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ヤソックの目覚め
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数日後、失意のロステルにさらに追い打ちをかけたのは、ヤソックの両親であるドノワーズ侯爵夫妻だった。
慌てた様子で医務室に入って来た侯爵夫妻は、見知らぬ女性と抱き合った状態の息子を見て言葉を失っていたが、その場にいた医師と魔法省の官僚であるカミューから詳しい話を聞くと少しは安心したのかそれまでの強張った表情が僅かに穏やかになった。
そして、話を聞き終わったドノワーズ侯爵は、いつ意識が戻るのか分からないのであれば二人を自分の屋敷に連れて帰りたいと言い出した。
彼らの息子であるヤソックはともかく、ジョナスは既婚者であって夫であるロステルの許可を得る必要があるとカミューが説得を試みるも、二人がくっ付いて離れないのであればそれ以外に方法はない。大切な一人息子をいつまでもここに寝かせておくことは出来ないと言って、その意見を変えることはなかった。
そうして、その日のうちにヤソックとジョナスを屋敷に連れて帰ってしまった侯爵夫妻の強引な行動は、その後で見舞いに訪れたロステルを打ちのめすには十分過ぎるものだった。
先に目覚めたのはヤソックだった。
半分眠ったままの頭で見慣れた自分の部屋をぼんやりと眺めていた。そのヤソックが目を見開いて女性の悲鳴にも似た叫び声を上げたのは、同じベッドで眠るジョナスを自分が隙間なく抱きしめていることに気づいたからだった。
「!! じょっ・・―――!!」
自分では大きな声で彼女を呼んでいるつもりだったが、かすれているヤソックの声は言葉になっていなかった。しかし、彼の背後でうたた寝をしていたメイドの耳には届いたようだ。
バタバタと慌てた様子で駆け寄ってきたメイドが無遠慮にヤソックの顔を覗き込んでくると、至近距離でメイドと目が合ったヤソックは突然何事かと目を丸くしたが、反対にメイドの方はといえば 「良かった、良かった・・・」 と独り言のように呟きながら安堵で瞳を潤ませている。
「ご主人様に知らせてまいります!」
部屋を飛び出して行ったメイドに気を取られながらも、ヤソックは自分の腕の中で眠るジョナスの頭から目を離すことができなかった。
(なんでジョナスと一緒に寝てるんだろう・・・一体なにがどうなっているんだ)
混乱するヤソックをさらに困らせたのは、ジョナスから自分の体が離れないことに気がついてしまったからだ。
(なんだこれ・・・体に力が入らないだけでなくピクリとも動かせない)
「ジョナス」
その上、囁いているような小さな声しかでないことにショックを受けていると突然ドアが開き、両親が部屋に飛び込んで来た。
無事に目が覚めて良かったと涙を流す両親からことの経緯を聞くなり、未だ霞みがかった彼の頭に忘れていた記憶が次々と蘇ってきた。
(ジョナス!!)
咄嗟にジョナスを見下ろすが、自分の胸に顔を寄せて規則正しく呼吸していることを確認すると安堵の息を吐いた。
(寝てる。良かった・・・彼女は無事だ。 ちゃんと生きている)
二匹のワイバーン相手にもう駄目だというところまで追い込まれていた。
自分にはこうなることが初めから分かっていた。魔法使いがたった二人でどうにかできる相手ではなかったからだ。
それでも不意打ちをくらった時に全滅しなかったのはジョナスが身を挺して自分達を守ってくれたからだ。
水の中でヤソックの目に映ったのは、勢いのまま地面に叩きつけられるジョナスの姿だった。
ワイバーンの衝撃をもろに受けた団員の一人は、ジョナスの水に包まれた状態でボールのように遠くに飛ばされて行った。ヤソックもかなりの勢いで木にぶつかったが、ジョナスの魔法のお陰で大きな怪我をすることはなかった。ずぶ濡れの団長が、地面に転がり咳き込んでいる団員に向かって救援要請の支持をだしていたが、引きずる足を押さえている団長がこれから先ワイバーン相手に力を発揮できるとは思えなかった。
案の定、足を負傷している団長を庇いながらの戦闘には無理があった。動きの鈍い団長の剣に魔力を与えてもあまり戦力にはならなかった。
それでもジョナスがたった一人でワイバーンを押さえ込んだのを見た時は、彼女の強さと勇気を誇りに思いながらまだ希望はあると錯覚してしまった。
そして、ジョナスの声で目を覚ました時には、もう絶望しか残されていなかったのだ。
血と泥にまみれたジョナスからは、ヒューヒューと苦しそうな呼吸音が聞こえる。もう動くこともできないのか、涙で潤んだ目だけを動かし 「上」 と言った。
そして、大きく息を吸ったジョナスは、酷く弱弱しい声で言ったんだ。
「ヤソック、早く・・・逃げて」
目の前が真っ赤に染まった。悲しみと絶望と怒りで頭が沸騰しそうだった。
大切な彼女を傷付けられたこと。彼女を助けるどころか何度も助けられてしまった情けない自分。
だが怒りに任せたどんな攻撃も結局敵には通用しなかった。
自分は好きな女性一人救うことができなかった―――
最後に願ったことは、せめてジョナスだけでも生きてほしいということだけだった。
ヤソックの記憶はそこで終わっていた。
まるであの時の恐怖などなかったかのようなジョナスの穏やかな寝顔に目頭が熱くなる。
なのに今の自分には、感情のまま彼女を強く抱きしめることも、滲んでは零れ落ちる自分の涙を拭うこともできなかった。
慌てた様子で医務室に入って来た侯爵夫妻は、見知らぬ女性と抱き合った状態の息子を見て言葉を失っていたが、その場にいた医師と魔法省の官僚であるカミューから詳しい話を聞くと少しは安心したのかそれまでの強張った表情が僅かに穏やかになった。
そして、話を聞き終わったドノワーズ侯爵は、いつ意識が戻るのか分からないのであれば二人を自分の屋敷に連れて帰りたいと言い出した。
彼らの息子であるヤソックはともかく、ジョナスは既婚者であって夫であるロステルの許可を得る必要があるとカミューが説得を試みるも、二人がくっ付いて離れないのであればそれ以外に方法はない。大切な一人息子をいつまでもここに寝かせておくことは出来ないと言って、その意見を変えることはなかった。
そうして、その日のうちにヤソックとジョナスを屋敷に連れて帰ってしまった侯爵夫妻の強引な行動は、その後で見舞いに訪れたロステルを打ちのめすには十分過ぎるものだった。
先に目覚めたのはヤソックだった。
半分眠ったままの頭で見慣れた自分の部屋をぼんやりと眺めていた。そのヤソックが目を見開いて女性の悲鳴にも似た叫び声を上げたのは、同じベッドで眠るジョナスを自分が隙間なく抱きしめていることに気づいたからだった。
「!! じょっ・・―――!!」
自分では大きな声で彼女を呼んでいるつもりだったが、かすれているヤソックの声は言葉になっていなかった。しかし、彼の背後でうたた寝をしていたメイドの耳には届いたようだ。
バタバタと慌てた様子で駆け寄ってきたメイドが無遠慮にヤソックの顔を覗き込んでくると、至近距離でメイドと目が合ったヤソックは突然何事かと目を丸くしたが、反対にメイドの方はといえば 「良かった、良かった・・・」 と独り言のように呟きながら安堵で瞳を潤ませている。
「ご主人様に知らせてまいります!」
部屋を飛び出して行ったメイドに気を取られながらも、ヤソックは自分の腕の中で眠るジョナスの頭から目を離すことができなかった。
(なんでジョナスと一緒に寝てるんだろう・・・一体なにがどうなっているんだ)
混乱するヤソックをさらに困らせたのは、ジョナスから自分の体が離れないことに気がついてしまったからだ。
(なんだこれ・・・体に力が入らないだけでなくピクリとも動かせない)
「ジョナス」
その上、囁いているような小さな声しかでないことにショックを受けていると突然ドアが開き、両親が部屋に飛び込んで来た。
無事に目が覚めて良かったと涙を流す両親からことの経緯を聞くなり、未だ霞みがかった彼の頭に忘れていた記憶が次々と蘇ってきた。
(ジョナス!!)
咄嗟にジョナスを見下ろすが、自分の胸に顔を寄せて規則正しく呼吸していることを確認すると安堵の息を吐いた。
(寝てる。良かった・・・彼女は無事だ。 ちゃんと生きている)
二匹のワイバーン相手にもう駄目だというところまで追い込まれていた。
自分にはこうなることが初めから分かっていた。魔法使いがたった二人でどうにかできる相手ではなかったからだ。
それでも不意打ちをくらった時に全滅しなかったのはジョナスが身を挺して自分達を守ってくれたからだ。
水の中でヤソックの目に映ったのは、勢いのまま地面に叩きつけられるジョナスの姿だった。
ワイバーンの衝撃をもろに受けた団員の一人は、ジョナスの水に包まれた状態でボールのように遠くに飛ばされて行った。ヤソックもかなりの勢いで木にぶつかったが、ジョナスの魔法のお陰で大きな怪我をすることはなかった。ずぶ濡れの団長が、地面に転がり咳き込んでいる団員に向かって救援要請の支持をだしていたが、引きずる足を押さえている団長がこれから先ワイバーン相手に力を発揮できるとは思えなかった。
案の定、足を負傷している団長を庇いながらの戦闘には無理があった。動きの鈍い団長の剣に魔力を与えてもあまり戦力にはならなかった。
それでもジョナスがたった一人でワイバーンを押さえ込んだのを見た時は、彼女の強さと勇気を誇りに思いながらまだ希望はあると錯覚してしまった。
そして、ジョナスの声で目を覚ました時には、もう絶望しか残されていなかったのだ。
血と泥にまみれたジョナスからは、ヒューヒューと苦しそうな呼吸音が聞こえる。もう動くこともできないのか、涙で潤んだ目だけを動かし 「上」 と言った。
そして、大きく息を吸ったジョナスは、酷く弱弱しい声で言ったんだ。
「ヤソック、早く・・・逃げて」
目の前が真っ赤に染まった。悲しみと絶望と怒りで頭が沸騰しそうだった。
大切な彼女を傷付けられたこと。彼女を助けるどころか何度も助けられてしまった情けない自分。
だが怒りに任せたどんな攻撃も結局敵には通用しなかった。
自分は好きな女性一人救うことができなかった―――
最後に願ったことは、せめてジョナスだけでも生きてほしいということだけだった。
ヤソックの記憶はそこで終わっていた。
まるであの時の恐怖などなかったかのようなジョナスの穏やかな寝顔に目頭が熱くなる。
なのに今の自分には、感情のまま彼女を強く抱きしめることも、滲んでは零れ落ちる自分の涙を拭うこともできなかった。
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