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ただの毛虫
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何事もなかったように声を掛けられると期待していた。やっぱり隣に座ってもいい?と、困ったように話しかけて来たっていいし、あの女の子は誰!?って、怒ってくれたってよかったんだ。
なのに、たくさんの言い訳を何一つ伝えることの出来なかった自分は、ただ彼女の後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。
ユーレットがいつものベンチで本を読んでいても、以前のようにエリシアが隣に座ってくることはなかった。自分を視界にも入れずに通り過ぎて行く姿からは、彼女の愛情が本当に消えてしまったようにしか見えなかった。
なんて馬鹿だったのだろう、それまで手を伸ばせば直ぐに届く場所にいてくれた彼女が、今は声も届かないほど遠くに行ってしまった。
自分達の関係は、あくまでもエリシアが望んでくれたからこそのものだった。身分の高い彼女が自分への興味を失ってしまった今、ユーレットがいくらあがいたところで、もうどうにもできはしない。
自分に残されたものがあるならば、それはきっと後悔だけだろう。
あまりにも大きな喪失感にユーレットは耐えられなかった。諦めるしかないと分かっていても、どうしても現実から目を逸らそうとしてしまうのだ。
悪い冗談だと言ってほしかった。拗ねていただけだと睨んでほしい。・・・また笑いかけてくれる日が必ず来ると希望を持たずにはいられなかった。
あれからというもの、ユーレットは常にエリシアを捜していた。そして彼女を見かける度にその姿を目で追った。また前のように話しかけてほしかった。笑いかけてほしかった。そして、その黒い瞳に映った自分をもう一度見たかった・・・。
だが、何度すれ違うも彼女がこちらを見ることはなかった。それどころか、やたら姿を現すユーレットを警戒してか、彼女の友人たちが視線を遮るようにエリシアの姿を隠すようになったのだ。
「今更なんなのかしら、気持ち悪い」
エリシアの友人の一人が、汚い物でも見るような目で離れた場所にいるユーレットを睨みつけている。
「ふん、どうせ、どんなことがあってもエリシアは自分のそばを離れないとでも思っていたのでしょう」
「今頃になってエリシアを失うのが惜しくなったって感じね。・・・女性を馬鹿にしすぎだわ。あの教養のない世間知らずのお嬢さんと仲良くしていればいいのよ。お子様って点では、本当にお似合いなんですから」
「んー? みんなどうしたの?そっちになにかあるの?」
ユーレットに気づいていなかったエリシアが振り返って友人達の方を向いた。
「なんでもないわっ! ただそこに毛虫がいただけ」
「そうそう!ただの毛虫!ああ、気味が悪いわ。さあ行きましょう、授業に遅れるわ」
「まあ、毛虫?」
「そう、ただの毛虫よ! ねえ、それより次のお休みなんだけど、みんなでお茶会をしない?今ね、ちょうどお兄様が帰って来ていてね、ぜひみんなにも紹介したいと思って―――」
友人達に遮られてエリシアの姿は見えないけれど、彼女達の声はユーレットにも聞こえていた。きっと、わざと聞こえるように話しているのだろう。毛虫という言葉と兄を紹介したいという言葉だけが、妙に聞き取りやすかった。
エリシアは以前からあまり異性と話すことがなかった。それほど社交的ではない彼女は口数も多くない上に、表情も少しばかり乏しい。しかも、もくもくと一人で勉強している姿は他者を寄せ付けない空気を作っていたのかもしれない。
そう、彼女の口数が多くなり、その凛とした美しい顔が笑顔でいっぱいになる異性は、ユーレットただ一人だけだったのだ。
しかし、あの日以来、エリシアは他の男性とも話すようになった。彼女に笑顔を向ける男性は、今まで真面目で取っ付きにくかったエリシアが、笑顔でユーレットと一緒にいるところを見ていたのだろう。
相手は侯爵令嬢だ。ユーレットが勝手に失脚してくれた今、可能性を見い出した彼らが取る行動は一つしかない。なにより美しいエリシアにはコットワール侯爵家が付いてくるのだ。これを逃す手はないだろう。
彼らが欲するものが、本当にエリシア本人なのか、それともコットワール侯爵家にあるのかは分からない。
だが、ただ一つ確かなことがあるならば、それは・・・彼らが皆、本気だということだ。
なのに、たくさんの言い訳を何一つ伝えることの出来なかった自分は、ただ彼女の後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。
ユーレットがいつものベンチで本を読んでいても、以前のようにエリシアが隣に座ってくることはなかった。自分を視界にも入れずに通り過ぎて行く姿からは、彼女の愛情が本当に消えてしまったようにしか見えなかった。
なんて馬鹿だったのだろう、それまで手を伸ばせば直ぐに届く場所にいてくれた彼女が、今は声も届かないほど遠くに行ってしまった。
自分達の関係は、あくまでもエリシアが望んでくれたからこそのものだった。身分の高い彼女が自分への興味を失ってしまった今、ユーレットがいくらあがいたところで、もうどうにもできはしない。
自分に残されたものがあるならば、それはきっと後悔だけだろう。
あまりにも大きな喪失感にユーレットは耐えられなかった。諦めるしかないと分かっていても、どうしても現実から目を逸らそうとしてしまうのだ。
悪い冗談だと言ってほしかった。拗ねていただけだと睨んでほしい。・・・また笑いかけてくれる日が必ず来ると希望を持たずにはいられなかった。
あれからというもの、ユーレットは常にエリシアを捜していた。そして彼女を見かける度にその姿を目で追った。また前のように話しかけてほしかった。笑いかけてほしかった。そして、その黒い瞳に映った自分をもう一度見たかった・・・。
だが、何度すれ違うも彼女がこちらを見ることはなかった。それどころか、やたら姿を現すユーレットを警戒してか、彼女の友人たちが視線を遮るようにエリシアの姿を隠すようになったのだ。
「今更なんなのかしら、気持ち悪い」
エリシアの友人の一人が、汚い物でも見るような目で離れた場所にいるユーレットを睨みつけている。
「ふん、どうせ、どんなことがあってもエリシアは自分のそばを離れないとでも思っていたのでしょう」
「今頃になってエリシアを失うのが惜しくなったって感じね。・・・女性を馬鹿にしすぎだわ。あの教養のない世間知らずのお嬢さんと仲良くしていればいいのよ。お子様って点では、本当にお似合いなんですから」
「んー? みんなどうしたの?そっちになにかあるの?」
ユーレットに気づいていなかったエリシアが振り返って友人達の方を向いた。
「なんでもないわっ! ただそこに毛虫がいただけ」
「そうそう!ただの毛虫!ああ、気味が悪いわ。さあ行きましょう、授業に遅れるわ」
「まあ、毛虫?」
「そう、ただの毛虫よ! ねえ、それより次のお休みなんだけど、みんなでお茶会をしない?今ね、ちょうどお兄様が帰って来ていてね、ぜひみんなにも紹介したいと思って―――」
友人達に遮られてエリシアの姿は見えないけれど、彼女達の声はユーレットにも聞こえていた。きっと、わざと聞こえるように話しているのだろう。毛虫という言葉と兄を紹介したいという言葉だけが、妙に聞き取りやすかった。
エリシアは以前からあまり異性と話すことがなかった。それほど社交的ではない彼女は口数も多くない上に、表情も少しばかり乏しい。しかも、もくもくと一人で勉強している姿は他者を寄せ付けない空気を作っていたのかもしれない。
そう、彼女の口数が多くなり、その凛とした美しい顔が笑顔でいっぱいになる異性は、ユーレットただ一人だけだったのだ。
しかし、あの日以来、エリシアは他の男性とも話すようになった。彼女に笑顔を向ける男性は、今まで真面目で取っ付きにくかったエリシアが、笑顔でユーレットと一緒にいるところを見ていたのだろう。
相手は侯爵令嬢だ。ユーレットが勝手に失脚してくれた今、可能性を見い出した彼らが取る行動は一つしかない。なにより美しいエリシアにはコットワール侯爵家が付いてくるのだ。これを逃す手はないだろう。
彼らが欲するものが、本当にエリシア本人なのか、それともコットワール侯爵家にあるのかは分からない。
だが、ただ一つ確かなことがあるならば、それは・・・彼らが皆、本気だということだ。
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