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妻は家に帰っていなかった
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「今日も見つからないで終わりそうね。みんな疲れがたまってきてるみたい」
「・・・・」
「ふふふ、ねえ、こうしていつまでも敵が見つからない場合、あなたの奥様ならどうするの?」
これが彼女の話に耳を傾けるたった一つの理由だった。彼女は、ロステルが会いたくて仕方のない妻の話をしてくれる人だったのだ。
(ジョナスなら・・・)
『あなたと一緒に少し長めの休暇を過ごしていると思えば、これもまた幸せの一つと感じてしまうけどねぇ。だって見てよー、見上げれば満天の星空に揺らめく焚火の炎! ほーんと、ロマンチックだわぁ。 ・・・そ・し・て、安定のリズムが心癒す団長のいびきに、焚火からほのかに漂う深夜の焼き芋! くふっ』
もうすぐ焼けるわよ! 彼女は嬉しそうに長い枝で芋を突ついている。
寝付けない者達がこっそりと自分達の会話を聞いているのかは知らないが、芋が焼ける頃には不思議と人が集まって来るから彼女はいつも自分の分を彼らにあげてしまう。
『いいの、いいの。私はこんな時間に食べたら太っちゃうからね。でもぉー・・・やっぱり、ちょっとくらい食べたいからロステルのを一口食べちゃう!』
楽しそうに笑う彼女が、いつだって眩しくて仕方がなかった。
「彼女は・・・どんな状況も楽しめる」
そう言って大好きな妻を思い出しながら顔を緩めるロステルは、常にジョナスに飢えていた。
『ロステル』
愛する妻に名前を呼ばれる度に目の前に光が差し、生きる意味を知るようだった。柔らかな彼女の体をどれほど抱きしめても、もっともっととせがんでしまう。
お願い、もっと名前を呼んで。もっと愛してると言って。もっともっと自分を必要として。
(だって君だけが・・・俺の生きる意味だから)
だから目の前の名前も知らない女性騎士と自分が噂になってるなんて考えもしなかったし、それがジョナスの耳にも入っていて、彼女を不安にさせているなど気づくこともできなかった。
(早く会いたい)
三週間にも及ぶ遠征からようやく王都に戻って来たロステルは急いで家路についた。
ジョナスの所属する第二騎士団が遠征に出ていないことは確認済だ。ならば今日の彼女は洗濯の仕事だけ。
「ただいまっ!」
けれど息を切らしてドアを開けたロステルの前に、愛する妻の姿は見当たらなかった。
しんと静まり返った冷たい空間が、まるでお前になどもう用はないと言っているように感じる。
「くそっ!!」
ロステルは顔を歪ませながらも三週間ぶりの部屋を見渡す。きっとどこかに自分を待ってくれている形跡があるはず。彼女が自分を迎え入れてくれる跡が、きっとどこかに・・・。
しかし整い過ぎた他人行儀な室内には、食材どころかしばらく誰も住んでいなかったかのように一つの乱れも見つけることはできなかった。
次の日の朝、身体を休めることもできなかったロステルは腕を組んでソファーに座っていた。彼は不安に押しつぶされそうになりながらも戻らない妻を待ち続けていたのだ。
(なぜ帰らない)
一晩中、何度も繰り返した疑問に答えは見つからない。しかも、部屋の様子からジョナスがこの家にしばらく帰って来ていないことにも気づいてしまった。
ひと気のない殺伐とした家から窺い知った予想が確信となってしまったのは、仕事に向かおうと家の外に出たロステルに、洗濯物を干していた隣の奥さんが話しかけてきたからだ。
「せっかく旦那さんが帰って来たのに、奥さんも忙しいからねぇ・・・。そう言えばここしばらく奥さんを見てなかったわ。本当に大変なお仕事ねぇ。帰って来たらうちに顔出してって言っておいてね。 お茶しましょうって」
朗らかな笑顔でお隣の奥さんはロステルを見送ってくれたが、自分の考えが間違っていなかったことを知ったロステルはとても冷静ではいられなかった。
「・・・・」
「ふふふ、ねえ、こうしていつまでも敵が見つからない場合、あなたの奥様ならどうするの?」
これが彼女の話に耳を傾けるたった一つの理由だった。彼女は、ロステルが会いたくて仕方のない妻の話をしてくれる人だったのだ。
(ジョナスなら・・・)
『あなたと一緒に少し長めの休暇を過ごしていると思えば、これもまた幸せの一つと感じてしまうけどねぇ。だって見てよー、見上げれば満天の星空に揺らめく焚火の炎! ほーんと、ロマンチックだわぁ。 ・・・そ・し・て、安定のリズムが心癒す団長のいびきに、焚火からほのかに漂う深夜の焼き芋! くふっ』
もうすぐ焼けるわよ! 彼女は嬉しそうに長い枝で芋を突ついている。
寝付けない者達がこっそりと自分達の会話を聞いているのかは知らないが、芋が焼ける頃には不思議と人が集まって来るから彼女はいつも自分の分を彼らにあげてしまう。
『いいの、いいの。私はこんな時間に食べたら太っちゃうからね。でもぉー・・・やっぱり、ちょっとくらい食べたいからロステルのを一口食べちゃう!』
楽しそうに笑う彼女が、いつだって眩しくて仕方がなかった。
「彼女は・・・どんな状況も楽しめる」
そう言って大好きな妻を思い出しながら顔を緩めるロステルは、常にジョナスに飢えていた。
『ロステル』
愛する妻に名前を呼ばれる度に目の前に光が差し、生きる意味を知るようだった。柔らかな彼女の体をどれほど抱きしめても、もっともっととせがんでしまう。
お願い、もっと名前を呼んで。もっと愛してると言って。もっともっと自分を必要として。
(だって君だけが・・・俺の生きる意味だから)
だから目の前の名前も知らない女性騎士と自分が噂になってるなんて考えもしなかったし、それがジョナスの耳にも入っていて、彼女を不安にさせているなど気づくこともできなかった。
(早く会いたい)
三週間にも及ぶ遠征からようやく王都に戻って来たロステルは急いで家路についた。
ジョナスの所属する第二騎士団が遠征に出ていないことは確認済だ。ならば今日の彼女は洗濯の仕事だけ。
「ただいまっ!」
けれど息を切らしてドアを開けたロステルの前に、愛する妻の姿は見当たらなかった。
しんと静まり返った冷たい空間が、まるでお前になどもう用はないと言っているように感じる。
「くそっ!!」
ロステルは顔を歪ませながらも三週間ぶりの部屋を見渡す。きっとどこかに自分を待ってくれている形跡があるはず。彼女が自分を迎え入れてくれる跡が、きっとどこかに・・・。
しかし整い過ぎた他人行儀な室内には、食材どころかしばらく誰も住んでいなかったかのように一つの乱れも見つけることはできなかった。
次の日の朝、身体を休めることもできなかったロステルは腕を組んでソファーに座っていた。彼は不安に押しつぶされそうになりながらも戻らない妻を待ち続けていたのだ。
(なぜ帰らない)
一晩中、何度も繰り返した疑問に答えは見つからない。しかも、部屋の様子からジョナスがこの家にしばらく帰って来ていないことにも気づいてしまった。
ひと気のない殺伐とした家から窺い知った予想が確信となってしまったのは、仕事に向かおうと家の外に出たロステルに、洗濯物を干していた隣の奥さんが話しかけてきたからだ。
「せっかく旦那さんが帰って来たのに、奥さんも忙しいからねぇ・・・。そう言えばここしばらく奥さんを見てなかったわ。本当に大変なお仕事ねぇ。帰って来たらうちに顔出してって言っておいてね。 お茶しましょうって」
朗らかな笑顔でお隣の奥さんはロステルを見送ってくれたが、自分の考えが間違っていなかったことを知ったロステルはとても冷静ではいられなかった。
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