青き瞳に映るのは桃色の閃光

岬 空弥

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弟なりの想い

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「姉さん、大丈夫?」

 学園の寮にある食堂では、目を腫らしたアリッサを心配そうに見つめるヴィスタの姿があった。
目の前では、赤く腫れた重そうな瞼をしぱしぱさせているアリッサが、夕食のパンをちぎって口に運んでいる。

「食欲はあるみたいだね。」

多くを語らないアリッサに対し、安心したと呟くヴィスタも、ほっとした様子でスープを自分の口に持って行った。

「レナートさんと何かあったんでしょう?」

ヴィスタの言葉に、それまでもくもくと食べていたアリッサの手が止まった。

「どうして?・・・何か知っているの?」

「いいや、だけど、姉さんが心を乱す相手は彼しかいないでしょう?」

その言葉を聞いたアリッサは、目を大きく見開いた後、ふっと小さく笑った。

「ありがとう。ごめん、心配かけてしまったね。でも、大丈夫。自分の立場なんて、とっくの昔に理解しているつもりよ。今更夢なんて見ないわ。」

「姉さん、レナートさんに、なんて言われたの?」

まるで、今日の天気を聞いているかのような軽い調子の質問だったが、ヴィスタの瞳が不安げに揺れていることにアリッサは直ぐに気が付いた。そして、アリッサは安心させるように微笑んだ。

「私ね、好きだった人がレナート様で良かったわ。」



二人はこれまでたくさんの物を手放し、たくさんのことを諦めてきた。子供だった二人は南の砦を任されている祖父のもとへ何度も預けられ、朝から晩までみっちりと剣術を叩き込まれていた。

貴族のお嬢様なら、誰もが夢中になる本の中のお姫様や王子様に憧れることすら、アリッサには手の届かないことだったし、本当は体を動かすことよりも、本を読んだり絵を描いたりする方が好きだった物静かなヴィスタも、日々繰り返される辛い剣術の修行からは逃げることができなかった。

貧しい家に生まれた姉弟が生きてゆく為には、あまりにも限られた道しか残されていなかったのだ。

子供として普通の幸せを得られない毎日の中で、アリッサにとって唯一、眩しい光が差し込んだ日があった。ヴィスタは、その日のアリッサを決して忘れない。

「見て、ヴィスタ。真ん中に宝石が付いているの。凄いわ、とても綺麗・・・。こんなに美しい物があるなんて、私、知らなかったわ。」

頬を染めたアリッサが、うっとりと眺めていたのは、その小さな掌に載せられた深い緑色のリボンだった。いかにも高級そうなそのリボンの真ん中には、金の台座に乗った美しいサファイアが飾られていた。不思議そうな顔で見ているヴィスタに、アリッサはその日あったことを嬉しそうに話した。

「本当に王子様かと思ったわ。金の髪に青い瞳よ!?この宝石と同じ色なの・・・。とても立派な衣装を身に着けていてね、本当に優しそうに笑うのよ。あんな素敵な人って、本当にいるのね・・・。」

それまで、責任感の強いアリッサが弟の前で見せていた姿は、いつだって兄のように強く頼もしいものばかりだった。両親と離れて、砦を守る祖父や騎士達との厳しい生活の中でも、アリッサは決して弱音を吐かず、ヴィスタを支え続けていた。そのアリッサが初めて女の子の顔をしたのだ。

ヴィスタは、あの日のアリッサの顔を思い出す度、どうにか姉の気持ちを叶えてあげられないかと考えていた。
しかし、初めて相手との身分差を知った時、姉が彼との夢を抱かない理由も理解するしかなかったのだ。

 学園に入学して、初めてレナートの存在に気付いた時には、確かにアリッサの好きそうな外見だと思った。大きくがっしりとした男らしい体躯であったが、外見に反した柔らかい話し方や、彼の動作一つ一つが品を感じさせる。傍から見ていても公爵令息らしい高い知識と教養を垣間見ることができる人物だった。

残念だが、アリッサが諦めてしまうのも無理はないと思った。彼と自分達では住んでいる世界があまりにも違うのだ。ましてや自分の家は、あと数年もつかどうかのところまできている。

関わらない方がいい。これが、アリッサとヴィスタの出した答えだった。

しかし、ここにきてロゼット公爵家の姉弟が妙な動きをし始めた。元々、姉のエステルダが何かとアリッサに絡んでいたことは知っていた。この国では珍しい桃色の髪を気に入った高位貴族の令嬢や令息が、自分達姉弟を宝飾品の一つにでもと考えて近寄って来ていた。そんな人間の中に、どういう理由か第一王子であるアランド殿下が入っていたからだ。

彼女達が、アリッサにいくら嫌がらせをしたところで、心身共に強すぎる姉が傷つくことなどあるはずはない。どんな噂を立てられたところで数年後には貴族ですらなくなるかもしれない自分達が、今更くだらない噂ごときに心など乱されはしない。そんなこともあって、アリッサが何人もの令嬢に囲まれていても、ヴィスタも特に何も感じることはなかった。虐めの中心人物であるエステルダに関しても、

(姉さんの気持ちは、殿下などではなく、本当は貴女の弟にあるんだけどなぁ・・・。)

などと、今や誰に対してなのか分からない哀れみのような気持ちにすらなっていたのだ。

そんなエステルダの行動が突然変化したことは、アリッサだけではなく、ヴィスタも直ぐに気が付いた。宝石のような青い瞳をキラキラと輝かせ、アリッサの行動をコソコソと観察しているようだったが、その様子には、今までのような悪意は感じられない。

だが、そうして放っておいた結果、なんと、気付いた時には観察対象が自分に移っていたのだった。
それどころか、彼女の弟のレナートまでもが、アリッサの背中をこっそりと追っていたのだ。これにはさすがのヴィスタも何が起こっているのか理解ができないのであった。
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