に、苦笑いを返しながらその長い足を組んだ。
「もう、忘れなよ。」
「あはは・・・そうね、もう忘れようかな。・・・でも、いい思い出になったわ。」
「ふーん・・・そう。 だけど・・・どうしてレナートさんの前で、あんなに悪ぶったの? 姉さんらしくないよね。」
そもそも、アリッサの運動神経は普通ではない。そのスピードとしなやかな動きに、殆どの人間は付いて行くこともできないのだ。なので、才能を認められたアリッサだけは、祖父であるロックナートからの剣術だけではなく、祖父と共に砦を守っていた名のある師匠から武術まで教わっていたのだ。そんなアリッサが、弱い相手を前に、くだらないおしゃべりなどするはずはない。あれは、明らかにレナートに聞かせていたのだ。
ヴィスタから視線を逸らしたアリッサは、また夜空を見上げた。そうして、両足を先ほどと同じようにパタパタ振りながら困ったように笑った。
「どうしてかしらねぇ・・・。どうして私は、大好きなレナート様に意地悪したくなったのかしら・・・。」
「意地悪?」
「うん。意地悪したくなったの・・・。嫌われたかったのかしら。それとも、長年の気持ちを断ち切りたかった?もしくは、裕福な人への嫉妬。どこまでもお貴族様だった彼らへの憎しみ・・・。どれが正解なのかしらね・・・。それとも、ただ単に終わりにしたかったのかな・・・。」
「ははっ、甘えるな!!って、言いたかったの?」
「ふふっ、どうだろう・・・。」
空を見上げているアリッサは、満面の笑みを浮かべて笑っていたが、その頬には一筋の涙の痕が残っていた。
「姉さん、願い事書かない?」
するとヴィスタは、首にぶら下がっている星を外した。ポケットからペンを一本出すと、アリッサに背を向けて何やら書き始めた。
「ほら、姉さんも。」
そうね、と言ったアリッサもペンを受け取り、ヴィスタと同じようにくるりと背を向けると、星を外して願い事を書いた。
「ヴィスタはなんて書いたの?」
「ははっ、そんなの秘密に決まってるよ。それに、どうせ姉さんだって教えてくれないんでしょう?」
「当たり前じゃない!!」
そして二人は、顔を見合わせて笑った。
「わたくし達も書きますわ。」
そこに、遠くから大きな声を張り上げて現れたのは、まさかのエステルダであった。
お嬢様とは思えぬ速さでツカツカと足音を立てて近寄ってきたエステルダは、後ろから駆け足でやって来たレナートに向かって 「遅い!!」 と、𠮟りつけている。
「わたくしにもペンを貸してくださいませ。」
何故ここにエステルダ様が?と、目を丸くしているアリッサとヴィスタに向かってエステルダは、ペンを貸せと手を出してきた。アリッサが驚きながらもペンを渡すと、くるりと背を向けた彼女は、さらさらと星に願い事を書き始めた。
エステルダが願い事を書いている間、誰も言葉を発しなかったが、後から現れたレナートの瞳は、じっとアリッサを見つめており、ひと時も目を逸らすことはなかった。そんなレナートの熱い視線に戸惑いを隠せなくなってしまったアリッサが、助けを求めるようにヴィスタの方に顔を向けたが、ヴィスタは真剣な面持ちでエステルダを見ているのだった。
書き終わったエステルダが、「貴方もお書きなさい!」と、命令するかのようにペンをレナートに押し付けると、レナートはアリッサから視線を逸らすことなくそのペンを受け取った。そんなレナートだったが、エステルダに早くしろと急かされると、渋々アリッサから視線を逸らし、急いで願い事を書き始めた。
「では、皆さま書き終えたようですので、このベンチの上で一斉に見せ合いましょう。」
「えっ!?みっ、見せるって!?」
「は?・・・え?」
「あ、姉上?」
エステルダの強引な誘導に、三人がそれぞれ驚いた様子を見せた。
「姉上、いきなり何を言い出すのですか。」
「いや、あの、エステルダ様!それはちょっと無理で―――」
「おだまりなさいっ!!わたくしに歯向かうつもりですか!? ロゼット公爵家のこのわたくしに!! 貴方達、勘違いしてはいけません。願いを叶えるのは星などではありません。わたくし達は、星が願いを叶えてくれるなどと、そんなおとぎ話を信じる年齢はとうに過ぎております。いいですか!?願いは自分で叶えるものなのです。その為には、皆さまの願いを拝見する必要があるのです。さあ、いいからお出しなさい!!公爵家、しかも長女であるこのわたくしの命令ですわ!!」
エステルダの意味のわからない力説と、大きな権力を振りかざした猛烈な威圧を受けて、三人は言う事を聞くしかない状況に追い込まれていった。その時、たじろぐ三人の一瞬をついてエステルダは大声を出した。
「行きますわよっ!! せーのっ!!」
三人はエステルダの勢いに押されて、願い事を書いた星をベンチの上に置いた。
そして、その四枚の星には、見事にそこにいる四人の名前が書かれていたのだった。
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