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諦めることなどできなかった
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いつまでも泣き止まないヤソックを前にして、ジョナスは困り果てていた。
やはり欲望に任せて無理やりヤソックの唇を奪ってしまったのがいけなかったのだろうか。
(でも、私だってファーストキスだったのよ!?・・・・気分は)
だが、泣き止まない理由が分からない訳だし、どうして私が? と思いながらも 「泣かせてごめん」 と、ジョナスは渋々謝った。
なのに、怒ったヤソックに、もう一度キスをしてくれなければ許さないと言われてしまう。
「初めてのキスをうら若き女学生から何度もさせるなんて酷いわ!大人げない!」
男らしくないと怒るジョナスだったが涙に濡れたヤソックの瞳は冷たかった。
「うら若くもなければ、学生でもないでしょ!? 既婚者が何を言ってんだよ」
「そっ、そんなの覚えてないし!・・・まだ気分は学生だし・・・こういうのは、大人で経験豊富なヤソックが紳士的にリードすべきでしょ!? そもそも、なんで女の子からキスされて泣いてんのよ」
「・・・・・し」
「は!?なに?」
「経験なんてないって言ってんのっ!学生の頃からずっと君が好きだったんだから、女性経験なんてある訳ないでしょ!泣いてるのは好きだって言われて嬉しいからに決まってるし、ジョナスが始めたキスなんだから責任取って俺が満足するまでして!!」
この恥ずかしい会話は一体何なんだろうと思いながらも、ヤソックの迫力に押されて無理やり言い負かされたジョナスは、結局、なんだかんだと理由を付けられ、しつこく何度もキスを強請られた。
だが、羞恥で涙を滲ませながらもジョナスは笑った。
「ヤソック、顔が真っ赤よ! あはは、カワイイ!」
そして、真っ赤な顔のヤソックもジョナスを睨みながら 「自分も真っ赤のくせに!」 と悔しそうに笑った。
ジョナスの唇の感触に頭が沸騰しそうになった。柔らかくしっとりとした彼女の唇から目が離せない。顔が近づくにつれ彼女の吐息を感じる。
きっと自分は、涙で酷い顔をしているのだろう。鼻水も出ているのかもしれない。どこまでもカッコ悪い自分に嫌気がさす。
でも、そんな自分をジョナスは好きだと言ってくれたのだ。
学生の時、彼女とすれ違うだけで嬉しかった。ジョナスがこちらを見てくれなくても、自分のことなど覚えていなくても彼女の姿が視界に入っただけで・・・ただ、ただ嬉しかった。
ずっと好きだった。
学園を卒業したら会えなくなると思っていた。強い魔力を持つ彼女ならば、縁談に困ることもないだろう。
学園で彼女がちっとも学ばないことは、廊下に張り出された成績順位表を見れば分かることだった。きっと卒業して直ぐにどこかに嫁ぐことが決まっているのだろうと思った。
彼女のことは諦めるつもりでいた。
男爵家の令嬢と結婚したいなど両親が許すはずもないし、会話すらできなかった自分が今さらどうにかできるとも思えなかった。
なのに卒業後、彼女は王宮で働いていた。
入ったばかりの洗濯メイドが、水魔法に失敗して一階の広範囲を水浸しにしたと聞いた時、犯人はジョナスに違いないと思った。
ドクンドクンと心臓がうるさく鳴った。持っていた書類を床に落としたことも、それに気づいた同僚の声すら耳に入らなかった。
気が付いたら駆け出していた。
「会いたい」 自分の声が頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
久々に見た彼女は、以前よりも綺麗になったように思えた。足元はぐっしょりと濡れているが、真新しいメイド服がとても似合っていて瞬きを忘れるほど可愛いと思った。
彼女は水浸しの床に立ち、周囲の人間に頭を下げていた。だが、そんな彼女を気の毒に思ったのもつかの間、自分は見てしまった。
俯いているジョナスが浮かべた一瞬の笑みを。
ジョナスは落ち込んでなどいなかった。それどころか、この困った状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
(そうだ、彼女は決してくじけない人だった)
彼女の強さを目の当たりにした自分は、まるで目が覚めるようだった。
駄目になりそうな時、いつだって自分を救ってくれたのは笑顔のジョナスだった。
ジョナスが魔法に失敗する度、学園も生徒も多大なる水の被害を受けた。悪びれない彼女は当然怒られていたし、さぞ迷惑に思われていたことだろう。
けれど、それによって自分のように救われる人間もいたのだ。
ジョナスなら失敗を振り返らずに前を向くはずだ。そして、彼女ならきっとこう言って笑うだろう。
『人間だもの失敗くらいするわよ』
そんな彼女の笑顔が、失敗を恐れる生徒達を支えてきたこともまた事実だったのだ。
彼女を想うと胸が温かくなり目頭が熱くなる。眉間に皺を寄せて溢れてきそうな涙を押さえる。
(ああ・・・やっぱり駄目だ。彼女を諦めることなんてできない)
だってこんなに心が喜んでいる。自分は今でも彼女のことが大好きなのだ。
それからも時間を見つけてはジョナスを見に行った。出会った頃に比べると彼女の魔法は随分と上達していた。魔力を上手に使いながら次々にタライに水を入れていく姿をみると、やはり初日の失敗は慣れない環境での緊張が原因なのだろうと思った。
あまり魔法とは縁がなかったのだろう、洗濯メイド達が羨望の眼差しを向ける中、ジョナスの眩しい笑顔は誰かの役に立てることを喜んでいるように見えた。
大きな洗濯カゴを両手で持ち、ヨタヨタしながらも懸命に運ぶジョナス。
心地よい風が真っ白に洗い上がったシーツを揺らすその横で、彼女は太陽に手をかざし眩しそうに空を見上げていた。
他の洗濯メイド達と歌いながら洗濯物を干してゆく彼女の笑顔に自分はいつだって勇気づけられた。
彼女の出す透明な水が陽の光を浴びて眩しい光りを放つ。
人々の心を捉えて離さない、この世で一番美しい輝き。
やはり欲望に任せて無理やりヤソックの唇を奪ってしまったのがいけなかったのだろうか。
(でも、私だってファーストキスだったのよ!?・・・・気分は)
だが、泣き止まない理由が分からない訳だし、どうして私が? と思いながらも 「泣かせてごめん」 と、ジョナスは渋々謝った。
なのに、怒ったヤソックに、もう一度キスをしてくれなければ許さないと言われてしまう。
「初めてのキスをうら若き女学生から何度もさせるなんて酷いわ!大人げない!」
男らしくないと怒るジョナスだったが涙に濡れたヤソックの瞳は冷たかった。
「うら若くもなければ、学生でもないでしょ!? 既婚者が何を言ってんだよ」
「そっ、そんなの覚えてないし!・・・まだ気分は学生だし・・・こういうのは、大人で経験豊富なヤソックが紳士的にリードすべきでしょ!? そもそも、なんで女の子からキスされて泣いてんのよ」
「・・・・・し」
「は!?なに?」
「経験なんてないって言ってんのっ!学生の頃からずっと君が好きだったんだから、女性経験なんてある訳ないでしょ!泣いてるのは好きだって言われて嬉しいからに決まってるし、ジョナスが始めたキスなんだから責任取って俺が満足するまでして!!」
この恥ずかしい会話は一体何なんだろうと思いながらも、ヤソックの迫力に押されて無理やり言い負かされたジョナスは、結局、なんだかんだと理由を付けられ、しつこく何度もキスを強請られた。
だが、羞恥で涙を滲ませながらもジョナスは笑った。
「ヤソック、顔が真っ赤よ! あはは、カワイイ!」
そして、真っ赤な顔のヤソックもジョナスを睨みながら 「自分も真っ赤のくせに!」 と悔しそうに笑った。
ジョナスの唇の感触に頭が沸騰しそうになった。柔らかくしっとりとした彼女の唇から目が離せない。顔が近づくにつれ彼女の吐息を感じる。
きっと自分は、涙で酷い顔をしているのだろう。鼻水も出ているのかもしれない。どこまでもカッコ悪い自分に嫌気がさす。
でも、そんな自分をジョナスは好きだと言ってくれたのだ。
学生の時、彼女とすれ違うだけで嬉しかった。ジョナスがこちらを見てくれなくても、自分のことなど覚えていなくても彼女の姿が視界に入っただけで・・・ただ、ただ嬉しかった。
ずっと好きだった。
学園を卒業したら会えなくなると思っていた。強い魔力を持つ彼女ならば、縁談に困ることもないだろう。
学園で彼女がちっとも学ばないことは、廊下に張り出された成績順位表を見れば分かることだった。きっと卒業して直ぐにどこかに嫁ぐことが決まっているのだろうと思った。
彼女のことは諦めるつもりでいた。
男爵家の令嬢と結婚したいなど両親が許すはずもないし、会話すらできなかった自分が今さらどうにかできるとも思えなかった。
なのに卒業後、彼女は王宮で働いていた。
入ったばかりの洗濯メイドが、水魔法に失敗して一階の広範囲を水浸しにしたと聞いた時、犯人はジョナスに違いないと思った。
ドクンドクンと心臓がうるさく鳴った。持っていた書類を床に落としたことも、それに気づいた同僚の声すら耳に入らなかった。
気が付いたら駆け出していた。
「会いたい」 自分の声が頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
久々に見た彼女は、以前よりも綺麗になったように思えた。足元はぐっしょりと濡れているが、真新しいメイド服がとても似合っていて瞬きを忘れるほど可愛いと思った。
彼女は水浸しの床に立ち、周囲の人間に頭を下げていた。だが、そんな彼女を気の毒に思ったのもつかの間、自分は見てしまった。
俯いているジョナスが浮かべた一瞬の笑みを。
ジョナスは落ち込んでなどいなかった。それどころか、この困った状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
(そうだ、彼女は決してくじけない人だった)
彼女の強さを目の当たりにした自分は、まるで目が覚めるようだった。
駄目になりそうな時、いつだって自分を救ってくれたのは笑顔のジョナスだった。
ジョナスが魔法に失敗する度、学園も生徒も多大なる水の被害を受けた。悪びれない彼女は当然怒られていたし、さぞ迷惑に思われていたことだろう。
けれど、それによって自分のように救われる人間もいたのだ。
ジョナスなら失敗を振り返らずに前を向くはずだ。そして、彼女ならきっとこう言って笑うだろう。
『人間だもの失敗くらいするわよ』
そんな彼女の笑顔が、失敗を恐れる生徒達を支えてきたこともまた事実だったのだ。
彼女を想うと胸が温かくなり目頭が熱くなる。眉間に皺を寄せて溢れてきそうな涙を押さえる。
(ああ・・・やっぱり駄目だ。彼女を諦めることなんてできない)
だってこんなに心が喜んでいる。自分は今でも彼女のことが大好きなのだ。
それからも時間を見つけてはジョナスを見に行った。出会った頃に比べると彼女の魔法は随分と上達していた。魔力を上手に使いながら次々にタライに水を入れていく姿をみると、やはり初日の失敗は慣れない環境での緊張が原因なのだろうと思った。
あまり魔法とは縁がなかったのだろう、洗濯メイド達が羨望の眼差しを向ける中、ジョナスの眩しい笑顔は誰かの役に立てることを喜んでいるように見えた。
大きな洗濯カゴを両手で持ち、ヨタヨタしながらも懸命に運ぶジョナス。
心地よい風が真っ白に洗い上がったシーツを揺らすその横で、彼女は太陽に手をかざし眩しそうに空を見上げていた。
他の洗濯メイド達と歌いながら洗濯物を干してゆく彼女の笑顔に自分はいつだって勇気づけられた。
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