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悲しい笑顔と人違い
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(今考えると、我ながら馬鹿な事をしたものです。下手したら当時のアリッサ嬢が泥棒呼ばわりされる可能性だってあったというのに・・・。)
レナートがそこまで考えた時、いきなり顔を上げたアリッサと不自然に目が合ってしまった。
考え事をしている間、ずっとアリッサを見つめてしまっていたことに気付いたレナートは、もしかしたら気味の悪い奴だと誤解されるかもと思い、咄嗟に狼狽えた。
しかし、目が合った後のアリッサの挙動不審があまりに凄すぎて、そのような心配は不要であったと、レナートの心は直ぐに落ち着きを取り戻した。
アリッサは、先ほどまでの白く美しい肌を真っ赤に染め上げると、なにやら落ち着きなく手をさ迷わせた後、慌てて持っているペンを隠そうとしたようだが、反対の手が積み上げられた本に当たり、ドサドサと音を立てて数冊の本を落としてしまった。
大きな音で椅子をガタガタさせながら、慌てて本を拾うアリッサだったが、拾った本を持って歩き出したかと思うと、次は違う机の角に横っ腹を強くぶつけてしまい、最後は痛みでしゃがみ込んでしまったのだ。
ぶつけたお腹を押さえ、小さなうめき声を上げているアリッサを、いくら気まずいとは言えど、気付かない振りをするわけにもいかないレナートは、思い切って声をかけてみることにした。
「あの、大丈夫ですか?」
背後から声をかけるのだから、驚かせてはいけないと思い、出来るだけ優しい声で話しかけたつもりだったが、レナートの声を聞いたアリッサは、「ひっ!!」と小さな悲鳴と一緒に飛び上がる程、肩をビクつかせた。それに軽くショックを受けたレナートだったが、気を取り直すと、今度はアリッサの横で腰をかがめ、もう一度声をかけた。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
そっと手を差し出すと、今や、首まで真っ赤に染まってしまったアリッサが震える声で、「ありがとうございます。」 と、お礼を言い、戸惑いながらも差し出されたレナートの手を取った。
アリッサを椅子に座らせて、再度大丈夫かと確認したレナートだったが、その視線の先は、先ほどアリッサが隠しそびれたペンに注がれていた。
未だ真っ赤な顔のアリッサが、もじもじしながらお礼を述べたが、レナートの視線が自分のペンに向いていることに気付くなり、急いでペンを掴むと、自分の背中に隠した。
レナートは、俯きながら前髪で顔を隠しているアリッサを見下ろすと、優しい調子で尋ねてみた。
「私は、このリボンに見覚えがあります。もし、記憶違いでないのなら、私は子供の頃に貴女にお会いしたことがあるのではないでしょうか?」
「っ!!あ・・・・。」
俯いていたアリッサは、急に顔を上げて何か言おうとしたようだが、それが言葉になる前に、その大きな瞳から一筋の涙が頬を伝った。
「えっ!?」
いきなり涙を零したアリッサを前に、驚いて声を出してしまったレナートだったが、涙で潤んでいる緑色の瞳に、つい見惚れてしまい、ハンカチを取り出すのが遅れてしまった。レナートが慌ててポケットを探るも、「すみません。」と言ったアリッサは、自分の手で涙をぐいっと拭ってしまった。そして、視線こそ合わせはしなかったが、先ほどの涙などなかったかのように落ち着いた調子で言うのだった。
「きっと・・・どなたかとお間違いではないかと思います。」
そう言うと、アリッサは潤んだ瞳のまま、なんとか笑顔を作るのだった。
当時の自分の記憶にしても、今のアリッサの涙にしても、どうやらあの時の少女はアリッサに間違いなさそうだが、このように悲しい顔で否定されてしまうと、レナートはこれ以上アリッサにこの話をさせる気にはなれなかった。何も言えないレナートが、困惑した様子でアリッサを見つめていると、アリッサはそそくさと勉強道具を片付け始めた。
そして、深々と頭を下げてお礼を言った後は、逃げるように図書室から出て行ってしまった。
あとに残されたレナートが、アリッサの出て行った扉をじっと見つめていると、
「レナート!!」
背後から切羽詰まった声と共に、ドタドタと淑女らしからぬ靴音を響かせて、エステルダがイノシシのように突進して来た。
「姉上? え? どこから!?」
「そんなことはどうでもいいのです。貴方達の会話は全て聞かせて頂きました。
さあ、ここでは大きな声も出せません。帰るのですレナート。帰ってゆっくり話し合いましょう!!」
そう言ったエステルダに腕をグイグイ引っ張られながら、レナートは慌てて尋ねた。
「姉上、もしかして、ずっと隠れて見ていたのですか!? 一体いつから!」
すると、エステルダは澄ました顔で言った。
「え? 貴方がアリッサ様をいやらしい顔で見つめていた時からですわよ。」
「・・・ちなみに、潜んでいた場所は?」
「え? ・・・あそこの本棚の影。」
「姉上・・・。最近の姉上は本当に幸せそうですね・・・。」
レナートは、エステルダの勢いに押されてそのまま馬車に押し込まれると、強制的に帰宅させられるのだった。
レナートがそこまで考えた時、いきなり顔を上げたアリッサと不自然に目が合ってしまった。
考え事をしている間、ずっとアリッサを見つめてしまっていたことに気付いたレナートは、もしかしたら気味の悪い奴だと誤解されるかもと思い、咄嗟に狼狽えた。
しかし、目が合った後のアリッサの挙動不審があまりに凄すぎて、そのような心配は不要であったと、レナートの心は直ぐに落ち着きを取り戻した。
アリッサは、先ほどまでの白く美しい肌を真っ赤に染め上げると、なにやら落ち着きなく手をさ迷わせた後、慌てて持っているペンを隠そうとしたようだが、反対の手が積み上げられた本に当たり、ドサドサと音を立てて数冊の本を落としてしまった。
大きな音で椅子をガタガタさせながら、慌てて本を拾うアリッサだったが、拾った本を持って歩き出したかと思うと、次は違う机の角に横っ腹を強くぶつけてしまい、最後は痛みでしゃがみ込んでしまったのだ。
ぶつけたお腹を押さえ、小さなうめき声を上げているアリッサを、いくら気まずいとは言えど、気付かない振りをするわけにもいかないレナートは、思い切って声をかけてみることにした。
「あの、大丈夫ですか?」
背後から声をかけるのだから、驚かせてはいけないと思い、出来るだけ優しい声で話しかけたつもりだったが、レナートの声を聞いたアリッサは、「ひっ!!」と小さな悲鳴と一緒に飛び上がる程、肩をビクつかせた。それに軽くショックを受けたレナートだったが、気を取り直すと、今度はアリッサの横で腰をかがめ、もう一度声をかけた。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
そっと手を差し出すと、今や、首まで真っ赤に染まってしまったアリッサが震える声で、「ありがとうございます。」 と、お礼を言い、戸惑いながらも差し出されたレナートの手を取った。
アリッサを椅子に座らせて、再度大丈夫かと確認したレナートだったが、その視線の先は、先ほどアリッサが隠しそびれたペンに注がれていた。
未だ真っ赤な顔のアリッサが、もじもじしながらお礼を述べたが、レナートの視線が自分のペンに向いていることに気付くなり、急いでペンを掴むと、自分の背中に隠した。
レナートは、俯きながら前髪で顔を隠しているアリッサを見下ろすと、優しい調子で尋ねてみた。
「私は、このリボンに見覚えがあります。もし、記憶違いでないのなら、私は子供の頃に貴女にお会いしたことがあるのではないでしょうか?」
「っ!!あ・・・・。」
俯いていたアリッサは、急に顔を上げて何か言おうとしたようだが、それが言葉になる前に、その大きな瞳から一筋の涙が頬を伝った。
「えっ!?」
いきなり涙を零したアリッサを前に、驚いて声を出してしまったレナートだったが、涙で潤んでいる緑色の瞳に、つい見惚れてしまい、ハンカチを取り出すのが遅れてしまった。レナートが慌ててポケットを探るも、「すみません。」と言ったアリッサは、自分の手で涙をぐいっと拭ってしまった。そして、視線こそ合わせはしなかったが、先ほどの涙などなかったかのように落ち着いた調子で言うのだった。
「きっと・・・どなたかとお間違いではないかと思います。」
そう言うと、アリッサは潤んだ瞳のまま、なんとか笑顔を作るのだった。
当時の自分の記憶にしても、今のアリッサの涙にしても、どうやらあの時の少女はアリッサに間違いなさそうだが、このように悲しい顔で否定されてしまうと、レナートはこれ以上アリッサにこの話をさせる気にはなれなかった。何も言えないレナートが、困惑した様子でアリッサを見つめていると、アリッサはそそくさと勉強道具を片付け始めた。
そして、深々と頭を下げてお礼を言った後は、逃げるように図書室から出て行ってしまった。
あとに残されたレナートが、アリッサの出て行った扉をじっと見つめていると、
「レナート!!」
背後から切羽詰まった声と共に、ドタドタと淑女らしからぬ靴音を響かせて、エステルダがイノシシのように突進して来た。
「姉上? え? どこから!?」
「そんなことはどうでもいいのです。貴方達の会話は全て聞かせて頂きました。
さあ、ここでは大きな声も出せません。帰るのですレナート。帰ってゆっくり話し合いましょう!!」
そう言ったエステルダに腕をグイグイ引っ張られながら、レナートは慌てて尋ねた。
「姉上、もしかして、ずっと隠れて見ていたのですか!? 一体いつから!」
すると、エステルダは澄ました顔で言った。
「え? 貴方がアリッサ様をいやらしい顔で見つめていた時からですわよ。」
「・・・ちなみに、潜んでいた場所は?」
「え? ・・・あそこの本棚の影。」
「姉上・・・。最近の姉上は本当に幸せそうですね・・・。」
レナートは、エステルダの勢いに押されてそのまま馬車に押し込まれると、強制的に帰宅させられるのだった。
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