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心地よい関係
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ジョナスの体力が回復して普通の生活を送れるようになっても、魔力が回復しきっていないと主張するヤソックは、仕事よりも彼女との時間を優先していた。
「いやー、困ったものだよ、ちっとも魔力が溜まらないんだよねー。まだまだ仕事復帰は難しいなぁ」
花に囲まれた庭園で、しらじらしい笑顔を見せるヤソックは、足取りも軽く彼女の少し前を歩いている。
近くのベンチに腰を下ろしたジョナスは、わざと疲れたように一息吐いた。
なぜなら、未だ魔法を使えない自分を励ます為なのか、今日もヤソックは高度な風魔法をなんの躊躇いもなく見せてくれたからだ。
(満タンにならない魔力を遊びで消費してどうするのよ)
なに言ってんだか・・・と疑わしい視線を送っていると、どこからか小さな白い花が風に乗ってふわふわと飛んできた。
近づいて来る花を視界に入れながらヤソックの方を見ると、嬉しそうに口角を上げた彼と目が合った。彼の後ろでちょこちょこ動いている人差し指は、隠しているつもりのようだが角度的に丸見えだ。
そして、その花がジョナスの前髪に突き刺さった時、彼女の呆れ顔は笑顔に変わった。
「ねえ、普通髪に花を飾るなら耳の上とかじゃない!?」
自分の前髪を指差して笑うジョナスにヤソックも笑顔で近づいて来た。
「はははっ、だってジョナスが俺の指をじっと見てるからでしょ!」
あんなに見られたら手元も狂うよ!と両手でジョナスの腰を抱くヤソックが笑いを堪えながら前髪に刺さっている花にキスをする。
一緒に過ごす時間と共に、当初ぎこちなかったジョナスとヤソックも少しずつ関係を深めていった。
意識が戻るなり記憶も魔法も失ってしまいベッドから動くこともままならない状態だったジョナスだったが、ヤソックの献身的なお世話と、あまりにも一生懸命な彼の愛情を受けているうちに次第に心を動かされていった。
だが、ヤソックの深すぎる愛情をジョナスは完全に甘く見ていたのは間違いなかった。
離婚届を書く前にどうしても一度夫と話をするべきだと言うジョナスに向かって、今は会わない方がいいとヤソックは説得を試みた。
けれど、ジョナスによって常識を前に出されて言い負かされると、彼はいきなりジョナスに向かって怒りだした。
「あいつには絶対会わせない!」
そして部屋の外にまで聞こえるほどの大声で怒鳴ったヤソックは、突然魔力暴走を起こして一部屋まるっと破壊したのだ。
驚きに顔を見合わせた二人だったが、渦の中心にいた為に無傷だったことは、不幸中の幸いと言えた。
ジョナスの実家である男爵家には、ドノワーズ侯爵家から定期的に手紙が届けられていた。
無事に娘の意識も戻って元気に過ごしていることを知ると、ジョナスの両親はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、娘が侯爵家にお世話になるまでの詳しいいきさつを知らされていなかった男爵は、身の縮む思いで何度もお礼の手紙を送った。
魔法も使えなくなってしまった娘がドノワーズ侯爵家にこれ以上迷惑をかける訳にもいかないだろう。手紙の最後には娘を迎えに行きたいと毎回許可を求めるも、なぜか侯爵夫人からは訪問を拒まれてしまう。
意識の戻った娘と直接手紙のやり取りをしてみても、記憶のない娘が相手ではいまいち話が嚙み合わず、どうにも埒が明かなかった。
どうやら上手くいっていないロステルとの夫婦関係も両親の心配に拍車をかけていたようで、とにかく侯爵夫妻を説得して一度戻っておいでとジョナス宛てに手紙は何度も届けられた。
ジョナスも心配する両親から手紙が届く度に、実家に戻りたい旨をヤソックに相談していた。
手紙が届く度に帰りたいと言ってくるジョナスに対し、ヤソックは毎回厳しい顔で駄目だと拒み続けた。
そして最後には・・・
泣いた。
ジョナスの腰にしがみ付き、散々悪態をついてヤソックは泣いた。
以前のように恋人関係を保留にしてほしいなんて言ってない。ただ、一度実家に帰って両親を安心させたいと言っただけなのに、まさかまた泣くとは思っていなかった。
ジョナスは泣いて怒り散らすヤソックをオロオロしながら慰めた。
「わかった、わかったよ! 私はどこにも行かない! だからもう大丈夫、泣かないで」
情けないヤソックの泣き顔にジョナスが根負けすると、そんなジョナスが気に入らないのかヤソックの怒りはまた膨らんだ。
子供のように癇癪を起こして無理やり 「どこにも行かない」 と言わせたはいいが、今度はこんな自分が情けないと嘆いたヤソックが、なぜかジョナスを上目遣いで睨みつけているのだ。
そして、涙目のくせに、生意気な顔で感じ悪く言い捨てる。
「君を前にすると俺の人格が崩壊する」
どうやら大人げない恥ずかしい自分を人のせいにしようとしているようだが、ヤソックの人格など彼女の中ではとっくの昔に崩壊している。そもそもジョナスの知っているヤソックは、プライドが高く、怒ってばかりの感じ悪い学生ヤソックだ。
さらに今なら、我儘と泣き虫も追加だ。
「ふふっ、なにそれ、まるで駄々っ子みたい」
子供みたい!と笑うジョナスにしがみ付いたままのヤソックは、顔を赤くしながらも不機嫌な顔を崩さず彼女を見上げた。
「ふん!・・・だって君のいない生活なんてもう無理だ。絶対に耐えられない」
ふて腐れたような声に、一瞬目を丸くしたジョナスはふわりと笑ってヤソックの頭をぽんぽんと撫でた。
もしジョナスに、少し前までの記憶があったなら・・・、騎士団でのヤソックを覚えていたなら、きっとこう言っただろう。
『今のあなたの方がずっと好感が持てるわ』
「いやー、困ったものだよ、ちっとも魔力が溜まらないんだよねー。まだまだ仕事復帰は難しいなぁ」
花に囲まれた庭園で、しらじらしい笑顔を見せるヤソックは、足取りも軽く彼女の少し前を歩いている。
近くのベンチに腰を下ろしたジョナスは、わざと疲れたように一息吐いた。
なぜなら、未だ魔法を使えない自分を励ます為なのか、今日もヤソックは高度な風魔法をなんの躊躇いもなく見せてくれたからだ。
(満タンにならない魔力を遊びで消費してどうするのよ)
なに言ってんだか・・・と疑わしい視線を送っていると、どこからか小さな白い花が風に乗ってふわふわと飛んできた。
近づいて来る花を視界に入れながらヤソックの方を見ると、嬉しそうに口角を上げた彼と目が合った。彼の後ろでちょこちょこ動いている人差し指は、隠しているつもりのようだが角度的に丸見えだ。
そして、その花がジョナスの前髪に突き刺さった時、彼女の呆れ顔は笑顔に変わった。
「ねえ、普通髪に花を飾るなら耳の上とかじゃない!?」
自分の前髪を指差して笑うジョナスにヤソックも笑顔で近づいて来た。
「はははっ、だってジョナスが俺の指をじっと見てるからでしょ!」
あんなに見られたら手元も狂うよ!と両手でジョナスの腰を抱くヤソックが笑いを堪えながら前髪に刺さっている花にキスをする。
一緒に過ごす時間と共に、当初ぎこちなかったジョナスとヤソックも少しずつ関係を深めていった。
意識が戻るなり記憶も魔法も失ってしまいベッドから動くこともままならない状態だったジョナスだったが、ヤソックの献身的なお世話と、あまりにも一生懸命な彼の愛情を受けているうちに次第に心を動かされていった。
だが、ヤソックの深すぎる愛情をジョナスは完全に甘く見ていたのは間違いなかった。
離婚届を書く前にどうしても一度夫と話をするべきだと言うジョナスに向かって、今は会わない方がいいとヤソックは説得を試みた。
けれど、ジョナスによって常識を前に出されて言い負かされると、彼はいきなりジョナスに向かって怒りだした。
「あいつには絶対会わせない!」
そして部屋の外にまで聞こえるほどの大声で怒鳴ったヤソックは、突然魔力暴走を起こして一部屋まるっと破壊したのだ。
驚きに顔を見合わせた二人だったが、渦の中心にいた為に無傷だったことは、不幸中の幸いと言えた。
ジョナスの実家である男爵家には、ドノワーズ侯爵家から定期的に手紙が届けられていた。
無事に娘の意識も戻って元気に過ごしていることを知ると、ジョナスの両親はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、娘が侯爵家にお世話になるまでの詳しいいきさつを知らされていなかった男爵は、身の縮む思いで何度もお礼の手紙を送った。
魔法も使えなくなってしまった娘がドノワーズ侯爵家にこれ以上迷惑をかける訳にもいかないだろう。手紙の最後には娘を迎えに行きたいと毎回許可を求めるも、なぜか侯爵夫人からは訪問を拒まれてしまう。
意識の戻った娘と直接手紙のやり取りをしてみても、記憶のない娘が相手ではいまいち話が嚙み合わず、どうにも埒が明かなかった。
どうやら上手くいっていないロステルとの夫婦関係も両親の心配に拍車をかけていたようで、とにかく侯爵夫妻を説得して一度戻っておいでとジョナス宛てに手紙は何度も届けられた。
ジョナスも心配する両親から手紙が届く度に、実家に戻りたい旨をヤソックに相談していた。
手紙が届く度に帰りたいと言ってくるジョナスに対し、ヤソックは毎回厳しい顔で駄目だと拒み続けた。
そして最後には・・・
泣いた。
ジョナスの腰にしがみ付き、散々悪態をついてヤソックは泣いた。
以前のように恋人関係を保留にしてほしいなんて言ってない。ただ、一度実家に帰って両親を安心させたいと言っただけなのに、まさかまた泣くとは思っていなかった。
ジョナスは泣いて怒り散らすヤソックをオロオロしながら慰めた。
「わかった、わかったよ! 私はどこにも行かない! だからもう大丈夫、泣かないで」
情けないヤソックの泣き顔にジョナスが根負けすると、そんなジョナスが気に入らないのかヤソックの怒りはまた膨らんだ。
子供のように癇癪を起こして無理やり 「どこにも行かない」 と言わせたはいいが、今度はこんな自分が情けないと嘆いたヤソックが、なぜかジョナスを上目遣いで睨みつけているのだ。
そして、涙目のくせに、生意気な顔で感じ悪く言い捨てる。
「君を前にすると俺の人格が崩壊する」
どうやら大人げない恥ずかしい自分を人のせいにしようとしているようだが、ヤソックの人格など彼女の中ではとっくの昔に崩壊している。そもそもジョナスの知っているヤソックは、プライドが高く、怒ってばかりの感じ悪い学生ヤソックだ。
さらに今なら、我儘と泣き虫も追加だ。
「ふふっ、なにそれ、まるで駄々っ子みたい」
子供みたい!と笑うジョナスにしがみ付いたままのヤソックは、顔を赤くしながらも不機嫌な顔を崩さず彼女を見上げた。
「ふん!・・・だって君のいない生活なんてもう無理だ。絶対に耐えられない」
ふて腐れたような声に、一瞬目を丸くしたジョナスはふわりと笑ってヤソックの頭をぽんぽんと撫でた。
もしジョナスに、少し前までの記憶があったなら・・・、騎士団でのヤソックを覚えていたなら、きっとこう言っただろう。
『今のあなたの方がずっと好感が持てるわ』
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