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心配される喜び

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「エステルダ様、今日はレナートさんと一緒ではないのですか?」

ヴィスタのさり気ない問いかけに、一瞬、体をピクリと跳ねさせたアリッサとは別に、それまでご機嫌で魚料理を堪能していたエステルダの眉間に少しの皺が寄った。

「レナート?ああ、あの腰抜けの弟ですわね。わたくし、本日は一緒ではありませんの。なにぶんアレは情けないほどの腰抜けですからね。ヴィスタ様が、アレのことなど気になさる必要はございませんわ。アリッサ様も、あのような腰抜けのことなど早くお忘れになった方がよろしいですわよ?」

どうしたことか、今日のエステルダは弟に対して随分と厳しい。

「えー・・・と、喧嘩でもされたんですか?」

何度も腰抜けを連呼して口から棘を吐きまくっているエステルダに向かって、ヴィスタは引き攣った笑みを浮かべて尋ねてみたが、

「あのような腰抜けは、全てを失った後で、めそめそと女々しく泣いていればよいのです。」

と、エステルダは更に腰抜けを追加するのだった。しかし、彼女が毒を吐きながらも、チラリと冷たい視線をヴィスタの背後へ向けたので、その視線に気付いたヴィスタは、ああ・・・、と納得できた。
それは、少し離れた場所で自分達と同じ物を食べ歩きしている大柄の金髪男を視界に捉えたからだった。

さすがのアリッサとヴィスタでも、これだけの人間の中から殺気を持たないレナートの気配を感じることはできなかった。たまたまヴィスタは、エステルダの視線によって街の人間に成りすましたレナートを見つけることができたが、二人の前を歩くアリッサは、まだ気付いていないようだった。

レナートは、よほど自分の変装に自信を持っているのか、隠れることもなく一定の距離を保ちながら三人の跡をつけていたが、眩しい金髪碧眼の大男がどんな変装をしようと、知り合いが見れば、それは一目瞭然でレナートだとバレてしまうものだった。

しばらく三人で露店などを見て回った後に、アリッサが二人に気を使ったのか、少し一人で自由に見て回りたいと言い出した。

「アリッサ様、貴女は一体何をおっしゃいますの!?女の子が一人で街をあるくなんて信じられません。絶対駄目です!!しかも、今は夜ですのよ!?」

エステルダが、怒った様子でアリッサを𠮟りつけたが、アリッサもヴィスタもそんなエステルダを見て、まるで他人事のように笑うのだった。

「何が可笑しいのですか!! わたくしは何も間違っておりませんわ!!」

「エステルダ様、違います。私もヴィスタも、決して馬鹿にして笑ったわけではありません。」

「では、なぜです!? 何かわたくしを見て、面白いことでもおありですか!?」

二人の態度が気に入らなかったエステルダは、不愉快な気持ちをそのまま二人にぶつけるのだったが、それを見た二人は、またふわりと笑顔を見せたのだった。

「だから違いますって、エステルダ様、怒らないでください。私達は、貴女が怒ってくれたのが嬉しかったのです。」

「ははっ、僕たちはそうやって心配されることなど滅多にないですからね。特に姉さんは心配など必要ないくらい強いですから。」

ははは、と笑い合う二人に対し、エステルダは(何を訳の分からないことを言ってるのかしら!!)と、自分の額に青筋が浮かぶのを感じた。

「ふふっ、エステルダ様、ご心配頂きありがとうございます。ですが、本当に大丈夫ですから、私は少し離れますね! ヴィスタ、エステルダ様から決して離れては駄目よ!?後でまた合流しましょうね!」

では、と手を振るアリッサは、エステルダの止める声も聞かずに駆けだして行ってしまうのだった。

「ヴィスタ様、大変です!!アリッサ様を追わないと!!行きましょう!!」

そう言って、慌ててヴィスタの手を引くエステルダを逆に自分の方へ引き寄せたヴィスタは、そのままエステルダの肩を抱くと、耳元に口を寄せて、静かな声で大丈夫だと言った。

「姉さんは本当に強いんです。僕を信じてください。心配はいりませんから。」

ヴィスタに肩を抱かれ、驚きと戸惑いで顔を赤くしたエステルダだったが、その瞬間ふと、アリッサとの以前の会話を思い出した。

「私はハーロンに剣術は習っていません。なんなら、私が教える立場にあります―――私、強いんです!」

(えっ!? あれって・・・アリッサ様の冗談ですわよね?子猫のようなアリッサ様がお強いのは精神面とかでしょう?・・・でも、ヴィスタ様のこの落ち着きよう・・・。
え!? そんなことって本当にあるのですか!?)

口をパクパクするばかりで上手く言葉を伝えられないエステルダに、ヴィスタが優しく微笑んでいると、大きな足音を響かせたレナートが獰猛な虎のように走って来た。

「姉上っ!!何をやってるのですか!!早くアリッサを追わなくては!!」

次から次へと驚きっぱなしのエステルダだったが、焦っているレナートの顔を見ると、姉としての責任感なのか少し頭が冷えてゆくのを感じた。

「レナート、アリッサ様は大丈夫のようです・・・。」

「はっ!? 姉上、何を言っているのです!!」

「ですから、どうやら、アリッサ様はとてもお強いそうなのです。」

「え!?先ほどから何を言っているのか全く分かりません!!強いってなんですか!?そんな馬鹿な話に付き合っている暇などないのですよ!?ヴィスタ殿も、なぜそんな呑気に構えているのです!貴方達姉弟は、少し危機感が足りていないのではありませんか!?貴方の姉上がさらわれるかもしれないのですよ!?」

レナートは、早口でそう言うなり、一分一秒を惜しむかのようにアリッサが向かった方に走り出したのだった。
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