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名前を呼ぶ練習
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今までとは、まるで別人のように親しげに話しかけてくる婚約者様は、怯えている私の気も知らずに、グイグイと迫って来るのでした。随分と長い間、他の令嬢にしか見せなかった美しい微笑みを惜しげもなく見せたかと思えば、眉根を寄せて今にも泣いてしまうのではないかと思う程、悲しい表情をしたりもするのです。この数年、怒った婚約者様しか見たことのない私は、婚約者様の突然の変化に着いて行くことが出来ず、戸惑うばかりでした。
「ミズリーのことは大好きだけど、それは家族としてって言うか・・・、そう、リョシューのことが大好きなのと同じような好きなんだ。僕は一人っ子だから、リョシューのことは弟のように思っているし、ミズリーのことは姉のように慕っているんだよ。でもね、ユニのことだけは、家族とは別の感情だよ。僕はいつだってユニのことが大好きなんだ。だから、ユニに誤解されて嫌われてしまって本当に辛い毎日だったよ。だけど僕は馬鹿だから、誤解されたまま、どうしていいかわからなくて、間違ったことばかり繰り返してしまった・・・。ごめんねユニ。いっぱい悲しませてしまって、辛かったよね。周りからもいっぱい嫌なこと言われたよね。でも、これからは絶対間違えないから、ちゃんと自分の気持ちをユニにいっぱい伝えていくし、周りの人間にも絶対勘違いさせないように振舞うからね。」
(先ほどから黙って聞いていれば、ユニ、ユニって・・・この人は、なんでこんな急に馴れ馴れしく。)
むっとした私が、婚約者様に、少し文句でも言おうかと口を開くと、婚約者様は、いきなり眉を吊り上げて瞳に力を込めるのでした。
「あの・・・婚約者様は、」
「ユニ!! 婚約者様じゃないよ。アレイドって呼んで?前は呼んでくれていたよね?名前で呼んで?」
「いえ、あの・・・。」
「ユニ!?名前で呼んで! ね!? 今、呼んで!?」
(いやー・・・今更ちょっと、それは・・・。)
お父様とお母様に助けを求める為に、チラッと視線を向けますが、二人共気まずそうに目を逸らしてしまいました。
(では、お姉様・・・。)
しかし、お姉様はこちらを見ることもなく、一心不乱にお茶菓子のケーキをバクバク食べています。
(お姉様!! 口の中をそんなにパンパンにして、先ほど食事をしたばかりなのだから、そんなにお腹すいてませんよね!? 駄目だわ、お姉様も役に立たない。 ならば、リョシュー!!姉を助けるのです!!・・・って、いないっ!! あの子、どこ行ったのよ!)
そして、どこも見ていないような虚ろな目をしたスワルス様は、小さな声でぶつぶつ呟いているのでした。
「今まで睨みつけることでしか愛情表現できなかったくせに、今度はこれか・・・なんてキモチワルイ・・・。 だが、よく考えたらユニに手を上げた女も変だ。たかが嫉妬で、何もしていない相手を殴るか?普通・・・。だって、殴ってどうなる? どうも全てにおいて芝居くさい・・・。これが若さゆえの愚かさってやつなのか?自分達も学生の時、こんな感じで気持ち悪かったのか? はぁー・・・寒気がする。」
「ユニ?どこを見ているの?こっちを見て? ねえ、早く名前で呼んで?」
婚約者様は私の肩に手を置き、強引に自分の方に体を向けさせました。
「あっ・・・、あの、ア・・・レイド・・・様。」
「うん。ユニ! ありがとう、嬉しいよ。これからは、もう婚約者様なんて呼んでは駄目だよ。必ず名前で呼んでね?」
その後、アレイド様の名前を呼ぶ練習を何度もやらされて、その場の全員が身も心もかなり疲弊した頃、やっとカドワーズ伯爵が申し訳なさそうに迎えに来ました。アレイド様は離れたくないと私にしがみ付き、帰るのなら一緒に連れて帰ると、駄々っ子のように我儘を言い、カドワーズ伯爵に怒られて無理やり馬車に詰め込まれました。明日もまた来るから!と、馬車の窓から手を振りながら大声で叫ぶ姿は、まるで親と引き離された子供のようで、少し寂しく感じてしまいましたが、
「ふぅー・・・、あいつは本当に、最後まで気持ちの悪い男だな!」
と、腕にできた鳥肌を擦っているスワルス様を見ると、私もすぐに冷静な気持ちを取り戻すのでした。これで、長すぎる一日がようやく終わりを告げました。
「ミズリーのことは大好きだけど、それは家族としてって言うか・・・、そう、リョシューのことが大好きなのと同じような好きなんだ。僕は一人っ子だから、リョシューのことは弟のように思っているし、ミズリーのことは姉のように慕っているんだよ。でもね、ユニのことだけは、家族とは別の感情だよ。僕はいつだってユニのことが大好きなんだ。だから、ユニに誤解されて嫌われてしまって本当に辛い毎日だったよ。だけど僕は馬鹿だから、誤解されたまま、どうしていいかわからなくて、間違ったことばかり繰り返してしまった・・・。ごめんねユニ。いっぱい悲しませてしまって、辛かったよね。周りからもいっぱい嫌なこと言われたよね。でも、これからは絶対間違えないから、ちゃんと自分の気持ちをユニにいっぱい伝えていくし、周りの人間にも絶対勘違いさせないように振舞うからね。」
(先ほどから黙って聞いていれば、ユニ、ユニって・・・この人は、なんでこんな急に馴れ馴れしく。)
むっとした私が、婚約者様に、少し文句でも言おうかと口を開くと、婚約者様は、いきなり眉を吊り上げて瞳に力を込めるのでした。
「あの・・・婚約者様は、」
「ユニ!! 婚約者様じゃないよ。アレイドって呼んで?前は呼んでくれていたよね?名前で呼んで?」
「いえ、あの・・・。」
「ユニ!?名前で呼んで! ね!? 今、呼んで!?」
(いやー・・・今更ちょっと、それは・・・。)
お父様とお母様に助けを求める為に、チラッと視線を向けますが、二人共気まずそうに目を逸らしてしまいました。
(では、お姉様・・・。)
しかし、お姉様はこちらを見ることもなく、一心不乱にお茶菓子のケーキをバクバク食べています。
(お姉様!! 口の中をそんなにパンパンにして、先ほど食事をしたばかりなのだから、そんなにお腹すいてませんよね!? 駄目だわ、お姉様も役に立たない。 ならば、リョシュー!!姉を助けるのです!!・・・って、いないっ!! あの子、どこ行ったのよ!)
そして、どこも見ていないような虚ろな目をしたスワルス様は、小さな声でぶつぶつ呟いているのでした。
「今まで睨みつけることでしか愛情表現できなかったくせに、今度はこれか・・・なんてキモチワルイ・・・。 だが、よく考えたらユニに手を上げた女も変だ。たかが嫉妬で、何もしていない相手を殴るか?普通・・・。だって、殴ってどうなる? どうも全てにおいて芝居くさい・・・。これが若さゆえの愚かさってやつなのか?自分達も学生の時、こんな感じで気持ち悪かったのか? はぁー・・・寒気がする。」
「ユニ?どこを見ているの?こっちを見て? ねえ、早く名前で呼んで?」
婚約者様は私の肩に手を置き、強引に自分の方に体を向けさせました。
「あっ・・・、あの、ア・・・レイド・・・様。」
「うん。ユニ! ありがとう、嬉しいよ。これからは、もう婚約者様なんて呼んでは駄目だよ。必ず名前で呼んでね?」
その後、アレイド様の名前を呼ぶ練習を何度もやらされて、その場の全員が身も心もかなり疲弊した頃、やっとカドワーズ伯爵が申し訳なさそうに迎えに来ました。アレイド様は離れたくないと私にしがみ付き、帰るのなら一緒に連れて帰ると、駄々っ子のように我儘を言い、カドワーズ伯爵に怒られて無理やり馬車に詰め込まれました。明日もまた来るから!と、馬車の窓から手を振りながら大声で叫ぶ姿は、まるで親と引き離された子供のようで、少し寂しく感じてしまいましたが、
「ふぅー・・・、あいつは本当に、最後まで気持ちの悪い男だな!」
と、腕にできた鳥肌を擦っているスワルス様を見ると、私もすぐに冷静な気持ちを取り戻すのでした。これで、長すぎる一日がようやく終わりを告げました。
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