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僕は君の恋人だよ
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どうにか話せるようになりたかった。
自分の存在を知ってほしい。 その瞳に自分の姿を映してほしい。 自分の名前を呼んでほしい。
もう一度、彼女の笑顔がほしかった・・・。
見ているだけでは我慢できなくなった頃、なんとか会話のきっかけを作ろうと魔法を使うことを思いついた。
誰も見ていないのを確認してからこっそりと魔法で洗濯物を乾かしてみた。
何度も繰り返せば、きっと風魔法だと気づいてくれると思った。 だって彼女はよく言っていた。
私に風魔法が使えたなら・・・って。
(お願いだよ、早く気づいて)
魔法で風を起こす度にヤソックは心で念じた。それはまるで、神への祈りのようでもあった。
けれど、ヤソックの祈りが届く日は来なかった。
駄目だった。
全ては遅かったのだ。
ある日を境に、あいつはジョナスに張り付いて離れなくなった。彼女の背後に佇み、男は無言で周囲を牽制していた。
男の執着心に囚われた鋭い瞳が全ての男を敵視しているように見える。その視線が自分に対してだけ特に強かったのは、自分もまた、男と同じ執着心に囚われた人間だったからかもしれない。
二人が結婚したと知ったのは、その後直ぐのことだった。
ジョナスは、子供のように純粋な人だった。子供のように無神経であり、人の好意にとても鈍感な女性。
けれど、言葉を変えれば隙のない女性でもあった。
だからこれは、ジョナスという人間を知っていたからこその油断が招いた結果だったのだ。
それからもジョナスの隣には、いつも夫となったロステルがいた。
遠征先でも夫婦で活躍しているようで、騎士団でも話題になっていた。
ジョナスが補助に入ったことで第二騎士団に大きな成果をもたらしていると人づてに聞いた。
膨大な魔力を持つジョナスであれば十分に貢献するだろうと予想していたが、それによって夫のロステルまでもが評価されることには納得がいかなかった。
彼女が結婚したと知っても、時間を見つけては洗濯場に足を運んだ。
自分と同じように頻繁に現れるロステルが、こちらを牽制しながら隠すように彼女に触れる。けれど、一瞬悔しさに身を震わせたとしても、彼女の姿が見えなくなってしまう喪失感の方が強かった。
少しでもいいから声が聞きたかった。一目でいいから姿を見たいと思った。
少しでも自分の心を無視すれば、まるで禁断症状のように飢えが加速した。
そして、この時にはもう諦めるという選択肢は存在していなかった。
自分はジョナス以外の女性を愛することができないと気づいてしまっていたのだ。
ならば自分ができる事は、もう一つしか残されていない。
あの男から彼女を奪う。
出来うる限りの手は尽くした。騎士団の団長相手に何度も自分の魔力を売り込んだ。大がかりな人員異動などは必要ない。膨大な魔力を誇る自分とジョナス二人だけで、必ず大きな成果を出してみせると説得した。
だが、なによりも役に立ってくれたのは、自分と同じような執着を抱く一人の女騎士だった。
彼女の存在がなければ二人を引き離すことは難しかったかもしれない。
愛する夫に裏切られていると知って、ジョナスは酷く落ち込み涙を流した。それでも彼女は・・・きっと前を向こうとしたのだろう。
だが、ワイバーンとの戦闘が夫婦の絆にとどめを刺した。
目覚めたジョナスに夫の記憶がないことを知った時、これが彼女を手に入れる最後のチャンスだと思った。
『僕は君の恋人だよ』
これでもかというほど目を見開いたジョナスと視線を合わせる。握った手から伝わってくるのは彼女の優しい温もりだった。
彼女に嘘を吐いてしまった罪悪感と恋人として接しなくてはいけない緊張から、いたたまれなくなった自分は逃げるように部屋から出てしまった。
恥ずかしいほどに熱を持った顔を手で押さえると、これからは恋人として彼女に触れることができる喜びに胸が震えているのを感じた。
(やっと手に入った・・・。大好きなジョナスが本当に俺のものになった。もう・・・なにがあっても絶対に離さない。誰よりもなによりも大切にする。絶対に幸せにすると約束する。だから、どうか俺の嘘を許してほしい。 愛してる・・・だから・・・ジョナス)
自分の存在を知ってほしい。 その瞳に自分の姿を映してほしい。 自分の名前を呼んでほしい。
もう一度、彼女の笑顔がほしかった・・・。
見ているだけでは我慢できなくなった頃、なんとか会話のきっかけを作ろうと魔法を使うことを思いついた。
誰も見ていないのを確認してからこっそりと魔法で洗濯物を乾かしてみた。
何度も繰り返せば、きっと風魔法だと気づいてくれると思った。 だって彼女はよく言っていた。
私に風魔法が使えたなら・・・って。
(お願いだよ、早く気づいて)
魔法で風を起こす度にヤソックは心で念じた。それはまるで、神への祈りのようでもあった。
けれど、ヤソックの祈りが届く日は来なかった。
駄目だった。
全ては遅かったのだ。
ある日を境に、あいつはジョナスに張り付いて離れなくなった。彼女の背後に佇み、男は無言で周囲を牽制していた。
男の執着心に囚われた鋭い瞳が全ての男を敵視しているように見える。その視線が自分に対してだけ特に強かったのは、自分もまた、男と同じ執着心に囚われた人間だったからかもしれない。
二人が結婚したと知ったのは、その後直ぐのことだった。
ジョナスは、子供のように純粋な人だった。子供のように無神経であり、人の好意にとても鈍感な女性。
けれど、言葉を変えれば隙のない女性でもあった。
だからこれは、ジョナスという人間を知っていたからこその油断が招いた結果だったのだ。
それからもジョナスの隣には、いつも夫となったロステルがいた。
遠征先でも夫婦で活躍しているようで、騎士団でも話題になっていた。
ジョナスが補助に入ったことで第二騎士団に大きな成果をもたらしていると人づてに聞いた。
膨大な魔力を持つジョナスであれば十分に貢献するだろうと予想していたが、それによって夫のロステルまでもが評価されることには納得がいかなかった。
彼女が結婚したと知っても、時間を見つけては洗濯場に足を運んだ。
自分と同じように頻繁に現れるロステルが、こちらを牽制しながら隠すように彼女に触れる。けれど、一瞬悔しさに身を震わせたとしても、彼女の姿が見えなくなってしまう喪失感の方が強かった。
少しでもいいから声が聞きたかった。一目でいいから姿を見たいと思った。
少しでも自分の心を無視すれば、まるで禁断症状のように飢えが加速した。
そして、この時にはもう諦めるという選択肢は存在していなかった。
自分はジョナス以外の女性を愛することができないと気づいてしまっていたのだ。
ならば自分ができる事は、もう一つしか残されていない。
あの男から彼女を奪う。
出来うる限りの手は尽くした。騎士団の団長相手に何度も自分の魔力を売り込んだ。大がかりな人員異動などは必要ない。膨大な魔力を誇る自分とジョナス二人だけで、必ず大きな成果を出してみせると説得した。
だが、なによりも役に立ってくれたのは、自分と同じような執着を抱く一人の女騎士だった。
彼女の存在がなければ二人を引き離すことは難しかったかもしれない。
愛する夫に裏切られていると知って、ジョナスは酷く落ち込み涙を流した。それでも彼女は・・・きっと前を向こうとしたのだろう。
だが、ワイバーンとの戦闘が夫婦の絆にとどめを刺した。
目覚めたジョナスに夫の記憶がないことを知った時、これが彼女を手に入れる最後のチャンスだと思った。
『僕は君の恋人だよ』
これでもかというほど目を見開いたジョナスと視線を合わせる。握った手から伝わってくるのは彼女の優しい温もりだった。
彼女に嘘を吐いてしまった罪悪感と恋人として接しなくてはいけない緊張から、いたたまれなくなった自分は逃げるように部屋から出てしまった。
恥ずかしいほどに熱を持った顔を手で押さえると、これからは恋人として彼女に触れることができる喜びに胸が震えているのを感じた。
(やっと手に入った・・・。大好きなジョナスが本当に俺のものになった。もう・・・なにがあっても絶対に離さない。誰よりもなによりも大切にする。絶対に幸せにすると約束する。だから、どうか俺の嘘を許してほしい。 愛してる・・・だから・・・ジョナス)
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