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王宮のお茶会にて

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 その日のエステルダは、王宮の庭園にて定期的に行われる、アランド殿下とのお茶会に参加していた。アランド殿下を囲んで座っているのは、エステルダを始め、殿下の婚約者候補令嬢達である。美しく着飾った高位貴族の令嬢達は皆、殿下の話に耳を傾けながら、美しく微笑んでいた。

今までのエステルダだったなら、王宮でのお茶会と聞いた時点で、ドレスから宝飾品まで全てを新調し、眩しい程に飾り立てての登場だった。一点の乱れすら許さない完璧な装いは、他の令嬢になど決して引けを取るようなことはなかった。

そして、アランド殿下の声にすぐさま反応したかと思えば、大げさに褒め称え、他の令嬢が殿下に色目を使うようなことがあれば、意地悪く牽制することにも決して手を抜いたりはしない。
ロゼット公爵家の看板をフルに活用したエステルダは、他の者を寄せ付けない強さと気品を存分に発揮していたのだった。

しかし・・・、今日のエステルダは、まさかの制服姿だった。毎回、学園を早退してまで頑張ていたお茶会の準備を、今回エステルダは怠ったのだ。

理由は・・・そう。 面倒だったからだ。

制服姿で優雅にお茶を飲むエステルダは、いつものように美しく微笑んでいた。しかし、心の中では、先日読んだ恋愛小説を思い出して暇をつぶしていたのだった。

(アルフォンス・・・。貴方の気持ちも分からなくはありません。ですが、言葉が足りないのです。無口にもほどがあるのですよ。それではロザリーナに愛は伝わりません。せめて、もっと、こう、レナートのように熱い視線を・・・。 ああ、そう言えば、あれ以来、レナートのアリッサ様への愛が止まりませんね・・・。ですが、あんなに熱く見つめているというのに、アリッサ様ったら気付かない振りなんてして、全くもう!意地っ張りなんですから・・・。本当に手がかかるったら。)

普段とは違うエステルダの様子が気になるのか、アランド殿下を始め、他の令嬢達もチラチラと視線を向けているが、エステルダがそれに気付く様子はなかった。

「エステルダ様は、どう思われますか?」

一人のご令嬢が、意を決して話しかけてみたものの、エステルダは微笑みを崩すことなく、「ええ。」と、的外れな答えをする。それもそのはず、今のエステルダの頭の中には、ふわふわで柔らかそうな桃色の髪を風になびかせて「エステルダ様」と、甘く微笑んでいるヴィスタが脳内を占拠しているのだから・・・。

(ロゼット公爵令嬢様でもなく、ロゼット嬢、エステルダ嬢でもないの。くぅー・・・もうっ、ヴィスタ様ったら、いきなりエステルダ様。だなんてっ!!ああぁぁ・・・。わたくしのことをそんな親しげに呼んでくださるなんて。 なんて、なんて喜ばしいことなのかしら。そして、わたくしもつい、ヴィスタ様、などと・・・、ああ、もうっ!わたくしってば、初対面のはずでしたのにぃ!・・・でも、これって、わたくしの事を受け入れてくださったってことなのかしら? 
ああ、もしかして、これが噂に聞く、運命ってものですの!?)

そして、雷の鳴り響く教室内で、ヴィスタに優しく抱きしめられたことを思い出したエステルダは、ここが王宮であることも、たくさんの人の目があることすら忘れて、真っ赤な顔を両手で隠すと、クネクネと身もだえるのだった。

「おい、エステルダ。先ほどから様子がおかしいけれど、大丈夫か?」

アランド殿下の声に、はっ、と我に返ったエステルダは、咄嗟に立ち上がると、慌てて頬に当てていた手を下ろした。そして、すっと表情を落とすと殿下に向かって頭を下げた。

「このような大切な日に、大変申し訳ありません。」

その誤り方などは、もはや、うら若き公爵令嬢などではなく、まるで王家の一家臣のように事務的なものだった。使用人のように畏まって頭を下げているエステルダに、アランド殿下は驚いてぎょっとしている。すると、そんな殿下を横目に、一人の令嬢がエステルダに対し、勝ち誇ったように話しかけてきた。

「エステルダ様、本日は少し体調がよろしくないのではございませんか?あまりご無理はされない方がよろしいかと存じますわ。うふふっ、ここはわたくし達にお任せいただいて、エステルダ様は、どうぞ、ご自分のお身体を休めることを優先させてくださいませ。」

「え?」 (いいのですか?)

「そうだな、今日はずっと調子が悪そうだ。早めに帰って休んだ方がいい。」

殿下とのお茶会を途中で抜けるなど、今まで考えたこともなかったが、今のエステルダにとって、くだらない時間は一秒でも早く終わらせたいと言うのが本音だった。ライバルの令嬢に早く帰れ、などと遠回しに言われたならば、少し前の彼女なら、目を吊り上げて怒りを表していただろう。だが、今のエステルダは、このいやらしい笑みを浮かべている令嬢に、体調を気遣ってくれてありがとうと、素直に感謝してしまうほどに、この時間への興味を失っていた。

子供の頃、父に連れられて初めてアランド殿下に会った時。それが、エステルダの大好きな絵本の王子様と、目の前に居る、本物の王子様が重なった日であった。
艶やかな銀髪も神秘的な紫の瞳も、全てが自分の理想そのものだった。どんなに相手にされなくても、どんなに蔑ろにされていても、エステルダは、ただ、一心に恋心を募らせていた。

はずなのに・・・。
なんと、今のアランド殿下は、レナートとアリッサの恋路を邪魔する、ただの脇役に成り下がってしまっている。殿下が、美しい桃色頭に目を奪われ、大きな緑色の瞳に心を奪われたように、今のエステルダも、その桃色頭と緑の瞳の虜になってしまったのだ。

「それでは殿下には大変申し訳ございませんが、お言葉に甘えさせていただきたいと思います。本日はお招きいただき、ありがとうございました。」

エステルダは、俯き、目を必要以上に瞬かせると、体調の悪い振りをしながら、ゆっくりとその場を後にした。

(やった!!やりましたわ!!こんなに早く帰れるなんて!!)

本当は、馬車まで全力で駆け抜けてしまいたい衝動に駆られたが、そこはさすがに淑女としての礼儀はわきまえている。彼女は生まれついてのお嬢様だ。
制服のスカートを翻し、可能な限りの早歩きだったとしても、その姿はとても優雅で、気品すら感じさせるものだった。


・・・が、誰も居ないのを確認した後は、やっぱり全力で走り抜けて行くのだった。
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