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兄との会話

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 ロステルが遅れて領地に帰って来た時には、祭りも終盤を迎えていた。
今年もジョナスの魔法は大活躍だったと両親から聞かされた彼の視線の先には、たくさんの子供達を順番に並べて水の小鳥を手渡している妻の姿があった。

小さな手のひらに水の小鳥をのせてもらった女の子は目を輝かせて嬉しそうに頬を染めている。その次の男の子は肩に乗せてもらった小鳥を指で強く突いて肩を濡らしてしまった。
困った顔でもう一度並んだ男の子に、ジョナスも周囲の大人達もニコニコと微笑んでいる。

なんて幸せな光景だろう・・・。

瞬きもせず自分の妻に見惚れているロステルの隣に立ったのは、一番上の兄であるダグラスだった。

「最近、雨不足でな・・・」

兄の気配に気付かなったロステルは、話しかけてくるなど想像もしていなかった相手を前に驚いて目を見開いた。

ジョナスと結婚してからというもの、両親をはじめ、今まで一切会話のなかった二人の兄からも話しかけられることが増えた。全てジョナスの性格がもたらした奇跡だとロステルは思っているが、実際は両親が年を取って性格が丸くなったせいかもしれないし、二人の兄が少し大人になったせいかもしれない。

家族に対し無関心のロステルを尻目にジョナスは臆することなく夫の家族に笑顔で接した。本当ならモンテナス伯爵家を離れて平民となった自分たちに伯爵領の祭りなど参加する義務もない。だが、彼女は嫌がるロステルを無理やり引っ張り出したのだ。
働き者の彼女は渋る夫を従えて率先して仕事に精を出した。そして戸惑う家族や使用人になど目もくれずに楽しそうに夫に笑いかけた。

『ロステル、ここはなんて素敵なところなのかしら。ご家族も使用人も本当に優しくて親切なのよ。町の人たちも余所者の私にとても良くしてくれるの。私、お祭りが楽しみで仕方がないわ!』

家族の困惑も戸惑いも、空気を読まないジョナスには通じなかった。




「酷い時は作物の為に川まで水を汲みに行かなくてはならないんだ。量が量だけに、領民は一日に何度も重い荷車を押して川と畑を往復する。それを彼女はどこかで知ったんだろうな・・・。毎日だ、毎日。祭りの雑用を済ませると彼女は俺を迎えに来るんだ。馬に乗せろって。二人であちこちの畑に雨を降らせに行くのが日課になったよ。自分にできる事ならと領民の為に惜しげもなく魔法を使ってくれてな、行く先々で今みたいに子供達と楽しそうに遊んでたよ。自分の魔法は人の為に使うものなんだから自分ができる事があれば、これからも遠慮なく呼び出してほしいって・・・」

お前、凄い奥さんをもらったな。

ダグラスの最後の言葉はロステルに届いただろうか。感極まった様子で駆けだした弟が、驚く子供達を蹴散らす勢いで妻に抱きついている。
今まで見たこともない弟の姿に目を丸くした兄は、ふっと笑みをこぼした。
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