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抑えていた憎しみ

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 ロステルのもとにカミューから連絡が入ったのは、その日の訓練が終わって直ぐのことだった。

まだ意識は戻っていないが命に別状はないという内容の手紙を受け取ったロステルは、安堵で深く息を吐き出した。そして、その手紙を大切に胸ポケットにしまうと医務室に向かって駆け出した。

(ジョナス、ジョナス!)

早く彼女の顔を見たい。彼女の手を握り名前を呼べばきっと目を開けてその瞳に自分を映してくれるはずだ。早く会いたい、与えてしまった誤解を解いて自分は君しか愛せないんだとはっきり伝えたい。

(早く彼女を抱きしめたい)

しかし期待で輝いていたロステルの瞳は、医務室のベッドで未だ他の男と抱き合ったままの妻を目にするなり色を失った。

(なんでまだ・・・)

ロステルの絶望が怒りに変わった瞬間だった。

意識のない二人を力づくで引き離そうとするロステルを数人の医師が慌てて止めに入った。その殺気立った様子に恐れをなした医師の一人がカミューを連れてくるまで彼の怒りが収まることはなかった。

現役の騎士であるロステルを医師だけでは当然押さえられる訳がない。結果、ロステルは通りすがりの騎士やたまたま治療に訪れていた患者にまで迷惑をかけることになってしまった。

「魔力同士が合わさって二人は一体化している状態です。どちらかの意識が戻り、魔力を抑えてくれれば自然と離れるはずだから今は無理をしてはいけません」

走って来たのだろう。息の上がった彼は、ロステルが訪ねる度にお茶を出してくれた魔法省のカミューだった。その言葉を聞くなりロステルは失望を手で隠すように顔を覆い、その場に膝を突いた。

ようやくジョナスが戻ってくると思っていたのに、ヤソックはどこまでも自分達夫婦の邪魔をしてくる。
あの時だってヤソックが邪魔をして来なければ、直ぐにジョナスを追いかけて自分が人違いをしてしまったことを謝れたのに。ヤソックがいなければ、こうしてすれ違ったまま離れることもなかったのに。

(こいつが邪魔するから・・・)

ずっと抑えていた憎しみに全身が支配されるようだった。

本当はあまり考えないようにしていた。確かにあの時は、浮気現場と思われても仕方のない状況だった。だがそれは、近寄って来た女性を勝手にジョナスと勘違いした自分のせいだ。
スカイが教えてくれた噂だって、結局はジョナスの話をするのが嬉しかった自分の態度が原因だった。
いくら言い訳をしたところでジョナスを悲しませていたのは自分自身なのだ。

だからそこに付け込んでくるヤソックへの苛立ちを自業自得だから仕方のないことだと自分に言い聞かせ冷静な振りをしていた。
ヤソックがどんなに頑張ろうと所詮無駄なことだと見くびってもいた。自分はジョナスを心から愛しているし、ジョナスも愛してくれている。
二人の関係が壊れることなどあるはずがないのだから・・・と。

だが今のロステルには、もう大人の振りをする余裕などなくなっていた。
いいや違う。最初から余裕なんてどこにもなかった。正直、いつヤソックに奪われるかと常に怯えていた。第一騎士団に異動になり、二人の時間はほとんどなくなってしまった。
きっと今のジョナスは、夫である自分といるよりヤソックと一緒にいる時間の方が長いだろう。

全てを夫婦の愛で乗り越えられるなんて、そんなの気休めにもならない。
自分の命を顧みずジョナスを守るのがヤソックの愛で、その重すぎる愛を知ってか知らずか・・・意識を失ってまでも彼に魔法をかけ続けるジョナスにだって、少なからず彼への気持ちはあるのだろう。

もう冷静でなどいられない。妻に触れたい、彼女の手を握りたいと、こんなに切望しているのにヤソックが彼女を抱きしめたまま離れない。

(なんでお前がジョナスを抱いてるんだ!)

大人でなんかいられない。

(ジョナスは俺の女だ、今すぐ離れろ!)

ずっと抑えていた悪い感情が溢れてくる。

(こんな奴・・・いなくなればいいのに)



「ジョナス・・・お願いだから早く起きてくれ」

絞り出すようなロステルの声が、静まり返った室内に小さく響いた。
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