上 下
63 / 75

離婚はしない

しおりを挟む
「ジョナスの代わりにディルクが第二に異動になったぞ」

 魔法で手のひらに小さな氷を二つ出したスカイは、一つを自分の口に放り込むと、もう一つをロステルの顔目掛けて投げつけてきた。
片手で難なく掴んだロステルが氷を口に入れると、それまでのスカイの仏頂面が溜息交じりの呆れ顔に変わった。

「また痩せたんじゃないのか?酒ばかり飲んでないでちゃんと飯も食えって言ってるだろ」

「・・・・・」

ジョナスとの仲を心配するスカイは、最近ロステルが通う酒場に現れることが多くなった。
会話の成立しない男からジョナスの近況を聞き出すのは大変なことだったが、目に見えてやつれていくロステルを前に、放っておくことも出来ずにいた。

ロステルはといえば、自分とは違いよく回る男の口を鬱陶しく思いながらも心の中では彼の存在に感謝していた。

『俺の青春の一ページには常にジョナスがいるんだ!』

などと周囲の失笑を買うだけあって、スカイの単純で浅はかな言動は、どこかジョナスと似通ったところがあった。

『ジョナスが水風船をぶつけた相手が生徒会長でなぁ・・・あれはやばかった。その場の全員が蜘蛛の子を散らすように逃げたよ。公爵家の息子の頭にだぞ?・・・今考えても寒気がする』

スカイは酒に酔うと必ず学生時代のジョナスの話をした。
そんな時ロステルは、元気いっぱいに水魔法を楽しむジョナスを想像しながら静かに話を聞いていた。
そんなジョナスの過去を知るスカイを羨ましく思った。

学生時代、もしかしたらスカイはジョナスのことを好きだったのかもしれない。そう考えると、様々な気持ちが溢れてきてしまい多少落ち着かなくもあるが、スカイの話に出て来るジョナスを想うと心が軽くなり、酒のせいもあってか先の見えない現実から解放される気がした。



「明日、ヤソックが復帰するぞ」

(あいつが相手じゃ、そう簡単に話は進まないだろうがな・・・)

ヤソックの気持ちに学生の頃から気づいていたスカイは、ガリっと音を立てて氷をかみ砕いた。

「・・・・」

ロステルが言葉を返すことはなかったが、その鋭い瞳には強い闘争心が現れていた。





 次の日、第一騎士団の詰所では書類を差し出すヤソックとロステルが無言で睨み合っていた。

「さっさと署名してくれないかな」

ヤソックが苛立った口調で差し出す書類には、もう何度も目にしている離婚届の文字と既に記入済みのジョナスの署名。

「離婚はしない」

いくら睨み続けても表情一つ変わらないロステルを前に、ヤソックの苛立ちは増す。

「これがジョナスの直筆だって夫の君なら分かるよね?彼女は離婚したいと言っている」

「ジョナスは記憶を失っていると聞いた。これは彼女の本当の意思ではない」

「はっ、・・・目の前で浮気した奴が何言ってんだよ」

「浮気などしていない」

「この目で見てんだけど。ジョナスを泣かしておいて勝手なこと言わないでもらいたいね。彼女の記憶があろうがなかろうが、お前が不貞を働いたあの日の夜に離婚は決まったことなんだよ!」

話しの通じないロステルにヤソックの言葉が荒れ始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

好きでした、昨日まで

ヘロディア
恋愛
幸せな毎日を彼氏と送っていた主人公。 今日もデートに行くのだが、そこで知らない少女を見てから彼氏の様子がおかしい。 その真相は…

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

逢う魔が時

みるみる
恋愛
 ロクシー侯爵夫妻の息子ラウールの結婚が決まり、屋敷が喜びに包まれる中‥侯爵夫人は深い悲しみの中にいました。  息子の結婚前日に突然屋敷に現れた愛人とその娘‥。  夫は愛人を屋敷に迎え入れ、その娘を正式に養女として迎え入れると言い出しました。  夫人は悲しみのあまり部屋に引きこもってしまいますが‥。  

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

浮気をなかったことには致しません

杉本凪咲
恋愛
半年前、夫の動向に不信感を覚えた私は探偵を雇う。 その結果夫の浮気が暴かれるも、自身の命が短いことが判明して……

処理中です...