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ロステルの苦悩 3

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「奥さんを裏切って他の女性と関係を持つ君のもとには戻せない・・・と言われてしまったんだ」

「!! 違う」

目を剥いて大きな声を出すロステルに、カミューは視線を落とし首を振った。

「奥さんを心配して毎日顔を出す君を私はずっと見てきたからね・・・。うん・・・そうだね、きっと君の言う通り違うのだろうね。だから私は君を信じるよ。そう・・・私はね。けれど問題はドノワーズ侯爵家に疑われているということと、君の奥さんが未だ眠り続けているってことだよね」

「まだ俺に待てと!?」

「ああ、今はそれしかないと思う。それに、奥さんが目覚めるのも時間の問題だと思うよ。そして君の家に戻るか決めるのも彼女なんだと思う。・・・それとも君は、彼らに引き止められたくらいで奥さんの気持ちが変わるとでも思うのかい?」

なぜか知ったような口を利くカミューに、ロステルは訝しげに眉をひそめるがカミューは穏やかに微笑んでいる。

「なにせ彼女の魔力量は普通じゃないからね。仕事柄、私も最初は興味本位だったんだよ。そしたら何度か見に行くうちに癖になってしまってね。ははっ、これがねぇ、やりたい放題の雑な魔法なんだよ。けれど彼女はそれを惜しげもなく使うものだから見ているこちらも気持ちがよくてね。そもそも魔法使いとはね、自然から特別に愛されているという自負を持っているんだよ。いくら血筋が優れていても、どれほど神に祈ろうとも自然から選ばれる人間は限られている。だからどうしても自分は特別だとおごってしまうものなんだ。けれど彼女の場合、魔法を自分のものとは考えていない。彼女の魔法はあくまでも人に喜んでもらう為のものなんだよ」

確かにそうだ。いつだってジョナスは誰かの為に魔法を使う。彼女はよく言っていた。

『水魔法でみんなが笑顔になることが私にとって一番の報酬なの。魔法で誰かが喜んでくれれば私も嬉しいし、それが私の自慢にもなる。自分の存在価値だったりもするわね。それにね、人の命に欠かせない水って、実はお金よりも価値があるのよ? だから私はお金なんかなくても生きて行けるの』

そして白い歯を見せてシシシと笑う彼女は、ずるい顔でウインクする。

『いくらお金があっても水がないのは困るでしょう?』

ジョナスのおどけた様子を目に浮かべ、つい物思いにふけってしまったロステルが慌てて鋭い視線をカミューに向ける。
カミューがジョナスの水魔法ファンだということは分かった。たぶん彼も、洗濯仕事をするジョナスを見に来ていたうちの一人なのだろう。

だが今のロステルにしてみれば、それがどうしたという話だ。みんなの魔法だからなんなんだと・・・。

「ははっ、ごめん。何が言いたいかというとね、人の為に魔法を使うってことは、言葉を変えれば彼女にそれだけの魔力があるということなんだよ。強みのある人間は自分の気持ちを曲げる必要がないよね? 要するに相手が同僚だろうと侯爵家だろうと、君の奥さんは誰の言う事も聞く必要がない」

「君がどう動こうが、彼女は帰りたいなら帰ってくるし、嫌なら帰ってこない」

そう言ったカミューは、ただね・・・、と話を続けた。

「もし奥さんになにか誤解されているのなら、きちんと話し合うことをお勧めするよ。年長者として意見を言わせてもらえば、誤解というのはだいたいが物事を悪い方向に進めてしまうからね」

彼の言う通り、ヤソックにも侯爵家にも、帰りたいと言うジョナスを引き止めることはできないだろう。だが、そんな彼女を分かっていても、ロステルには常に不安がつきまとっていた。


ヤソックが目覚めてからというもの、行けば必ず対応してくれていた侯爵夫妻は一切顔を見せることがなくなったし、手紙の返事が貰えないのも変わっていない。
八方ふさがりの中、ジョナスが目覚める事だけがロステルにとって唯一の希望になっていたのに、ようやくもたらされた嬉しい知らせは、ロステルの希望を思わぬ形で打ち砕いた。



意識の戻ったジョナスにロステルの記憶は存在していなかったのだ。
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