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ヤソック少年の秘密基地
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「すごい・・・まるで秘密基地みたい・・・」
そこは広い庭園の隅にある小さな温室だった。
見せたい場所があるとヤソックに手を引かれたジョナスは、綺麗に手入れされた美しい庭に気を取られながら星空の下を足早に進んだ。
小さな温室のドアを開けると、むわっとした暖かい空気に包まれる。いかにも温室っぽい雰囲気であるがランプに照らされた室内の光景は、なんだか子供部屋のようにも見える。
背の高い棚には統一性のないごちゃごちゃした物が所狭しと並んでおり、時計や置物などの高級品の中には、子供のおもちゃにしか見えない古い模型やぬいぐるみなどもあった。ジョナスが呆然としてドアの前に立っていると背後から涼しい夜風が入って来ることに気が付いた。ヤソックが片手にランプを掲げ、もう片方の手で器用に風を送り込んでいるのだ。
「さあ座って、ジョナス」
部屋の真ん中に置かれたソファーの前にはサイドテーブルと思われる小さなテーブルが一つ置かれていた。
「ははっ、凄いでしょう?ここは僕の秘密の部屋なんだよ。見ての通り元は温室だったんだ。でも、ずっと使われていなくてね。子供の時にたまたま見つけた僕がこっそり自分の部屋にしたんだ。まあ、いくら秘密っていっても子供のすることだからね、きっと周りの大人には気付かれていたと思うけど」
恥ずかしそうに笑うヤソックは、ジョナスの隣に座ると当たり前のように彼女の手を握った。この状況をどう解釈すればいいのか分からなかったジョナスは、何か言いたそうに隣のヤソックを見上げたけれど、部屋の説明に忙しいヤソックからは、いつもの気さくな同僚の空気しか感じることはできない。
(きっと私が落ち込んでいるからだわ・・・)
「親や家庭教師に怒られた時とか魔法で失敗した時なんかもね、一人で何時間もここで過ごしたよ。今思えば、嫌なことから隠れていたんだろうね。この温室にいる時だけは一人でいられたから・・・。大切な物を少しずつ運び込んでさ、ほら見て、これなんか―――」
ジョナスが想うのは、この部屋に一人ポツンと佇むヤソック少年の姿だった。
たくさんのおもちゃに囲まれた身なりの良い男の子。
一見すると裕福で幸せそうな男の子だけれど、よく見ると彼はきつく口を引き結び、瞳には涙が溜まっている。
今でこそ常に余裕の笑みを浮かべている頼りがいのある男性だが、彼は侯爵家の嫡男だ。きっと物心がつく頃から周囲の重圧に押しつぶされるような生活だったのだろう。深く物事を考えない自分とは違って真面目な彼のことだ、なにか失敗する度にここで反省して自分を責め続けていたのかもしれない。
その部屋に並ぶ物は、子供のおもちゃから宝飾品にいたるまで高級そうな品ばかりだった。
けれど・・・どうしてだろう。
どれも綺麗に保管されているように見えるが、妙に薄汚れていて年季のようなものを感じる。きっと、それだけ彼がこの部屋で過ごして来た時間の現れなのだろう。
ヤソックの言葉を借りれば、彼がそれだけ辛いことから隠れなくてはいけなかったということだ。
ジョナスは誕生日プレゼントの時計を見せてもらいながら学生の頃に一度だけ接点のあった高位貴族の男子生徒を思い出していた。もう顔も思い出せないほど遠い記憶に思える。
ジョナスは渡された時計を優しく両手で包み込んだ。
「この子たちは・・・ずっとここであなたの頑張りを見守ってきたのね」
いつもより口数の多くなっていたヤソックが、きょとんとした顔で黙ってしまった。
「だって・・・どうしてご両親から贈られた大切な時計のケースがあんなに壊れているの?」
はっとしたように振り返ったヤソックの後ろには、大きく角の欠けた時計のケースが棚に置かれている。
ヤソックの脳裏に浮かんだのは、怒りにまかせてケースごと床に叩きつけている自分の姿だった。
「だって、あのクマのぬいぐるみ。尻尾がないわ」
「あ・・・」
顔色の悪くなったヤソックがクマのぬいぐるみをちらりと横目で見た。泣きながらハサミで切り落としたのは、幼い頃の自分だ。
「あれ、水晶よね?あの玉の真ん中に入ってるのって模様じゃなくて傷じゃないかしら」
心の制御ができなくて棚ごと倒して部屋をめちゃくちゃにしたのは、ジョナスが結婚したと知った日だった。
そこは広い庭園の隅にある小さな温室だった。
見せたい場所があるとヤソックに手を引かれたジョナスは、綺麗に手入れされた美しい庭に気を取られながら星空の下を足早に進んだ。
小さな温室のドアを開けると、むわっとした暖かい空気に包まれる。いかにも温室っぽい雰囲気であるがランプに照らされた室内の光景は、なんだか子供部屋のようにも見える。
背の高い棚には統一性のないごちゃごちゃした物が所狭しと並んでおり、時計や置物などの高級品の中には、子供のおもちゃにしか見えない古い模型やぬいぐるみなどもあった。ジョナスが呆然としてドアの前に立っていると背後から涼しい夜風が入って来ることに気が付いた。ヤソックが片手にランプを掲げ、もう片方の手で器用に風を送り込んでいるのだ。
「さあ座って、ジョナス」
部屋の真ん中に置かれたソファーの前にはサイドテーブルと思われる小さなテーブルが一つ置かれていた。
「ははっ、凄いでしょう?ここは僕の秘密の部屋なんだよ。見ての通り元は温室だったんだ。でも、ずっと使われていなくてね。子供の時にたまたま見つけた僕がこっそり自分の部屋にしたんだ。まあ、いくら秘密っていっても子供のすることだからね、きっと周りの大人には気付かれていたと思うけど」
恥ずかしそうに笑うヤソックは、ジョナスの隣に座ると当たり前のように彼女の手を握った。この状況をどう解釈すればいいのか分からなかったジョナスは、何か言いたそうに隣のヤソックを見上げたけれど、部屋の説明に忙しいヤソックからは、いつもの気さくな同僚の空気しか感じることはできない。
(きっと私が落ち込んでいるからだわ・・・)
「親や家庭教師に怒られた時とか魔法で失敗した時なんかもね、一人で何時間もここで過ごしたよ。今思えば、嫌なことから隠れていたんだろうね。この温室にいる時だけは一人でいられたから・・・。大切な物を少しずつ運び込んでさ、ほら見て、これなんか―――」
ジョナスが想うのは、この部屋に一人ポツンと佇むヤソック少年の姿だった。
たくさんのおもちゃに囲まれた身なりの良い男の子。
一見すると裕福で幸せそうな男の子だけれど、よく見ると彼はきつく口を引き結び、瞳には涙が溜まっている。
今でこそ常に余裕の笑みを浮かべている頼りがいのある男性だが、彼は侯爵家の嫡男だ。きっと物心がつく頃から周囲の重圧に押しつぶされるような生活だったのだろう。深く物事を考えない自分とは違って真面目な彼のことだ、なにか失敗する度にここで反省して自分を責め続けていたのかもしれない。
その部屋に並ぶ物は、子供のおもちゃから宝飾品にいたるまで高級そうな品ばかりだった。
けれど・・・どうしてだろう。
どれも綺麗に保管されているように見えるが、妙に薄汚れていて年季のようなものを感じる。きっと、それだけ彼がこの部屋で過ごして来た時間の現れなのだろう。
ヤソックの言葉を借りれば、彼がそれだけ辛いことから隠れなくてはいけなかったということだ。
ジョナスは誕生日プレゼントの時計を見せてもらいながら学生の頃に一度だけ接点のあった高位貴族の男子生徒を思い出していた。もう顔も思い出せないほど遠い記憶に思える。
ジョナスは渡された時計を優しく両手で包み込んだ。
「この子たちは・・・ずっとここであなたの頑張りを見守ってきたのね」
いつもより口数の多くなっていたヤソックが、きょとんとした顔で黙ってしまった。
「だって・・・どうしてご両親から贈られた大切な時計のケースがあんなに壊れているの?」
はっとしたように振り返ったヤソックの後ろには、大きく角の欠けた時計のケースが棚に置かれている。
ヤソックの脳裏に浮かんだのは、怒りにまかせてケースごと床に叩きつけている自分の姿だった。
「だって、あのクマのぬいぐるみ。尻尾がないわ」
「あ・・・」
顔色の悪くなったヤソックがクマのぬいぐるみをちらりと横目で見た。泣きながらハサミで切り落としたのは、幼い頃の自分だ。
「あれ、水晶よね?あの玉の真ん中に入ってるのって模様じゃなくて傷じゃないかしら」
心の制御ができなくて棚ごと倒して部屋をめちゃくちゃにしたのは、ジョナスが結婚したと知った日だった。
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