優しい風に背を向けて水の鳩は飛び立つ (面倒くさがりの君に切なさは似合わない)

岬 空弥

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無口で無表情の理由

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 その後もジョナスとロステルのすれ違い生活は続いた。
魔法での強力な攻撃をメインとする第一騎士団は、同じ遠征と言ってもジョナスの所属する第二騎士団とは違い、ドラゴンのような剣や弓では太刀打ちできない大型の魔獣討伐に向かうことも多い。

大型の魔獣を王都に近づける訳にはいかない為、遠方より連絡が入り次第速やかに討伐に向かわねばならなかった。その為、一度王都を出発すれば何週間も戻って来られないことが常であり、現在もロステルは国境となる山の麓で目撃されたという大型の鳥獣討伐に来ていた。

なんの手がかりもなくこの地に留まること五日目。数組に分かれて討伐対象を探しているが未だ発見の知らせも、討伐完了の知らせも届いてはいなかった。

第一騎士団でのロステルは、今まで以上に口数が減っていた。最近では一日に誰とも話さないことも珍しくない。ジョナスの存在でようやくやりがいを見い出せるようになった騎士団の仕事も、彼女と離れた今では興味どころかすっかり色あせて見える。いつの間にか、以前のようにただ言われたことだけを淡々とこなすつまらない日々に戻ってしまっていた。



 ジョナスに出会う前のロステルは、なにも興味を持たないつまらない人間であった。

モンテナス伯爵家の三男の肩書きを持っているロステルであったが、本当は伯爵家の血など一滴も流れてはいない。彼はモンテナス伯爵の後妻である母の連れ子なのだ。本当の父親の顔など覚えてもいないが、どこだかの貴族であることは間違いないはずだ。

気弱な母とモンテナス伯爵の間に愛があるのかどうかは分からない。
ただ一つだけはっきりしていることがあるとすれば、愛され過ぎた前妻の気配が色濃く残るあの屋敷に、後から入って来た母と自分は、誰からも歓迎されていなかったということだろう。

まだ子供であった二人の兄は新しい母親を受け入れようとしなかった。それは使用人も同じであり、亡き前妻と常に比べられる母にとっては随分と肩身の狭い思いをしていたのだろう。そしてそれは幼いロステルにとっても同じことであった。

誰に意地悪をされるわけではない。立派な伯爵家の息子として何不自由なく与えられる生活だった。

けれど、もし足りない物があるとするならば、それは人から向けられる関心だったのかもしれない。

誰にも認めてもらえない母親は、きっと自分のことで精一杯だったのだろう。だからどうやっても受け入れてもらえないと知りながらも、血の繋がらない二人の息子の役に立とうと必死に努力していた。

誰にも必要とされない毎日が果てしなく続いた。誰も自分に興味がない訳だから誰とも話さないのが普通になる。面白いことなど何もないのだから表情が変わらないのも普通のことだ。笑うことがなければ怒ることもない。名前だけである伯爵家の三男に期待する人間などいないのだから。

ロステルは床に寝転がり、窓から見える青い空と白い雲を永遠と眺めていた。
この屋敷の中で自分の名前を知っている人間は何人いるだろう・・・。
唯一、自分の名前を呼んでくれていた母にさえ、ここしばらく声をかけてもらった記憶がなかった。




 そして今、ロステルは大きな岩に腰かけ、当時と同じ澄み渡る空を眺めながら愛する妻を想っていた。

誰よりも自分を大切にしてくれるジョナスは、誰よりも自分を必要としてくれる存在だ。

王宮の洗濯メイドの他に騎士団専属の魔法使いでもある彼女は、高度な水魔法で人々に喜びを与える存在でもある。

そんな彼女は、いつだってロステルの自慢だ。

(ジョナスに会いたい)

でも、思いやりのあるジョナスは、こっそりと物陰に隠れて人を驚かせて笑ったりする人だ。

仕事で発揮される優れた洞察力は、なぜか恋愛面では全く機能しない。

思慮深い面があるように見えるが、実は面倒くさがって考えるのを途中でやめることが多い。

人の痛みが分かる優しい彼女は、時に意地悪で、怒りっぽく、自分勝手で我儘だったりもする。

そんな完璧には程遠いジョナスを想うと、ロステルの変わらぬ表情はいつの間にか柔らかくなる。
どんなジョナスであっても、彼女は自分を一番愛してくれるのだから・・・。
どんな自分でも・・・ジョナスなら受け入れてくれるから。



「ロステル」

大好きな彼女に名前を呼ばれたロステルが、喜びに目を細めて振り返った。

(・・・ジョナスじゃない)

しかし、目の前に立っていたのは剣を腰に差し、騎士の制服に身を包んだ一人の女性であった。
彼女が愛する妻じゃないことに気づくと、失望に目を伏せ、何事もなかったかのように前に向き直る。そして頭を軽く振って現実を呼び戻す。

(ここにジョナスがいるはずないんだ)


最近やたらと話しかけてくるこの女性騎士は自分と同じ第一騎士団の剣士のようだが、ロステルは彼女の名前すら知らなかった。
だが、誰に話しかけられようとろくに返事もしないロステルだったが、彼女に対しては言葉少なに返事をしていた。
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