青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

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ヴィスタの拒絶

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「だから、姉は強いと言ったのです。」

 青ざめながら、アリッサの立ち去った方を呆然と見ていたレナートの背後から、ヴィスタの冷たい声が聞こえた。
振り返らないレナートに向かい、ヴィスタは呆れたように話し続けた。

「僕達の祖父は、ロックナートです。貴方も騎士を志す者なら、その名前がどれほどの意味を持つかご存知ですよね?」

「は?ロックナートですって!?」

ヴィスタの後ろから、エステルダの驚いている声が聞こえた。

「はい、ロックナートです。ご存知かもしれませんが、祖父は平民でした。先の大戦で王家から賜った爵位は子爵。・・・そうです、ナーザス子爵家です。しかし祖父は、ナーザス子爵家を直ぐに自分の息子夫婦に継がせると、そのまま南の砦を守る任務に就きました。それ以来、祖父はずっと南の砦を守っています。そのせいもあり、英雄ロックナートの得た爵位は、世間に浸透しませんでした。」

ここまで話したところで、エステルダの護衛が数人の騎士を連れて来た。この間、アリッサを襲った男達は、誰一人目を覚ますことはなかった。男達が縛られている様子を見ながらヴィスタは話を続けた。

「僕が五歳の時です。僕は、姉と一緒に祖父がいる南の砦に預けられました。」

それを聞いたレナートは、先ほどのアリッサの言葉を思い出した。

「毎日、毎日。来る日も、来る日も―――」

(脱走して砂漠で捕まった・・・。五歳の子供・・・。)

「今思えば、祖父にも父にも分かっていたのかもしれませんね。王家から賜ったあの領地には未来がないという事を・・・。だから、僕達は徹底的に強さを叩き込まれた。生まれた時から、僕達が貴族で居られる期間は既に決まっていたようなものなんですから。」

エステルダが、「なぜ、そんな・・・。」と、堪えきれない声を漏らした。今にも泣いてしまいそうなエステルダに、眉を下げて「過ぎた事です。」と伝えたヴィスタだったが、未だ背中を向けているレナートへの視線は冷たく、その声も低く感情はこもっていなかった。

「僕達は、強くなるしか生きる道はなかったんです。」

「・・・・・・。」

「もう、姉に近付くのはやめてください。」

「っ!!」

レナートの肩がピクリと動いたが、ヴィスタはそのまま話続けた。

「弟として、貴方には感謝しています。貴方のお陰で少しの間でしたけれど、姉は夢を見ることができましたから。貴方から頂いたリボンが、姉にどれだけの力を与えてくれたかわかりません。どんな環境にいても、貴方のことを想う間だけは、姉は普通の女の子になれたのです。

ですが姉はもう、夢を望んではいません。今の僕達には、夢を見ている暇など残されてはいないのです。ですから・・・僕達には、これ以上関わらないでください。」

最後の言葉を口にしたヴィスタの瞳は、隣で青い顔をして立ち尽くしているエステルダにも向けられていた。

恐る恐るヴィスタの顔を見たエステルダは、あまりにも冷酷な彼の表情に息を飲んだ。いつだって優しく微笑んでいる彼が、ここまで感情を表に出すことは珍しい。その冷たい瞳からは、確実に自分達に対する嫌悪感が読み取れるのであった。そしてそれは、レナートにだけ向けられている感情ではない。
話の内容から嫌な予感はしていたが、ここまではっきり拒まれたことにエステルダは大きなショックを受けた。

青い瞳を揺らしながら、ヴィスタに追いすがるような視線を送り、自分の聞き間違いを願ったエステルダだったが、残念なことに視線を逸らしたヴィスタが、その後エステルダを見ることはなかった。それは、ヴィスタからの完全な拒絶を意味しており、エステルダの僅かな期待を打ち砕くものでもあった。

拳を握ったレナートの手が小刻みに震えているのを冷たい瞳で見ていたヴィスタだったが、レナートが最後まで背を向けたまま、一言も声を出さないことに軽く失望を感じていた。

(たいした覚悟もないのに安易に僕達に近付いてくるなんて、所詮は貴族のお坊ちゃまってことか。)

目の前の男になど、何の期待もしていなかったはずなのに、実際はこうして何も出来ない彼を見て失望を感じてしまうのだ。ヴィスタは、我ながら自分の甘さに嫌気がさすのを感じた。そして、これ以上は時間の無駄と判断したヴィスタは、さっさと、この意味のない関係を終わらせようと思った。

「僕は、姉を追いますのでここで失礼させていただきます。」

「ヴィスタ様!!」

立ち去ろうとするヴィスタの背に向かい、慌ててエステルダが声をかけたが、ヴィスタは振り返ることなく歩き出してしまった。

彼が立ち去る際、エステルダの耳にはヴィスタの拒絶の声が届いた。

「これ以上のお戯れは、ご勘弁ください。」

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